フヴェルゲルミル伝承記 -1.1.3「白衣の男と村の娘」
はじめに
今回は戦闘回です。
では、どうぞ
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第1章 第1話
第3節「白衣の男と村の娘」
「それにしても、アナタ、あんな血塗れで何があったのよ?」
崖に挟まれた道を歩きながらイルムガルトはそんな事を聞いてきた。
「ん、あー、それな……」
アルフは意識を失う前の事をイルムガルトに話すと、イルムガルトは顎に手を当て考える仕草で呟いた。
「なるほど、イェロヴェリルでそんな事が……」
イェロヴェリルとはアルフのいた城塞都市の名前であり、帝都の南東に位置する砦である。
今向かっている魔王城は北方にあるので、魔族の住む領域『ナーストレンド』とは大体反対側に位置している事になる。
ちなみに、今いるフラーナング地方は帝都の南西に位置している。
少し残念だとアルフは思う。
通り道なら、何とか団長達の仇を取るチャンスがあるのではと思ったのだ。
イルムガルトはまだ、ぶつぶつと何か考え込んでいる。
その言葉の一切れがアルフの耳に入った。
「だから、姉さんがそっちに向かったのか……」
「姉さん?」
「あ、いえ、ごめんなさい。なんでもないわ。情報提供ありがとう」
「情報提供って、ずいぶん堅苦しい言い草だな」
「悪かったわね」
「まあ、いいけどな。それにしても、魔王城までだいぶあるだろ?こんなゆっくり進んで大丈夫なのか?」
「大丈夫とは言わないけど、急ぎすぎてもダメでしょ。ヘトヘトになって辿り着いてもあっさり殺されて犬死よ。そんな事になったら洒落にならない」
「あー、確かにそうだな……」
「とにかくあなたの治療とリハビリが急務ね。ナーストレンドに着くまでには、その『力』の反動で倒れない所までは戻したいわね」
「マジか……何回死に掛けるかな……」
「そうなる前に制御しなさいって」
「結構難しいんだよ」
「そこそこ感覚は掴めて――」
イルムガルトがそう言いかけた時、突如として甲高い悲鳴が響いてきた。
「何だ!?」
「悲鳴ね……この先……あまり遠くはないわね」
イルムガルトが悲鳴から状況を分析する。
「……って、ちょっと!」
イルムガルトが気付いた時、アルフは既に走り始めていた。
「だから、自分の体の事も考えなさいよ……」
そう言ってアルフの後を追いかけた。
「お、おっと、と……」
アルフが走って辿り着いた先は崖になっており危うく足を滑らしそうになった。
眼下には斑に木々が立つ、やや開けた場所が広がっている。
そこに、白衣を着た男が小さな女の子の手を引いて走っているのが見える。
「誘拐か? ……いや、違うな」
女の子には、いやいや引っ張られている様子は無い。
むしろ走っているのを手伝ってもらっているような感じだ。
アルフは崖の上から軽く状況を俯瞰する。
すると、広場におかしい所がある事に気付いた。
女の子の後ろの樹木。それが彼らを追跡している。
あれは魔物だ。
「あのままじゃマズいな」
俯瞰して分かった事がもう一つある。
彼らが逃げて辿り着く先。底には先程アルフが壊した岩が道を塞いでいるのだ。
その上、あと二体、同じタイプの魔物が彼らを狙って動いている。
このままでは袋小路だ。
一刻も早く、あの場所に下りなければ二人は魔物に殺されてしまうだろう。
アルフはどうするか思案する。
アルフの目の前の崖。
これは飛び降りるには少し高い。
下が海ならともかく、ここは陸地だ。
劣化したこの体力じゃ降りた後の保障はできない。
最悪足を折って、魔物のエサだ。
ならばと遠方を見渡す。半分すり鉢状になっているこの地形なら、逃げた彼らの反対側を通れば坂道で降りられる。
しかし、それでは間に合わない。
時間がかかりすぎるのだ。
