フヴェルゲルミル伝承記 -1.4.3「街の下、川の上、狭間で蠢くスラム街」(後編)
はじめに
五人組の名前はアードルフ、 イスモ、 ウーノ、エルッキ、 オラヴィです。
名づけでよくお世話になってる欧羅巴人名録様から使わせていただきました。
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マグネット様にて修正版を公開しております。
よろしくお願いします。
では、どうぞ。
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第1章 第4話
第3節「街の下、川の上、狭間で蠢くスラム街」(後編)
ユミリアとナナは男達に連れられスラム街に来ていた。
男達は意外と若かった。
ユミリアより年下で、ナナより年上ぐらいの年齢だ。
「ささ、こちらです姐御」
お調子者のような男が低姿勢でユミリア達を案内する。
「へぇ、なかなか面白いなここ」
「わ、とと……」
水上都市ゲムルを支える柱はその一本一本が複数の柱とソレを支える梁が網目のように絡み合って作られている。
スラム街はその柱の隙間に作られ、柱と柱の間には布を継ぎ合わせた道が敷かれていた。
つまりは、非常にバランスが悪く、強度が不安定なのである。
「気をつけてくだせぇ、姐御、お嬢さん」
「ユミリアだ」
「ユミリア! 素敵な名前だ!」
「取ってつけたように褒めるのヤメようか。虫唾が走るから」
「へへ」
「で、君らは何でボクに弟子入りしたいワケ?」
「まずは自己紹介をさせてくだせぇ」
そう言って男の一人が名乗り出る。
「あっしは、このスラム街の『スリーズ』ってチームを束ねてるアードルフっていいやす」
言動からしてお調子者のチームリーダー。
どっちかって言うと太鼓持ちの方が合ってるのではないだろうか。
「スリーズ……『恐ろしい、破滅的』って意味だと思うんだけど。完全に名前負けしてるよな?」
「そ、それを言わないでくださいよ。あ、僕はイスモっていいます」
弱気そうなめがね。
「……ウーノ」
寡黙な男。
「エルッキでーっす」
チャラい。
「オラヴィだ」
見るからに不良。
「よし、とりあえずアイウエオで覚えた」
「ヒドいっす!」
「で、さっさと理由を言え」
「あ、はい。僕達はもともと上で暮らしてたんですけど」
「だろうな」
ここは『水上都市ゲムルの』スラム街だ。
年若い連中ばかりだし、身なりからしてあまりスラム育ちって雰囲気でもない。
なら、もともとは上で生活していたのだろう。
「俺達は皆あのクソ野郎のせいで、家を追われたんだ!」
「クソ野郎って、ここの領主の事か?」
「そーなんすよ! いきなり税金を跳ね上げた上、別に上納金まで請求してきたっす」
「……反対をしたら、追い出された」
「そうなんでさぁ、あっし達ぁ見せしめに家をぶっ壊され、財産も全て没収されちまったんです。だから、俺達は皆いつか領主をぶっ倒して、この街を元の平和な街にしてやりたいんでさぁ」
「つまり、自分達の都合が悪くなったから、その原因を取り除きたい。その為に力を付けたいってか?」
「へ、へい。そういうことでさぁ!」
「なぁ~んだ。あんまり面白い理由じゃないなぁ……」
「な、なんだと!」
「ちょ、ちょっとオラヴィ」
「お前みたいなよそ者に何が分かる!」
「なーんも」
「なら、アンタが口だす事じゃ……」
「じゃあ、逆に聞くけど、領主を潰して、この町は誰がどうやって統治するんだ?統治するには何が必要なのかわかるか?町を維持する為にどれだけの資金が要るんだ?町民の声は誰が聞いてやるんだ?誰が答えるんだ?」
「そんなの領主を倒した後に考えりゃ良い」
「じゃあ、もっと間近な話。領主をぶっ倒して元の平和な町に戻す。それが君達の目標だったよね?」
「そうだ」
「聞きたいんだけど、どうやってその『元の平和な町』とやらに戻すんだい?」
「それは……」
「君達さぁ、町の人達が何食わぬ顔で表通りを歩き、家に入り、部屋で談笑する。そんな上の人達の姿を見て、どう思ってる? 自分達はこんな薄汚いところで、ドブ鼠のような生活をしてるっていうのに」
「!?」
「逆も然り。裏路地からいつ自分達を襲うかも分からない人達。怪我をするかもしれない。君達のせいで、領主から追放されるかもしれない。そんな恐怖を与える人間達。それが君達だよ?事実、ボク達を襲ったしね。『命が惜しければ~』とか言ってさ」
「う……」
「そんな人間がいきなり自分の生活圏に混ざって来るんだ。何事も無いはずがないと思うんだけど?」
「そ、それは、そんな事、は……」
「そ、じゃあ」
ユミリアは彼らのうちの一人からナイフを奪い、イスモの首筋に刃をあてがった。
「イスモ!」
