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フヴェルゲルミル伝承記 -1.2.4「流行り病と黒い女の影」

はじめに

 昨日書いた件で、いざ書こうとすると「日」と「夜」の線引きに迷ってますw
 結果表現が凄い曖昧に。
 こういった単位に関してはもう少し細かく決めていった方が良いかもしれません。
 では、どうぞ

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第1章 第2話
第4節「流行り病と黒い女の影」

「ケホッ、コホッ……」

 朝、ナナを除くセリアン家の三人は皆、咳き込んで机に突っ伏していた。
 
「お姉ちゃん、大丈夫?」

「んー、伝染(うつ)っちゃったかしらね……ケホっ」

「あらぁ、リンも?実はお母さんも熱っぽいのよねぇ……」

「奇遇だね、母さん。僕もなんだよ」

「あらぁ、二人で熱々ねぇ」

「そうだね!母さん!」

 いきなり抱きつこうとする父親を娘が拳骨で止める。

「黙って寝てろ! バカップル」

「いたいなぁ……」

「うふふ、リンちゃんも寂しいのよね」

「そうなのかい!? 気が付かなくってゴメンよ!」

 今度は机を飛び越えんばかりの勢いで娘に飛びつこうとする父親。
 その父親の顔面を片手で押さえて、ため息をつく。

「どっちかって言うと恥ずかしいんだけどね」

「そんなぁ~……」

「とにかく、今日は休みね。私達から感染させたら元も子もないし」

 そう言って、リンは表の看板をしまった。

「皆もそれで良いわね?」

「そうねぇ、少し寝かせてもらうわぁ」

「うん、僕も薬飲んで休むとするよ」

 そう言って、薬棚を調べた。

「あれ?母さん、ここにあった解熱剤知らないかい?」

「忘れたんですかぁ?昨日、全部使っちゃったじゃないですかぁ……」

「ああ、そうだったね」

 そういって、ポリポリ頭を掻いた。
 それならばと、薬草の入った棚を開ける。
 さすが薬師。
 無ければ調合すれば良いという発想らしい。

「材料のミミル草はっと……ああ、これも切らしてるのか」

「どうしましょう……」


 珍しく困った様子の二人だった。


 ここ数日から流行りだしている風邪は、実はアルフ達が来る少し前から発症している人はいた。
 ただ、この風邪は解熱剤を投与すれば一晩たたずに収まる程度の風邪だったので、ほとんど広まってはいなかった。
 また、この風邪は解熱剤で治まるほどに弱いものだったが、何の治療もしなければ死に至るほどに強いものだった。
 村の中で、解熱剤を頑なに投与しなかったものがいた。その村人は体温が上がり続け、40度を越えた日の晩、突然に暴れだし全身から蒸気を出して死亡した。そのときの体表の温度は50度に達していたという。
 放置するにはとても危険な風邪なのである。

 ちなみにこの風邪に効く解熱剤というのが、レーラズの葉から煮出した汁にミミル草とコルガ草という薬草を2:1の割合で調合したものである。
 この風邪の話を聞いたセリアン家は大量に解熱剤を作りおきしていたのだが、個々最近で再び流行りだしたせいで、あっという間になくなってしまった。
 地震の時、ミミル草が足りないと騒いでいたのも、解熱剤でかなり使ってしまった事が原因である。


