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フヴェルゲルミル伝承記 -1.4.7「川の巨大魚と悪魔の訓練」

はじめに

ユミリアサイドです。

 では、どうぞ。

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第1章 第4話
第7節「川の巨大魚と悪魔の訓練」

「ゼェ。せぇ……はぁ…はぁっ、ハァ!!!」

 ユミリアの前には少年達五人、ソレとスラムの人間達が死屍累々と倒れていた。

「ったく、情けないねぇ。この程度でへばってどうするよ」

 ユミリアの近くで、ナナも息を切らしている。

「はぁ、はぁ……お姉……ユミリア、さん、何で私も?」

 ナナも他の人達と同じ訓練を受けさせられていた。
 いや、訓練自体は他の五人より厳しかった。
 それでもナナだけが、まだ立っていた。
 ここにアルフ達がいれば、さすがあのリンの妹だと思った事だろう。

「ん、仕方ないだろ?」

「し、仕方ないって……」

「だって坊。付いてきたいんだろ?」

 付いていきたいというのは、もちろんアルフ達と一緒にいたいという事だろう。

「! え、あ、な、何で……」

「全く、仕方ない事だけど……こーゆーの、分かるんだよねぇ」

「わ、わか、っと、えっ……?」

「まー、付いてきたいんなら、最低限、自分の命ぐらいは守れるようになんなきゃな。足手まといにはなりたくないだろ?」

「は、はい……」

「で、坊はもう動けるみたいだぞ? まだ寝てんのか?」

「む、無茶、い、いわない、で、くださいよ……!」

「な、なんで息一つ切らしてねぇんだ……!!!」

「ば、バケモノ……」

「ん~、まだ喋れる元気はあるみたいだねぇ」

 ゆらゆら近付くユミリア。
 何とか逃げようと体を動かそうとする五人だったが、芋虫のように這いずり回るしか出来ない。
 アードルフの肩に手を乗せる。

「つーかまーえたー」

「「「「「うギャー!!!!!」」」」」


 日が傾き出した頃、その人数はだいぶ減っていた。
とはいえ、脱落したわけではない。そんな事はユミリアが許さない。
 ローテーションで休憩させているのだ。
 今はアードルフとオラヴィのふたりと彼らが率いるグループをシゴイている所だった。

「ふー、すっきりした」

「し、死ぬ……」

「ま、さか、アン、タの、ストレス、解消、じゃない、だろうな……」

「まっさかぁ~」

「お、お姉ちゃん……私も、だめ……」

「おー、がんばったな坊」

「あ、姐御……」

 突如、ズドンという地響きとともに柱の一本が崩れ落ちた。

「な!?」

 スラムに住んでる人間達を巻き込み、支柱が大河に呑み込まれていく。
 あの柱は、ユミリアの特訓でへばった人間達を収容していた場所だ。

「おー、派手にやられたなぁ」

「そんな事言ってる場合じゃねぇですよ!! あそこにはイスモ達だっているんすよ!」

「大丈夫だって」

 下の水面に目をやると、イスモ達三人と、数人のスラムの住人達の顔が見える。
 アードルフはほっと胸をなでおろす。

「な?」

「うぉ、マジかよ……」

「そりゃ、あそこから落ちただけで死ぬようなヤワな鍛え方してないし」

「いや、一日でそんな、信じられねーっすよ」

「まあ、数日ほっときゃすぐに戻る一夜漬けみたいなモンだから、モノにするんならまだまだかかるんだけど、付け焼刃にしては上出来って所かな」

「おーい!」

「ほら、お仲間が呼んでるぞ?」

「おーい、無事かー?」

「はい! なんとか!!」

「……」

「早く上げてほしいっすー」

「ダメだー! 自力で上がれー。でなきゃ死ぬぞー」

「酷ぇっすよ!姐御!!」

「ん」

ユミリアは遠くの水面を指差す。
そこにはでっかくて黒い影が猛スピードでイスモ達の方に向かってきていた。

「う、うわあああああ!!!!!」

泳ぐ。
必死に泳ぐ。
追いつかれれば死。
あの影のエサになって食われるだろう。
水面から飛び出す蛙のような仕草で次々と柱に飛びついた。
彼らは無我夢中で柱に飛びつき、筋力を限界以上に絞り上げる。
それは万力のように柱をくわえ込み、体を柱に縛り付ける。
最後の一人が柱にしがみついた時、黒い影がその足元を通り過ぎると向かいの柱に衝突した。

