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フヴェルゲルミル伝承記 -1.2.6「別れの杯」

はじめに

 今回はリンネル村での惨劇後編です。

 では、どうぞ

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第1章 第2話
第6節「別れの杯」

花の魔樹――セリアンがその枝《うで》を伸ばす。
アルフ・イルムガルトは飛び退く。
ターゲットによけられた枝はそのまま直進。背後の家を一撃で破壊する。

「凄まじい威力だな」

「気をつけなさいよ」

「わかってる」

 アルフ達はセリアンを前に警戒を強める。
 周囲の魔物がジリジリと近寄ってくる。
 しかし、セリアンは動く気配が無い。

「どういう事だ?」

「……」

 イルムガルトがゆっくりとセリアンに近付く。
 二歩、三歩、歩く。
 まだ、動かない。

 やがて、イルムガルトが先程まで立っていた場所まで来ると再びセリアンは枝《うで》を伸ばす。

 イルムガルトは横に飛び退くと、枝は背後に迫っていた魔物を貫いて瓦礫の山を弾き飛ばした。

「イル!」

「やっぱりね。あの魔物、一定の距離で攻撃を仕掛けてくるわ」

 まるで、ナナを守るように家の前に立ち尽くしている。

「なら、先にコイツ等を片付けるぞ!」

 魔物に槍を突き刺し、そう提案するアルフ。

「危険よ! あの魔物がナナを守る保障も無いわ、ここは二手に分かれた方が……」

 魔物の攻撃を鎖で弾きながらそう答えるイルムガルト。

「あの女はナナを殺すなと命じた!なら、ナナを狙う可能性は低い!」

「あの女の言動こそ保障にならないわ!」

「俺達は今、個々に分かれて戦えるほど力が戻ってない!逆に各個撃破される可能性の方が高いんだ!!」

「アナタにしては冷静な判断ね……分かったわ! 距離を保ちつつ先に魔物を駆逐する! 花の魔物が動き出したときは各自の判断で止める事。いいわね!?」

「おうよ!」


 そうして、アルフ達は地獄の花園と化した村を駆け回る。
 もちろん、セリアンからは一定の距離を保っている。
 いつ動き出してもすぐに割り込めるように。

 「イル! そっちに一体!」

 「わかってる!!」

 互いに声を掛け合い、サポートする。
 魔物の数は順調に減っている。
 しかし、同時に彼らの疲労もまた徐々に蓄積していった。

「はぁ、はぁ……くそっ、後何体いるんだよ……!!」

 幸いな事にナナの両親、花の魔樹は未だに一切動く気配はなかった。

「アルフ! まだ一体いるわ!!」

「くそっ!!」

 瓦礫の影から一体の魔物がアルフの前に現れた。

「!?……アンタ……」

 その顔には見覚えがあった。
 その顔はアルフ達がこの村に来た初日、薬を受け取っていたタルモという男だった。

 見るに耐えない苦悶の表情を浮かべ、人ならざる声を鳴らしている。
 その表情《かお》を見ながら、アルフは、いつだったか、薬草採取の帰りに彼と会った時の事を思い出した。
 彼はアルフに手紙を見せながら、帝都に出稼ぎに出た娘が久しぶりに帰ってくると言っていた。
 あの時の彼の表情は本当に嬉しそうだった。

 アルフは歯を食いしばり、槍に込める魔力を増やし、彼の脳天に一撃を喰らわせた。


 爆発。


 頭を失った魔物は、そのまま倒れた。


「せめて、苦しまずに逝ってくれよ……」


 イルムガルトもまた見知った『人間』と戦っていた。
 彼女の前にはの前には三つの顔を持つ魔物。
 二回、共食いをした魔物だ。

 イルムガルトはその顔のうち二つは知らない。
 だが、もう一つの顔は、ナナの家に何度か来て父親と話をしていたこの村の村長だと記憶している。
 彼の顔の隣に女性の顔。
 彼らの顔の下に若い男性の顔。
 それは、おそらく彼の妻と息子だろう。
 若い男性の顔には二人の面影がある。