「私が取ってくるわ」

 リンが立ち上がるが母親がそれを制した。


「馬鹿言わないの。そんな体調で倒れたらどうするのよ。それにまだ足の調子悪いんでしょう?」

「でも、誰かが行かなきゃ」

「じゃ、じゃあ私が行ってくるよ」

「馬鹿言わないで、魔物が出て危険なのよ!行かせられるわけないじゃない!!」

「ミミル草があればいいのか」

「え?」

「あの草だったら、俺も何度も採ってるし、俺が行くのが一番いいだろ?」

「それは、助かるけど……」

「あ~、いや、でも難しいな……」

「どうしたの?」

「コルガ草も切らしてるよ」

「何ですって!?」

「何だ?そのコルガ草っていうのは?」

「ああ、解熱剤のキモとなる薬草なんだが、生えてる場所が厄介でね」

「生えてる場所?」

「主に崖みたいな切り立った場所に生えてるのよ。慣れてないと転落して真っ逆さまよ」

「まあ、それぐらいなら何とか取れると思うが……」

「魔物も多いから、一人じゃ難しいわ」

「つまり、もう一人誰か連れていった方が良いって事か……」

「なら、私も一緒に行くわ。どんな薬草なのかも分かるし……」

「いや、イルは病み上がりだろ?それに、崖にあるって言ってもこの崖だらけの場所じゃ、目星をつけるのは難しいんじゃないか?」

「……そうね」

「だろ?だからお前もゆっくり……というか他の人の面倒を見てやってほしい」

「分かったわ」

「でも、さすがに一人じゃ行かせられないわ」

「じゃあ、やっぱり私が案内する!お兄ちゃんがいると心強いし」

「ああ、それしかないか……!でも、やっぱり二人だけじゃ心配なのよね……ケホッ」

 アルフ達がそんな話をしていると玄関のドアが開いた。

「すまない。じゃまするよ」

「あ、ハーヴさん、いらっしゃい……」

「ん、元気がないね」

「あー伝染っちゃったみたい」

「それはマズいね。解熱剤は?」

「丁度切らしてるんだよね」

「おいおい、大変じゃないか!」

「ああ、だからナナと薬草を取りに行こうって話してたんだ」

「ミミル草を?」

「いや、コルガ草とかいうやつらしい」

「あーなるほど。でもあれは崖に生えてるから、ナナ君じゃ採取は難しいんじゃないか?」

「うっ……」

「俺達も今それを考えてるんだがなかなか……」

「なら、僕もついていくよ。薬草採取は僕とナナ君。君は周囲の魔物を警戒する。どうだい?」

「それはいいが、頼めるか?」

「ああ、任せてくれよ」

「よし、じゃあ早速行こう」

「あ、でもちょっと準備があるから、先に村の出口で待っててくれないかな?」

「わかった」

「早く来てね」

「わかってるよ」

 アルフが村の出口でハーヴを待っていると一つの影が目に入った。
 黒い喪服のような服を着た女性だ。
 頭には同じように黒いヴェールがかかっていて表情は読めない。
 ただ、身長を考えると、相当若い……もしかしたら子供かもしれない。

 その女はただ立って遠方を眺めている。
 誰か待っているようでもない。
 ただ、亡霊のように立ちすくみ、ヴェールから覗く桜色の唇は僅かばかり下に弧を描いている。
 アルフはどこか嫌な予感がした。
 女性に話しかけようと声を出そうとした――――

