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フヴェルゲルミル伝承記 -1.3.6「ここから始まる伝承の終わり」

はじめに

ほぼ、幕間的な感じで短いです。

 では、どうぞ。

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第1章 第3話
第6節「ここから始まる伝承の終わり」

「ふふ、失敗してしまいましたわ」

 黒い服の女はそう言って嬉しそうにクスクス笑う。
 彼女はとてもとても喜んでいた。

 彼女の足元には巨大な穴。
 足元の人間が先程空けたものだ。
 洞窟に組み込んだゴーレムを打ち破る姿は見事なものだった。
 だが、その力の威力も、彼らの実力も、そしてゴーレムを突破されるのも、その全ては彼女にとっては予想の範囲内の出来事だ。
 だから、それ自体に何の驚きも感慨もありはしない。
 彼女が何よりも驚き、失敗してでも喜んでいるのは『ある人物』の姿を見かけたからだ。

「……」

 彼女の背後には大きな花の魔物が佇んでいた。
 かつて『人間』だったその花は肉体を苗床におぞましく咲き誇っている。

「良かったですわぁ、ああ、本当に良かったですわね。生きていますわ」

 クスクスと笑い続けながら彼女――ローザは花の魔人『リン』に語りかける。
 花の魔人は依然として喋らない。
 しかし、魔人は言葉は発せずとも不機嫌な色を全身から表していた。
 ナナの捕縛に失敗したのだ。不機嫌にもなる。

「残念ですわね。ええ、本当に残念ですわぁ。ですが、ここまでです」

 残念そうな声色を出しながらも口元は笑っていた。

「これ以上仕事を遅らせるワケにはまいりませんもの」

 ローザは辺りをぶらぶらと歩き回り、所々しゃがんでは何かを拾っている。


「さて」

 彼女の手に持っているものは木の枝だ。
 ローザは唇を噛み、枝に接唇《くちづけ》る。
 赤い雫が枝を伝った。
 
 ローザ枝から唇と離すと、懐から袋を取り出した。
 袋の中には炭のような黒い粉が詰められていた。
 木の枝にその粉をまぶす。
 枝を軽く振り宙に放り投げる。
 すると、黒い粉は彼女の血と混ざり、パチパチと花火のようにはじけだした。
 花火のような火花は一瞬で勢いを増し、木の枝を燃えあがらせる。
 炎に包まれた枝は形を失い、しかし炎は宙に浮き、燃え続ける。まるで人魂のように。
 
 枝と炭を媒介にを使う遠隔通信魔術。
 黒い粉は炎《エルド》の魔力を込めた炭。
 非常に使い勝手が悪く、実用向きとはいえない魔術。
 しかし、それゆえに使うものが殆どおらず、傍受されにくいという利点がある。

 炎の向こうの相手に、恭しくお辞儀をする。

「報告いたします『魔王様』」

 声は一切聞こえない。炎はただ、輝きの明滅を繰り返す。

「結果は上々、いえ、それ以上でございますわ」

 この術式は、声を炎の大きさや光の強さで表す為、理解できるには専用の訓練を要する上、慣れた者でも誤読をする可能性が非常に高い。
 この魔術が使い勝手が悪いと言われる所以である。 


「ワタクシの作戦は『見事』失敗に終わりました。ええ、大失敗ですわ」


 炎が輝きを増す。


「うふふ、申し訳ございません。予期せぬ事態が起こりましたので」


 ローザの隣にリンが跪く。

「行動中、とある村にて予《かね》てよりの人物と接触。戦闘になりました」


 クスクスとローザが笑う。

「あの者、相当弱体化しておりましたわ。制御下においた魔物をけしかけたとはいえ、あっさりとワタクシを逃がしてしまいましたの」

 相変わらずクスクスと笑うローザ。
 炎が明滅を繰り返す。

「ふふ、ご安心を。収穫はございました。ええ、『彼女』です。それはそれは戦力になると思いますわ」


 ローザの後方にはリン何をするでもなく、直立不動で待機している。

「ああ、それと……」

 炎の勢いが弱まる。
 そろそろ枝に込められた魔力も尽きる。
 通信の終わりが近い。
 弱々しく点滅する炎。

 炎に対し、ローザは再び礼をする。

「かしこまりました。それではワタクシ『ローザ・リフィル』、これより他の輝く災い《ブリーキンダ・ベル》と合流。『帝国侵攻作戦』に加わります」


 炎が一瞬強く光り消える。燃え朽ち炭となった木の枝が足元に散らばると、ローザはタバコの火を消すように、炭を踏みしだいた。

 崖の淵まで歩み寄る。
 空は近く、眼下には海が青々と広がっていた。

 ローザは雲を掴もうと手を伸ばす。
 
「世界が美しくありますように。世界が平和でありますように」

 クツクツと自嘲気味に笑う。

「さて、時代は終焉《しゅうえん》、世界は終点。もはや猶予はありません。『救い』無くして『救い』亡し。彼らは我等の『救世主』足り得るのか、彼等の『英雄』足り得るのか……『私達』は何処に歩み、何処へ導かれるのか……」


 喜びが押さえられないと大仰に両手を広げ、世界に告げる。


「さあ、さあ! やっと辿り着きましたわ! これで! ここから!! 全ての『伝承』を終わらせましょう!!!」


 ローザは風に乗るように崖から飛び降りる。
 ふわりと宙を舞い、重力に従って落ちていく。

 リンは海に飛び込むように崖から飛び降りる。
 地を蹴り勢いよく、彼女に随って堕ちていく。

 誰もいなくなった崖にただ、風の音だけが寂しく鳴っていた。

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