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フヴェルゲルミル伝承記 -1.1.4「助けた人、助けられた人」

はじめに

今回は短めです。
では、どうぞ

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第1章 第1話
第4節「助けた人、助けられた人」

 白衣の男と娘はアルフ達に礼をする。


「ありがとう。おかげで助かったよ」

「ありがとう」

 白衣の男は見事なまでに鮮やかな緑色の髪をしていた。
 染めているわけではないだろう。自然な髪だった。
 不自然に自然なその髪を後ろで束ね山吹色のヘアバンドでとめている。

「僕の名はハーヴ。この子はナナ」

 ハーヴと名乗る白衣の男はナナと呼んだ娘の肩に手をかける。
 質素な草色をした短めのポンチョに白い服を着た少女が前にグイと押し出される。

「あ、あの、よ、よろしく……」

 そう、オドオドと挨拶し、ちょこんとお辞儀した。
 くすんだ茶色のアホ毛がぴょこんと揺れる。

 なんとなく保護欲をかきたてられる子だなとアルフは思う。

「おう、無事でよかったな。怪我とかしてないか?」

「う、うん」

「はは、怪我というなら君の方がよっぽどだと思うけどね」

 ハーヴに言われて自分の姿を確認するアルフ。
 確かに地面を転げまわったり、あちこちぶつけたりで色々とボロボロだ。
 だが、見た目以上のダメージは無い。
 力の反動も収まってきたし、動くには支障無いだろう。

「ん、ああ、コレぐらい何でもねーよ」

 アルフは立ち上がってヒラヒラ手を振った。

「それはいけないよ。ちょっと診せてくれ」

 そう言ってハーヴはアルフの肘を掴んだ。

「ん?」

「僕はコレでも医者でね。助けてくれた恩人の怪我が化膿でもしたら面目が立たない」

 ま、この程度じゃお礼にもならないけどねと苦笑するハーヴ。

「あ、あの、ハーヴさんは村に逗留してもらってるお医者のおじさんなの」

「僕はおじさんじゃなくて、お兄さんね」

 何度言ったら分かるんだい?と小さな女の子の頭を鷲掴みにする白衣の男。

「ご、ごめんなさいぃ~」

 ギブギブと掴まれた手を叩くナナ。
 ナナは涙目だ。

 ハーヴはアルフの服を脱がせて状態を確認する。

「ああ、これは結構擦り剥いてるねぇ、打撲も多い ていうか、このツノ何だい?」

「魔物にやられた古傷だ。詳しくは聞かないでくれ」

 げんなりした様子でアルフが答える。

 「そうかい」と言って、ハーヴは持ってた鞄をまさぐる。

 「ああ、傷薬が無いな……まあ、ここにはアレがあるし……とりあえず先にシップかな、うん」

 そう呟いてハーヴはアルフの打撲跡にシップを貼った。

 イルムガルトはため息をつきながら彼らに問う。

「ところで、アナタは何でこんな所に?」

「実はこのナナ君に薬草のある場所を案内してもらってたんだ」

「薬草?」

「は、はい……この辺りはまだ良い薬草が採れるんです」

「そういえばリンネルの特産品は薬草と製糸工芸だったわね」

「あ、はい。知ってるんですか?」

「ええ、国内の情報は一通り掌握してるわ」

「お前、何もんだよ?」

「……」

「まあ、とにかくこの辺で薬草が採れるのか?」

「そうなんだよ。例えばコレ」

 そういってハーヴは足元の草をとり、手で軽くすり潰すと、透明な粘液のような草汁が手に広がった。
 それをアルフの傷口に塗る。
 傷口は見る見る塞がり、あっという間になくなった。

「どうだい? 雑に塗り込んだだけでも、かなりの効果があるだろう?」

「凄いな。こんな効くものなのか……」

 そう言ってアルフは服を着る。

 イルムガルトも足元の草を紡いで、マジマジと観察する。
 草から滴り落ちる雫を指でつまみ、開いたり閉じたりする。
 その度に液の粘度は高まり、濃い糸を引いた。
 それを軽く舌でなめる。