「また、怒られちまうかな……」
アルフは槍を構える。
アルフの持つ金色の槍は魔力を雷光に変える以外にも様々な機能を有する古代遺物『神器』の一つである。
その一つ『狙った地点に必ず飛ばす事ができる』機能。
効果を上げる為に魔力を少量流す。反動で倒れる事が無い程度に。
消滅まで行かなくとも、痺れさせる事ぐらいは出来るだろう。
アルフは彼らの後方を追いかける魔物を狙い投擲する。
槍は木々の隙間を縫うように真っ直ぐに直進。
軽い閃光と、煙が上がる。見事、魔物に命中したようだ。
アルフは胸を押さえふらついた。
「うぐっ! これでもか……」
一瞬、心臓をわし掴みされたような苦しみが襲う。
それはすぐに収まったが、アルフの体はその反動の凄まじさを改めて身をもって知った。
そして、槍を受けた魔物はダメージは与えたようだが、倒すには至っていない。
これではアルフの受けたダメージの方がでかいだろう。
だが、それでいい。とアルフは思う。
今の目的は魔物を倒す事ではない。注意を引く事なのだから。
その思惑通りに魔物はアルフに視線を向ける。
他二体の魔物もその動きに合わせたように同じ方向を向く。
魔物の顔が見える。
それは人の顔。
だが、その顔は体と同じく腐敗したゾンビのソレだ。
気味の悪い顔が幹にへばりついている。
アルフの脳裏にあの時の人形の魔物がよぎる。
アルフは頭を振りすぐに意識を切り替える。
見れば、魔物の注意は完全にアルフに向いているようだ。
他の魔物も連動してアルフに注視している。
見た所、感覚は共有されているらしい。
魔物の特性である。
「よし!」
アルフは小さくガッツポーズをとった。
「獲物はこっちだ!かかって来い魔物共!!」
そう大声で宣言し、アルフは駆け出した。
後ろから追いついたイルムガルトは気にもしていないようだ。
「ああっ!もう、待ちなさいよ……」
イルムガルトはため息をついた。
アルフは坂道を駆け、広場に降りる。
その間、アルフは魔物から視線を外さない。
魔物はアルフの動く方向に翻弄されている。
先回りしたり、役割を分担するような頭は無いようだった。
あまり頭の良い魔物でない事は幸いだ。
見れば、白衣の男達は袋小路で戸惑っているようだ。
ここでなら飛び降りて大丈夫だろうといった所で、広場に飛び降りた。
すると、そこにはイルムガルトがいた。
「おまっ、何で先にいるんだ!?」
イルムガルトは無言で手に持った『物』を見せる。
おそらく、ソレを使って崖を直接降りたのだろう。
「これは、鎖か?随分錆び付いてるみたいだが……」
彼女の手に持っているのは、両端に変わった刃が付いた錆びた鎖。
それが、彼女の得物なのだろう。
片方は先端の曲がった刃が二本並列に取り付けてある。
その刃は見るからに刃毀れをおこしており、鎖同様の赤錆がこびり付いていた。
もう片方は底が膨らんでいる刺突用の刃が一本付いている。
いずれにしても、あまり良い状態の武器とはいえないように見える。
敵を斬るには向かないだろう。
ただ、あの崖を降りるぶんには使えるだろうのだろう。
事実、イルムガルトはこうしてアルフの目の前にいるのだ。
ふと、イルムガルトの顔を見たアルフはギョッっとした。
イルムガルトが先程と同じく、冷めた目で彼を見ていたからだ。
「さ、さて、俺は魔物を倒してくるかな。お前はあの子達を頼む!」
言うや否やアルフは魔物の群れに突っ込んで行った。
「また言わなきゃわからないかしらね」
上から見れば開けた場所で見通しが良さそうだったが、降りてみれば、そこはまだらに点在する木々が見通しを邪魔しているし、そもそも魔物は木の形をしているのだ。
遠目から見分けは非常に難しい。
ゾンビのような顔を見るか、動いてる所を判断するしかない。
アルフはまず手始めに、槍の突き刺さった魔物に向かう事にした。