 だが、イルムガルトは表情を変えない。
 村がこうなった時点で分かりきった事だった。
 だから、目の前の『人間』をすでに『魔物』と割り切っている。
 いや、もしかしたら割り切ろうとしているのかもしれない。

 魔物は木の枝を鞭のようにしならせてイルムガルトを叩く。
 イルムガルトは露出している頭だけを守り、それ以外は無防備に近付く。

 魔物が叩くたびに傷が増えていく。
 魔物が叩くたびに動きが鈍っていく。
 魔物が叩くたびに苦悶の表情が強くなってくる。
 魔物が叩くたびに鳴き声が大きくなっていく。

 イルムガルトは相変わらずの無表情だった。
 叩くたびに傷つく魔物の枝《うで》。

 やがて、魔物は叩く事を諦め、イルムガルトを締め上げだした。
 締め付けは強く、彼女の骨が軋み音を上げる。
 しかし、それでもイルムガルトは表情を一切変えなかった。
 骨の悲鳴はピークに達しあと少しで、粉々に砕かれるであろうその時、魔物の力が急速に弱まっていった。
 そのまま動きを止める。
 手には鎖。その片方の刺突の刃。毒の一つ。麻痺毒。
 魔物はやがて動きを止め、二度と動く事は無くなった。
 その魔物の顔。彼らの表情には何も浮かんではいなかった。

 村に蔓延る魔物は全て倒された――ただ、一体、セリアンを除いては。

 アルフはイルムガルトと合流する。

 彼らの前に立つ花の魔樹セリアンは舞台が整ったと言わんばかりに鳴き声を上げた。
 セリアンが動く。その枝《うで》を伸ばす。 


 ――非常に戦い辛いと、彼は、いや、彼らは思う。
 心理的にも、強さとしても。

 セリアンは他の魔樹と比べて知能が格段に高かった。
 アルフは雷光の槍を繰り出すが、近くの瓦礫でそれを受け止める。

「な!?」

 伸びた枝をイルムガルトが回避しながらに切りつけた。
 すぐさま、セリアンは腕を切り落とした。
 明らかに毒を回避する為の行動だった。

「学習してる!?」 

  花弁から黄色い粉が舞う。

「何だ、花粉?」

「いけない! 口を塞ぎなさい!!」

 アルフは口をふさいで飛び退こうとするが、足に力が入らない。

「何だ、コレ、!?」

「この花粉、麻痺毒!? まさか、私の戦い方を真似ているとでもいうの……!!」


 学習が早すぎるとイルムガルトが警戒し、距離をとろうとした時、セリアンがすかさずに枝を振るう。
 アルフとイルムガルトに直撃し、吹き飛び、瓦礫の山に衝突した。
 麻痺した体では受け身を取る事叶わず、その衝撃がダイレクトに体に伝わる。
 セリアンがアルフの体の上にその巨体を乗せ、枝で首を締めはじめる。


「ぐぅ……」


 イルムガルトは瓦礫から起き上がろうと無理矢理にでも手に力を込める。が、場所が場所だ。
 不安定な瓦礫の山は彼女の体重でも支えきる事が出来ずにが崩れ落ちる。
 バランスを崩したイルムガルトもまた、そのまま転げ落ちてしまった。
 彼女はそれでも必死に手に力を込める。やらせない、彼をやらせはしない。
 何が何でも。魔物如きに奪われてなるものか。
 その時、ゴツゴツとした瓦礫の手触りの中に一つ、柔らかい感触があった。


「これは」


 アルフは、咄嗟に枝と首の間に腕を差し込む事で、難を逃れていた。
 いつの間にか、ナナの家に入ってしまったようだ。
 壁と天井が大きく崩れ、外と内の境界があやふやになっていて気が付かなかった。
 だが、まだ、客間のある場所は無事だ。
 アルフは何とか足掻き、セリアンの拘束から逃れようとしていた。