「……そうね。この薬草には随分助けられたわ」

「イルもか?」

「あなたの治療にも使ったの。コレがなければ間に合わなかった……」

 イルムガルトは薬草をハーヴに渡した。

「へぇ、君もこの薬草知ってるのか」

「まぁね」

「ここら辺はたくさん取れるけど、世界全体でいったら希少な部類なんだよ。おまけにこの有用性。だから『教会』に秘匿されて知っている人間といったら、ナナ君みたいな地元の人間や僕みたいな医療関係者ぐらいなんだけどね」

 『教会』とはこの世界で最大規模を誇る退魔組織『フォルナール教会』の事を指す。
 魔物の脅威から人類を守る要である。
 退魔だけでなく学問の研究や教会学校をはじめとする人の教育等、その活動は幅広く、世界に絶大な影響を持っている。
 その教会が秘匿した情報なら、知る人間は限られるというわけだった。

「ここに、もう一人知った人間がいるわよ?」

 イルムガルトがアルフを指差す。

「俺!?」

「はは、それもそうか」

「ったく、からかうなよ……」

 そういいながら、アルフも薬草を取り、汁で自分の頬に付いていた傷口を塗ってみた。
 やはり傷口は一瞬で塞がり、痛みが引く。手で触っても何処に傷あったか、もう分からなくなった。

「確かに、この薬草の回復力だったら、あの怪我の回復も納得だな」

 アルフは薬草の残った薬草をハーヴに渡す。
 ハーヴはアルフの呟きを聞き漏らさなかった。

「……怪我?」

「いや、ちょっと前に大怪我してな。コイツに助けてもらったんだ」

 それを聞いたハーヴは頭を抑えた。
 今のアルフの現状から怪我だらけの人生を歩んできた事に容易に想像がついたらしい。

「君、助けてもらっておいてなんだけど、もう少し自分も大事にした方が良いんじゃないか?」

「はは、それはさっきもイルにこってり……」

 そういいかけてアルフはしまったと口を押さえた。


 完全に地雷を踏み抜いた。

 先程、彼女から長時間説教(という名の拷問)を受けたばかりではないか。
 その上、合流した時のイルムガルトも冷たい目をしてたのだ。
 何とか彼女の説教から逃れたと思ったアルフだが、完全にやぶ蛇である。
 恐る恐る、アルフはイルムガルトの方を向く。


 そこで、彼女の異変に気が付いた。


「おい、どうした。顔色が悪いぞ!?」

 イルムガルトは顔面蒼白で、息は荒く、脂汗をかいて、今にも倒れそうだ。

「はぁ、はぁ……だい、じょうぶ……」

 頭を抑えながら近くの木に寄りかかる。
 そのままずるずると地面に座り込んでしまった。

「お、おい、大丈夫じゃないだろ!? どうしたんだ?
 何か変なモノでも食ったか? はっ、まさか! さっきの薬草、口に含めるといけない何かが……」

「そん、なワケないでしょう……」

「あ、ああ。すまん。ボケたつもりは無かったんだが……」

 そう言っている間にもイルムガルトの呼吸はどんどん速くなってきている。
 もはや過呼吸を起こしているのではないかと思われるレベルだ。

「ちょっと、どいてくれ!」

 ハーヴはナナに薬草を渡すと、アルフを押し退けイルムガルトに近付いた。

「診せてもらうよ」

 片膝を立て、イルムガルトの額に手を当て熱を測る。

「熱は、少しあるか……?いや、それよりも呼吸の荒さが……」

 手の脈を取りながら症状を観察する。

「脈も速い……この異常な速さは……それに、爪が白い……」

 ハーヴは状態がわかったようで、すぐにナナに指示を出した。

「ナナ君! 確か水筒を持っていたね。渡してくれるかい?」

「あ、は、はい!」

 ナナはいそいそと木製の水筒をハーヴに渡す。
 ハーヴはそれを受け取ると、白衣のポケットから黒い錠剤を二、三粒取り出し、イルムガルトの口に入れ、水を慎重に流し込んだ。