自分の槍が刺さっているなら、それが目印になるからだ。
森の中を駆け回ると、すぐにその魔物は見つかった。
崖を飛び降りた事でアルフを見失ったのだろう。
魔物は無防備に背後を向いていた。
気付かれる前に仕留める。
地面を蹴って跳躍。そして飛び蹴り。
アルフの蹴りは魔物の後頭部辺りに命中。
魔物の木肌は腐ってはいたが、やはり硬い。
鈍い痛みが脚に広がり、痺れが来る。
だが、地中に根を下ろしている木と違い、やつは魔物だ。
その衝撃に多少のふらつきがあった。
その隙を見逃すアルフでは無い。
すぐさま、槍を掴んで、着地する。
着地の勢いを殺さず、自身の体を支点に槍を振り回した。
槍は魔物に食い込み、釣竿で釣り上げられたかかった魚のように翻弄される。
魔物はバサバサと周囲の木々をなぎ倒し、地面から突き出ていた岩に叩きつけられた。
何度か痙攣する魔物にとどめの一撃。
魔物の顔。その額に槍を突き立てた。魔物は声にならない音を上げ絶命する。
それを確認し、アルフは槍を魔物から抜いた。
ガサガサという音が聞こえ、振り向いた瞬間、魔物が突撃してきた。
先程までのゆっくりした動きが嘘のような速さと勢い。
アルフは槍を構え防御し応戦する。
アルフと魔物が衝突する。
アルフはこの時、突進の速度と威力から考えて十分に防げると思っていた。
それが、間違いだった。
魔物が接触した瞬間、熊に殴られたような衝撃が全身を襲う。
「っ!?」
アルフは魔物の突進に耐えられず、後方にはじけ飛んだ。
勢いは凄まじく、遠くの木々を二、三本薙ぎ倒してようやく止まった。
「グぅ、何、だ……コレ……」
呼吸が全て搾り取られた。
無理やり呼吸を整えながら、アルフは飲み込めない状況を必死で分析する。
今までなら、あの程度の衝撃は簡単に防げたものだったからだ。
「ま、さか……こんな、ここまで弱っ……!?」
魔物はアルフが体勢を立て直すのを舞ってはくれない。
むしろ、今が好機である。
再びの突撃。
「くっ!」
アルフは咄嗟に横に転がった。
魔物の巨躯が彼の背をかすり通り抜ける。
転がった視線の先に別の魔物。
そういえば、まだいた。
魔物の体勢は、今まさにアルフに対して突撃を繰り出そうとしていた。
通り過ぎた魔物も方向転換している。
「(くそっ、少し気を抜きすぎだ……!)」
アルフは自分に悪態をつき、入らない力を無理やり手に込めた。
その力と膝をバネに跳ね上がるように立ち上がる。
それが合図と受け取ったのか、二体の魔物が同時、アルフ目掛けて飛びかかる。
自身の持つ槍を地面に突き立る。
咄嗟に魔力を流し、槍の爆発を利用して垂直にジャンプ。
魔物の突進を回避する。
目標に避けられた二体の魔物は勢い殺せず、衝突する。
「なっ!?」
アルフは驚愕した。
衝突した二体の魔物。
それは、そのままに融合し一体の魔物となった。
アルフが滞空している僅かな時間でだ。
二首の魔樹と化した魔物。
アルフは空中で体勢を立て直せない。
魔樹は頭上から落ちてくるアルフに対し、枝をつき出し口を広げる。
一瞬の既視感。
肩のツノを植えつけたあの魔物。
団長達を殺したあの魔物の集団。
「ふ、ざけるなよ……!」
枝が額を貫く瞬間、ギリギリで、頭を振って枝をかわす。
空いた手でその太い枝に掴まる。
「へっ、どうだ」
冷や汗を流しながら不適に笑う。
アルフの挑発に乗ったのか、ギチギチと、魔樹が怪しい音を立てる。
見れば、魔物の顔の一つが伸びてきた。
アルフが掴んでいた枝はその形を変形させ、手に絡まった。
「それで、掴まえたつもりか?」
右手に持つ槍を魔樹の顔に突っ込む。
あの時と同じように。
あの時と違う事。
死に掛けていない事。
全力を出さなくて良い事。
相手は枯れ腐った樹木。
少量の熱で発火する――!