「じゃー、とりあえず、あの魚釣ってみようか」

「はぁ!?」

「むちゃ言わないでくださいよ!!」

「できるって、ホレ」

 ユミリアはアーノルドを蹴飛ばし、川に突き落とした。
 悲鳴をあげ、水面に飛び込むアーノルド。
 愚痴っている暇はない。
 すぐ嗅ぎつけた影の魚はアーノルドに向かって真っ直ぐ進む。

「ぎゃあああああ!!!!」

「ほらー、リーダーが引き付けてる間にしっかり狙えー」

「あ、悪魔だ……」

「ど、どうするんすか……」

「……」

「仕方ない。やりましょう……」

「だから、どうやって」

「アーノルドさんがこっちを通り過ぎた時を見計らってここにいる全員で魚にダイブします」

「ま、マジっすか!?」

「あの魚は見た所、余り深いところにはいない。なら、全員で飛び込めばだいぶ大きな衝撃になるはず……あとは怯んだ所を皆で取り押さえましょう」

「ここは陸地じゃねーっすよ?大丈夫なんすか!?」

「一か八かです。でも僕達はリーダーを見捨てるわけには行かないでしょう?」

「そっすね」

「じゃあ僕が合図したら皆飛び込んでください。いいですね?」

「応!」という声が響き渡った。

「さーてと、君は一番おいしい役だ。彼らが捕まえた魚をこの銛で突く」

 そう言って、いつの間に調達したのか、折れた柱の一部で作った簡易的な銛をオラヴィに手渡した。

「は?」

「ちなみに君がしとめないと、他の人達、皆死ぬから、気をつけてね」

「はぁ!?」

「グダってる暇は無いよ? 彼らが押さえ切れなくなったら、抵抗虚しく皆仲良くあの魚の腹の中だ」

「畜生、分かったよ! やってやるよ!!」

 アードルフがイスモ達の下を通り過ぎる

「今です!」

 その声を受けると同時、柱にしがみついていた全員が手を離し、影にダイブした。
 思わぬ衝撃にひるんだ……というより驚いた魚の隙を突いて全員でしがみつく。
 彼らの手や、足が魚の体に食い込む。
 振りほどこうと暴れる魚。
 オラヴィは頭上から、タイミングを見計らう。
 
「まだ、まだだ……」

 外せば、死。
 自分の死。そして仲間の死。
 叩きつけられ、食われて死ぬ。
 それは自分も、そして囮になってるアードルフも、他の皆も。
 その重圧。
 心臓の音が煩い。呼吸が早まる。
 汗が止まらない。
 焦点を定めるのが精一杯。

 そんなオラヴィが、一瞬。ただ一瞬目を見開く。

 『見えた』のだ。

 魚の脳天とも言うべきその場所を。
 ここを貫けば必ず死ぬ。
 何故だか貫ける確信があった。
 オラヴィは声を出すのも忘れ、一気に魚へと飛び掛った。

 その銛が、魚の脳天に直撃。
 魚は大きく身をくねらせると取り付いた人々を振り払った。
 何人か水面に叩き付けられる。
 オラヴィもまた、魚に振り落とされて水面に体をぶつけた。

「ぐあっ!」

 一瞬意識を失うが、アードルフが彼を支える。

「おい、大丈夫か!?」

「あ、ああ……」

「他のヤツラは生きてるかー!」

「おおー!」

 他の人達もアードルフ達のように意識のある者が支えたおかげで、川に流されずに済んだようだ。
 柱の上でユミリアの生存人数を確認していた。

「ひー、ふー、みー、うん全員生きてるねぇ」
 
 全員柱の上に上がった所で、ユミリアが宣言する。

「うん、それじゃあもう何匹かイってみようか」

「は?」

ユミリアが水面を指差す。
そこにはさっきと同じ巨大な魚の影が4~5匹ほど突撃してきていた。

「こ、この悪魔あああああ!!!!」

もうすぐ、日が暮れる――日没の事だった。

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