「おまたせ」

 その声に振り返る。
 視界の端で女性は振り返ったように思える。
 その笑みはより深いものになった――気がした。


 声の方にはハーヴが立っていた。
 どうやら、薬草採取の為の道具を取ってきたらしい。

「ん、何を見てたんだい?」

「ああ、人が……」

 そう言って女性のいた場所を見やると、その女性の姿はすでに何処にもなかった。

「人?」

「いや、悪い。気のせいだったみたいだ」

「お兄ちゃん、早く行こう」

「あ、おう、そうだな」


「で、どの辺りなんだ?」

「あの薬草自体はいろんな所に生えているんだが、どうにも採り辛い場所ばかりでね」

「お兄ちゃん、あそこ」

 アルフはナナの指す崖の上に目をやった。
 遠くで見辛いが確かに何か植物が生えている。

「おいおい、さすがにあんな所は無理だぞ」

「だろ? だから取りやすいやつを探すのさ」

「うぇ……」

 しばらく歩き、海に面した崖の下に生えていた。
 これなら手を伸ばせば届きそうだ。

「よし、採れた」

 その時、背後から野犬の群れがアルフ達を囲っていた。

「この辺りにはこんな魔物もいるのか……」

「どうするんだい」

「俺が切り込むから、お前達は走れ。ここじゃ何かの拍子で崖から落ちる事もありえる」

「わかったよ」

「行くぞ」

 アルフが正面の野犬に突撃し、串刺しにする。
 左右二体の魔物がアルフに向かって突撃する。
 アルフは左手で野犬を殴り飛ばし、槍をふるってもう一体を弾き飛ばす。

「今だ!」

 ハーヴとナナは駆け出し、群れを抜ける。
 二人に続いてアルフが突破すると振り返ると、懐から小さな玉を出して野犬に投げつける。
 野犬にあたるとそれは破裂し黒い煙幕が辺りを包んだ。
 ナナの家で香りの強い香草と胡椒を混ぜた特性煙幕だ。
 いざという時の対人用に作っておいたものだから、野犬なら効果は絶大だろう。
 だが、効果を確認している暇は無い。
 さっさと逃げて野犬を撒く事にした。

「はぁ、はぁ、どうにか逃げられたのかな?」

「たぶんな。とにかく薬草を取ったのならさっさと戻らないか」

 ナナは首を横に振った。

「ううん。まだ、足りない。もっと採らないと……」

「そうだねぇ、これじゃ一人分位にしかならない。最低でも後二つは欲しい所だね」

「そうか、じゃあ引き続き探すが、野犬がまだいるからな気をつけろよ?」

「はーい」

「わかったよ」


 太陽が真上を通り過ぎた頃。
 アルフは数体の魔物を相手に奮戦していた。
 薬草を採ろうとしている最中に樹の魔物とさっきの野犬が現れたのだ。
 ナナ達に近付かせないようにするのも大変だった。
 魔物は単純にアルフを狙うが、野犬はアルフを無視し、ナナ達を執拗に狙ってくるのだ。
 野犬は、アルフが脅威だと認識している。
 魔物は単純にアルフを襲ってきている。
 魔物達にとっては図らずも連携が成功し、アルフ達を苦しめる形になってしまっていた。

「おーい、まだかー!」

「もうちょっとだー」

 ナナを肩車しているハーヴが答える

「採れた!」

 ナナの声にアルフが応える。

「薬草をしまってすぐに走れ!」

「は、はい!」

「こっちだよ!」

 ハーヴが近くに見つけた岩の隙間に飛び込んだ。
 アルフは魔物をかく乱し、ナナ達と共に隙間に隠れる。

「はぁ、はぁ……なん、か……魔物スゲェ多くないか!?」

「はぁ、はぁ、うん……こんなの、はじめて……」

「うん、僕もこんなに狙われるなんて思わなかったよ」

「ってか、昨日まで、薬草採りに来てたが、こんなに出なかったぞ」

 昨日まで、アルフが戦っていた魔物はナナを助けた時に戦った魔樹や野犬だが、大体一体や二体、多くても四体ぐらいだった。しかし、今回は今の魔物達を含め、軽く二桁を越えていた。

「アンタ、何か憑いてるんじゃないか?」

「はは、心外だなぁ、僕だって、こんなのは初めてなんだよ?」

「でも、どうするのお兄ちゃん」

「ちょっと待ってな……」

 そう言って、アルフは小さな包みを取り出す。
 こちらはさっきの煙幕と違い、傭兵団時代から携帯している爆薬である。
 団長が最期に使ったものと同じものだ。

「よし。ナナ達は背後から出ろよ」

「う、うん……?」

 ナナはいまいち要領を得ていないようだった。

「何かは良く分からないけど、分かったよ」

 そう言ってハーヴはナナを連れて岩場の外に出た。
 同時、魔物と野犬の群れが飛び込んでくる。

「喰らえ!」

 そう言って爆弾を頭上に投げ、アルフは全速力で走って岩場を出た。
 爆弾が天井に接触し、爆発。
 逃げ道のない爆風は、下にいた魔物達を容赦なく叩きつける。
 そして、衝撃に耐え切れなくなった天井はついに崩落を始めた。
 叩きつけられ動きを封じられた魔物達はなすすべなく、瓦礫の下敷きとなり、そのまま生き埋めとなっていった。

「ふぅ、何とかなったな」

「君は無茶苦茶するねぇ」

「びっくりした」

「まあ、何とかなったんだ。薬草は無事なんだろ?」

「うん」

「じゃあ、帰ろうぜ」

 そうして帰路に着いた彼らを待っていたのは、変わり果てた村の姿だった。

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