「ボクがこの首を掻っ捌いて金品を奪ったとして、君達は快くボクを受け入れてくれるかい?」
「ふざけるな!」
「そう、『ふざけるな』 それが上の人達の考えだろうね。領主は共通の敵かもしれないけど、上の人達にとって見れば君達も同様に敵なんだよ?」
ユミリアがナイフを捨て、イスモを解放する。
「だから、領主を倒した後、町をまとめる人間は必要だし、君達が上に受け入れてもらう為の準備はしておかないとって話なワケだけど……」
「お姉ちゃん……そこまで考えられるんだ」
「ボクを何だと思ってるんだい、ナナ?」
「考えなしに暴走する狂人」
「オイ……」
「まー、とりあえず、似合わない話はここまでにして、始めようか」
「へ?」
「領主ぶっ殺し大作戦の始まりだ」
「お姉ちゃん。ネーミング、ダサい」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!さっきから反対するようなそぶりだったじゃないですか、意味わかんないですよ」
「ん、別に反対はしてないんだけど? ただ、よく考えろと言っただけで」
「はい?」
「まー君らの理由は面白くないけど、やる事は面白そうだし、だから、手伝う事にした」
(ああ、どうせ『クーデター面白そう』とか、そんな所だろうな……)
「ほ、本当ですかい!?」
「リーダー。本当に良いのかよ。こんな、どっちに付きそうか分からなさそうなヤツ……」
「おいおい、さっき弟子にしてくれって土下座してたヤツは何処の誰だったかな?」
「アンタは確かに強い。だから戦い方を教えてもらおうと思ったが、俺達のクーデターに横槍入れようってんなら話は別なんだよ。それにさっきアンタは散々俺達をコケにした!」
「だから、ダメなんだよ。今の言葉を『コケ』の一言で済ますんだから。ボクに反対するも賛成するも自由だけど、君、感情だけで今何も考えてないよね?」
「くっ……」
「俺はOKだ」
「ウーノ!?」
「この人が俺たちよりも強いのは事実。それに、姐御が言った言葉。遅かれ早かれ俺達は考えなくてはならない」
「仕方ねーっす」
「エルッキまで!?」
「ホラ、こんなとこで燻ぶってても、ラチあかねーっしょ? だったらパーッとヤる事やって、一つづつ片付けていかなきゃっしょ」
「これで、二対二だけど、どうするのかな?『スリーズ』のリーダーさん?」
別にどっちでも良いとばかりに投げやりに問うユミリア。
アードルフはしばしの逡巡の後。
「分かりやした。これは一世一代の大チャンス。コレを逃せばあっし達は一生スラム生活だと思いやす。それはだきゃゴメンだ」
「チッ、リーダーが言うんじゃ仕方ねぇ……」
「はい。僕も付いていきます」
何だかんだでリーダーシップはあるのかとアードルフがリーダーなのを納得するユミリア。
「ただ、ボクが関わるんなら中途半端な事はさせないからな?絶対に勝たせるなんて事も言わない。もちろん勝率は上げさせてやるけどな。日和ったレジスタンスごっこなんかさせない。ただ、領主をぶち殺すか、このスラム街が全滅するかの戦いだ。徹底的にやらせてもらう」
ユミリアの纏う空気が変わる。
本気で事を構えるつもりだと、声色でわかる。
ゴクリとつばを飲み込む五人。
「このスラム街って、お姉ちゃん、他の人達も巻き込むの?」
「当然。この街の領主を相手にするってのは、街そのものを相手にするのと同じ事だと考えた方が良い。まあ、ここの領主は人望少なそうだけどな。それでも、同等の対抗戦力を用意できなきゃ、キツイのは変わらない」
「で、あっし達は何をすれば……」
「まずは戦力の把握をしたい。ここのヤツ等全員を集めてこい」
「わかりやした!」
そう言って五人はスラム街に散らばっていった。
そこ軽やかさ。暗殺者のように鮮やかな身のこなし。
アレをさっきやってくれれば、もう少し面白い戦いになったのになと残念に思うユミリアであった。
ナナがユミリアに声をかける。
「お姉ちゃん」
「ん、何だ?」
「何だかんだ言ってたけど、ただお姉ちゃんが暴れたいだけだよね」
「おお、さすが坊。よく分かってんな」
「いいの?」
「何が?」
「こんな事して、イルお姉ちゃんから『お仕置き』されるんじゃない?」
イルムガルトは教会の人間だ。
こんな治安を乱すような方法は到底容認しないだろうとナナには思えた。
はっ、とユミリアもそれに気付いた。
全身から嫌な汗が噴出し、体が震えだしてくる。
「は、はは、ま、ま、まあ、だだだ、だ、大、丈夫じゃ……な、ない、か?」
やっぱり考えなしに暴れようとしてただけのようで、はぁ、とため息を吐くナナなのであった。
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