「た、たな…く…………、…れ、で……」

 セリアンは掠れた声を漏らす。

「た、たな……棚…………そうか!」

 アルフが追い詰められている壁。
 その横にあるガラスの扉の棚。
 殴りつけガラスを割る。
 無造作に手を突っ込みそれを取り出した。

 それは、昨日彼と飲んだ秘蔵のワインボトル。

 半分はまだ、中身が残っている。

「はっ……また、飲もう、つってたのにな」

 そう言って、アルフは手に力を込め、ワインボトルを目の前の顔に叩き付けた。

 セリアンが怯んだ。
 すかさずアルフは割れたボトルを枝に突き刺す。
 枝の拘束が緩む。
 その隙にアルフは脱出し槍でセリアンの側面を刺した。

 叫び声が上がる。

 槍を抜こうと枝《うで》が伸びる。
 背後から突然首の一つが締め上げられた。

 締め上げているのはイルムガルト。

 手に持っているのは、あの時のエプロンの紐。
 イルムガルトが修繕し、彼女が喜んでくれたエプロン。
 それが今、持ち主の首を絞め上げる。

 エプロンも、それを望んだわけでは無いだろう。


 そんな言葉が彼女の頭をよぎった。
 雑念を振り払うように彼女は大声を上げる。

「アルフ! 棚の除草剤を!!」

「おう!」

 アルフはもう一つの棚に向かって駆け出した。
 セリアンの枝がイルムガルトに伸びる。
 枝はイルムガルトの首を締め上げる。

「イル!」

「私は大丈夫!早く!!」

 セリアンはイルムガルトの首を強く締め付ける。
 イルムガルトは構わず、セリアンの首を絞める力を強める。
 どちらが先に力尽きるかの根競べとなっていた。
 セリアンの苦しみは増し、枝の力が弱まりだす。

 だが、まだ油断はできない。イルムガルトはまだ力を緩めるわけにはいかない。


 アルフは棚からいくつかのビンを取り出し、セリアンに投げつける。
 アルフにとってはどれが除草剤なのか分からない。
 ならば片っ端から投げてしまえと考えた。
 傷薬で回復するかもしれないが、除草剤さえかぶればこっちのものだ。

 ある一つの茶色いビンを見たセリアンは慌てたように枝を振るう。
 イルムガルトを絞めていた枝だ。
 ビンは弾かれ、壁に叩きつけられた。

 その慌てようから、茶色いビンが除草剤であると判断した。
 アルフはセリアンの頭を目掛け、槍を投げる。

 セリアンはビンを弾いた枝を振るい、槍も叩き落とす。

「本命はこっちだ!」

 茶色のビンを二、三個投げる。
 慌てて叩こうとするセリアン。
 枝がビンに接触する瞬間、反対側からイルムガルトの鎖が叩き付けられる。

 双方から圧力が加わったビンはあっけなく破裂して、中の液をぶちまけた。
 除草剤の液。彼らにとって触れるだけでしに至る。死神の猛毒。それが雨のように降り注ぐ。

 その痛みに暴れまわるセリアン。
 イルムガルトは再び鎖でそのままセリアンを締め上げる。

「アルフ、止めを!」

「おおっ!」

 アルフは槍を拾い、彼らの花に突き立てた。
 空気を震わす断末魔を上げ、のたうち回る。
 イルムガルトは逃がすまいと鎖を引く力を込め抑え込む。
 アルフはさらに手に力を込め、槍をその体内に沈めると、やがて彼らは動かなくなった。

 セリアンの死に、村を覆いつくした色おぞましい花々も見る見る単色に塗り変わる。
 やがて、大地が土の色に覆われた時、村に静寂が訪れた。

 茶色の絨毯に静かな風が吹く。
 風に乗って声が聞こえる。

「「ありがとう。娘を頼む」」

 そんな内容だった気がしたが、声はもう聞こえなかった。

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