 今の状態だと誤嚥もシャレにならない。

 ゴクリと喉が音を鳴らす音が聞こえた。

 無事飲めたようだ。

 だが、アルフの目からはあまり変化があるようには見えない。

「お、おい、どうなんだ?」

「ああ、多分これで大丈夫。まだ、あんまり安心も出来ないけどね」

 そう言ってハーヴはイルムガルトを見る。

「彼女、重度の貧血だね。よくここまで立っていられたのだと思うよ」

「は?」

「とりあえずこの錠剤を飲ませたから、少しすれば安定するだろうね」

 そう言ってハーヴはイルムガルトに飲ませたのと同じ錠剤を見せる。

「血が足りなくなってきた時に使う『鉄の錠剤』だ。本当は輸血でも出来れば一番良いんだけど……とにかく緊急時だし、これと水を飲んで何とかするしかないだろうね」


 ハーヴは一瓶ほど、アルフに渡す。

「君達に渡しておくよ。同じような症状が出始めたら使う事。お茶やコーヒーは使わず、ちゃんと水で飲むようにね」

「お、おう。すまないな」

 アルフは錠剤をしまう。
 ハーヴはイルムガルトを見ながらアルフに聞いた。

「それにしても彼女、大怪我をしたんじゃないかって位に血が足りてないようだけど、そんな目立つ外傷もなさそうだし、吸血鬼にでも噛まれたのかい?」

 どんな喩えだよとアルフは思う。

「いや、それは俺にもわからないが……言われてみれば、会った時から調子悪そうなそぶりはあったな」

 まさか、ここまでとはと思う。
 先程まで普通に話をしていたのだ。
 急に倒れるなどアルフには想像も付かなかった。

「とにかく、どっか休ませよう」

「じゃあ、私の家とか、どうかな?」

「ナナ君の家か。それは良い」

 ハーヴはポンと相槌を打つ。

「いいのか?」

 一応二人を助けた人間ではあるが、こんな見ず知らずの人間をほいほい上げて良いものだろうかとアルフは思う。
 だが、ナナは普通に頷いて応えた。

「うん。部屋はあるから」

 ハーヴがナナの言葉を補足する。

「彼女の家の人達は薬師をやっているからね。病床もあるし……うん、何かあれば対処できるだろう」

「その間は何だ」

「いやぁ、そういえば今……」

 どうも歯切れが悪そうだ。

「だ、大丈夫だよ。客間があるから」

「ああ、それなら大丈夫か。うん、大丈夫だ」

「?」

「と、とにかく。家に案内するね」

「そうか、ありがとうな」

 そう言ってアルフはナナの頭をなでる。

「は、はい!」

「じゃあ、俺がおぶってくよ」

 そう言ってアルフはイルムガルトを担いだ。


 イルムガルトが荒い息遣いを押さえながら、アルフの耳元で呟く。

「……悪いわね」

「気にすんな。お互い様だ」

「そ」

 そう言ってイルムガルトはアルフに体を預ける。
 彼女の体重がアルフにのしかかる。

 不意を疲れたアルフは少しだけよろける。

「おっと」

 それを見たハーヴがアルフに問う。

「一人で大丈夫かい?」

「ああ、思ったより軽い。大丈夫だ」


「はは、男の子だねぇ」

「アンタはおっさん臭いな」

「君までそんな事を言うのかい?」

 むっとした表情でアルフに抗議をする。

「嫌だったら。もう少し若々しく言え」

「ん、それももっともだ気をつけよう」

(そういう風に返せばいいんだ)

「ナナ君は、ダメだからね」

「ひぇ!」

 笑顔で凄まれ、ナナは慌てて話題を変える。


「あの、こ、こっち、です!」

 そうして、アルフ達はナナに連れられリンネルの村に向かったのであった。

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