アルフは全力には程遠い、しかしさっき通した魔力よりも多くの魔力を槍に流す。
流れる白光。
溢れる閃光。
その光は、まさしく木に落ちる雷。
乾ききった体は熱を逃がせない。
瞬間的に魔樹発火し、炎は全身に回る。
燃え盛り、崩れ落ちる体。
支点を失った枝は力を失い、アルフと共に地面に落下した。
「いてて……」
「全く、無理するわね」
アルフが振り向くとそこにはイルムガルトがいた。
後方に白衣の男と、男に隠れるように女の子が覗いていた。
どうにか全員無事のようだ。
よかったと安心する。
ところで
アルフが崖の上から認識した魔物の数は三体だった。
アルフがそれを魔物と判断したのは、木であるのに動いていたからだ。
しかし、周囲の木々に混ざり見分けがつかない彼らは、止まっていれば遠目からでは判別できない。
どういう事か。
ソレはもう一体存在していた。
木々に混ざり、影から枝を伸ばす。
その動きに気付いたアルフは咄嗟に庇おうとするが激痛がそれを阻む。
先程の槍を使った反動だろう。
枝は速度を緩める事なくアルフの頭を狙う。
アルフの脳天を貫く直前、枝は動きを止めた。
見れば、枝にはイルムガルトの刺突の刃が刺さっていた。
どうやら、それで動きを止めたらしい。
いつ付けたのだろうか、魔物の額には二本、平行に傷跡が付けられていた。
だが、浅い。
引っかき傷程度の切り傷だ。
致命傷にもなりはしない。
あの武器では、それが限界だろうとも思う。
やはり、とどめはさしておいた方が良いだろうが、アルフは動けない。
おかしい。
魔物の動きがおかしい事に気付く。
あらぬ方向を向き、枯れた奇声を上げ、枝をデタラメに振り回している。
動きは右に左に、まるで千鳥足のようにふらつく。
まるで奇怪なダンスだ。
しばらく、そんな動きを繰り返した後、動きを止め、魔樹は本当に腐り落ち、崩れ去った。
「少し、毒の回りが遅いわね。もう少し改良の余地があるか……」
イルムガルトのその言葉にアルフは理解する。
あの武器は斬りつける為の物ではなく、毒を与える為のものだ。
多分、刃に毒を塗ってあるし、あの刺突の刃は注射針のようなものだろう。
「え、えげつない攻撃だな……」
「悪かったわね」
「い、いやいや、十分に凄いぞ」
意味の分からないフォローをするアルフ。
「何がどう凄いのか分からないけど、どうも」
アルフは念の為、辺りを見回す。
今度は念入りに神経を集中して。
周りの木々は一切動いていない。
魔樹の木肌を思い出し、樹木の肌を観察する。
どうやら、爛れた茶色の肌の樹木は無いようだ。
どうやら、今度こそ周囲に魔物の気配は無いようだ。
ほっとため息をつく。
イルムガルトはアルフに近付いて状態を診る。
「全く、無茶するわね」
「悪いな、イル……」
「見た所、たいした反動でもないみたいね。すぐに動けるようになるんじゃないかしら」
「そっか……」
そう言ってアルフはイルムガルトの後ろの二人組みを見た。
「無事でなによりだ」
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