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フヴェルゲルミル伝承記 -1.3.8「一夜明け次の町へ」(前編)

はじめに

 お気づきの方がいらっしゃるかもしれませんが、できるだけ毎日更新を心がけています。
 でも、ダブル更新が結構キツイw
 なので、しばらく話を短めに区切るかもしれません。

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マグネット様にて修正版を公開しております
よろしくお願いします。

 では、どうぞ。

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第1章 第3話
第8節「一夜明け次の町へ」(前編)

 空の闇が一層と濃くなった夜更け。
 アルフとユミリアは缶詰《きょうてき》を打ち倒し、昏倒するように眠っていた。
 入れ替わるようにイルムガルトが目覚め、火の番を始める。
 アルフとユミリアの寝顔を見る。
 何だかんだでしっかり眠れているようだ。

「まったく……」

「ん、お姉ちゃん?」


 ナナが目を擦りながらイルムガルトの方を向いている。


「あら、ごめんなさい。起こした?」

「ううん……ふぁ~……」

「まだ寝てなさい」

「ねぇ、お姉ちゃんの所で寝てもいい?」

「私の?」

「うん……」

「いいわ。来なさい」

「うん」

「ねぇ、お姉ちゃん」

「何?」

「お姉ちゃんは、教会の人、なんだよね……」

「そうね」

「お姉ちゃんは『お姉ちゃん』を殺すの?」

 ここで言うお姉ちゃんとはナナの姉リンの事を指すのだろう。
 随分と直球で聞いてきたものだとイルムガルトは思う。
 この小さな女の子が自分の身内ですら真っ直ぐに聞く事ができるとは、あの一家は何だかんだで逞しいのだろう。

「そうね。私が教会の人間である以上、あの魔物《リン》は殺さなければならない」

「そう……」

 ナナが悲しそうに目を伏せる。

「だから、あの女……ローザといったかしら。彼女があなたのお姉さんを向こう側に連れてってくれるなら……」


 殺さなくて済むのにとそう願う。

 向こう側とは魔界『ナーストレンド』の事である。
 文字通り、帝国の向こう側に存在するといわれる場所で、ニザフィヨル山脈と呼ばれる断崖絶壁の山々によって隔てられている。
 そこではこちら側よりも遥かに強力な魔物や魑魅魍魎、そして知性の持つ魔族が社会を築いており、人類にとって非常に危険な場所。
 そこにリンの姉が連れて行かれたなら、彼女を殺すのは容易では無くなるだろう。それがリンの為なのかどうかは分からない。

 だが、こちら側にいれば確実に教会と帝国に殺されるだろう。
 それも無残なやり方で。
 教会の異端審問官を束ねるイルムガルトにはそれが嫌というほど身に染み付いている。


 やはり、近しい人間がそんな事になるのは何とも忍びな――
 そこまで、思考を巡らせて、自分自身が何を思ったのか、我に返った。

 彼女は教会の人間なのだ。

 その教義故、魔族は絶対の敵である。
 自分がこんな体たらくではいけないと、イルムガルトは頭を振って、思考を止める。


「ごめんなさい。私らしくなかったわ。忘れて」

「?」

「また、出てきたのなら『殺す』 それが『魔』なら、誰であれ……」

 イルムガルトはナナに聞こえないぐらいの音量で呟いた。
 ナナは首をかしげる。

「お姉ちゃん?」

「もう寝ましょう。寝不足は体に堪えるわ」

「う、うん……」

 焚き火の音がパチと弾ける。

「そうだ。これ……」

 イルムガルトがナナに細い紐のようなものを渡す。
 その手にあるのはナナの母親が気に入っていたというエプロンの紐。

「お母さんの……」

「残ったのがあまり無かったから、ヘアバンドぐらいにしかできなかったけど」

 そう言ってイルムガルトはナナの頭にヘアバンドを巻いた。

 形見分けの儀式。

 フォルナール教会において形見分けは、一般的に行われる儀式である。
 しかし、その目的は故人を偲ぶものというより、亡くなった人間の力や技術、そして志を継承するという意味合いが強いため、実利的なものや、また、そのように加工される事も珍しくはない。

 だから、ナナのヘアバンドにはセリアン家の薬草を合わせて縫い込んであった。あの家にある中で最も高価な魔法草だから、効果は高いだろう。

「ありがとう」

 そう言ってナナはイルムガルトの膝の上に頭を乗せ、すやすやと眠った。
 イルムガルトはナナの頭に手を載せて呟いた。

「どういたしまして」


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