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フヴェルゲルミル伝承記 -1.4.2「新たな町と新たな一面」

はじめに

 この世界の最小通貨単位はエレです。
 この世界の通貨価値について書こうと思ったのですが、1記事分ぐらいの分量になりそうだったので、そっちに回す事にします。

 では、どうぞ。

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第1章 第4話
第2節「新たな町と新たな一面」

 アルフ達は水上都市の入り口を前にぐったりとうな垂れていた。

「ついに踏み入れてしまった……」

「まだ、魔王城まで遠いわよ?」

「お前があんな事言わなきゃ、新しい町並みにウッキウキだったろうに……」

「あら、存分にウキウキすれば良いじゃない」

「あんな話聞いてできるかって」

「まあ、折角の町でも楽しめないのは確かかもね」

「えー、ボクは結構楽しめそうな気がするんだけど?」

 チラッと町の路地裏を目で示すユミリアにイルムガルトはため息をつく。

「アナタはね……」

「まあ、ここでの買い物はオススメしないから、今日は宿で一泊して明日すぐに出ましょう」

「随分急だな」

「あんまり長いしたくない……というより出来ないのよ」

「えっと、どういう意味?」

「そうね。そこらの店でも見て回れば分かると思うわ。『無駄遣い』はしないようにね」

「よっし、じゃあちょっと物色しに行こうぜ、ナナ!」

「え、あ、ちょ……!」

 ナナはユミリアに手を引いて連れて行かれてしまった。

「大丈夫かな」

「大丈夫でしょ。彼女ならそう簡単に後れを取らないでしょうし」

「いや、あいつ絶対厄介ごとに首を突っ込むぞ」

「……」

「で、俺達も巻き込まれる」

 イルムガルトは一つ咳払い。

「とりあえず宿をとりましょう。そこで分かると思うわ」

「ごまかしたな」

「……なら、巻き込まれる前に終わらせるまでよ」

「へ?」

 何かスイッチの入ったイルムガルトに不穏なものを感じながら近くの宿屋に入っていった。


 宿屋に入って、受付で話をする。
 提示された料金表を見てアルフは目が飛び出しそうになった。

「はぁ!?一泊200エレって、高すぎだろ!?」

 通常旅人の宿場宿といえば5エレが相場である。
 4人で宿泊したとしても20エレが妥当な所だ。
 つまり、今アルフ達は実に10倍の値段の宿代を吹っ掛けられているのだった。

「そうはおっしゃられましても、私達もこれが精一杯でございますので、無理なら他の宿を探されては?」

 言外に「探せるものなら」という意図が含まれている。

 アルフ達が来ているのは別に高級旅館とかそういう所では無い。
 ただの旅人が泊まるような何処にでもありそうな宿だ。 

 イルムガルトはアルフを宥め、お金を出す。
 それに振り向いたアルフは目を疑った。

「分かりました。お支払いします。ただ後で少し色々お話を聞かせていただきたいのですが、よろしいですか?」

 普段、無表情無感情を体現しているようなイルムガルトが表情豊かな晴れやかな顔で亭主に話しかけているのだ。
 アルフは『珍しいものを見た』とか『お前でもそんな顔するんだな』とかいう感想より、何か恐ろしいものが背を這うような気味の悪さを感じた。

「話、と申しますと?」

「私達少しワケあって遠方の田舎から出てきたのですけれど、商売の仕方に疎いというか、何を商売すればいいのかすら分からなくって。お金は十分あると思ったのに、都市部ではこんなにするとは思いませんでした。急いでお金を稼がないとすぐにでも底を尽きてしまいます。ですので、ちょっとその辺りのお話を伺えればと思いまして」

「ああ、そういう事だったのですね。ならお連れ様が驚かれるのも無理はありませんね」

「あと、部屋はシングルを一部屋。食事なしで構いませんので、その料金で2、3日ほど用立てていただけないでしょうか?」

「お、おい。一泊だけの予定だったんじゃ」

「『アルフさん』 このままでは私達宿無し文無しです。少しでも時間を捻出して何か稼ぐ方法を見つけなくては」

(アルフ『さん』!!?!?)

 本気で鳥肌の立つアルフであった。

「は、はぁ……まあ、それなら……」

 宿屋の亭主はワケの分からないまま納得したようだ。
 何だかんだで結局は宿泊費を3分の1まで押さえ込む事に成功していた。

「……って、おい、ちょっと待て!!」

 アルフは驚いて声を上げる。

「もう、何ですか?」

「いや、今シングル一部屋で四人とか言わなかったか!?」

「ええ、申しましたよ?」

「流石に一部屋は不味いだろ!ナナもいるんだぞ!?」

「もう、今更何を言っているのですか。昨夜も皆一緒に寝たではありませんか」

「野宿と宿はだいぶ違うだろ!」

 昨日は野宿で部屋などという仕切られた空間ではないし、そもそも命の危険がある場所だ。
 男女別などと考える余地など全く無い。
 だが、街中の宿となると話は別だ。
 さすがに健全な男女が同じ部屋で雑魚寝とはいかがなものかとアルフは思う。
 小さな少女もいるのに、だ。
 いや、それ以上にもう一人の存在が非常にヤバイ。
 アレでも見た目は女だ。
 ソレがあんな格好で部屋から一緒に出て、それを誰かに見られたら……
 男はアルフ一人。
 下手したら自警団にしょっ引かれる可能性が非常に高い。
 アルフは今、下手したら社会的に危うい窮地に立たされていた。

「何度も言いますけど、私たちにはお金が無いのです。少しは我慢してください」

「でもなっ……!?」

 アルフが講義しようとイルムガルトを見ると言葉が喉の奥で凍りついた。
 イルムガルトは困り顔を作りながらも、目つきだけは『黙って従え』と訴えていた。

「……わかった。がまんする……」

「すみません無理強いしてしまって。ですが、やはり無駄遣いできませんので。そういうのはお金を稼いでからにしませんと」

「あ、ああ……」

「で、では二階の奥の部屋をお使いください」

 そう言って鍵を渡し、手で階段の方を示す亭主。

「ありがとうございます」

 イルムガルトは『笑顔』で亭主にお礼を言った。
 営業スマイルとはいえ、彼女が見せた中では一番の笑顔だったのではないだろうか。
 アルフはつくづくその笑顔が自分に向けられなかった事にほっとしていた。

 ドアを開け部屋に入る。

「お前、末恐ろしいな」

「何が」

「もう、色々。嘘はポンポン吐くし、口調は変わるし、普段見せない極上の笑顔でお礼を言ったりとか」

「あら、ありがとうございます。ア・ナ・タ」

 笑顔でそう答えるイルムガルト
 もっぱら薄ら寒く鳥肌が立つアルフだった。

「や、止めてくれ。マジで怖い」

 すっと表情を戻すイルムガルト

「やっぱりこっちの方が楽ね」

「ああ、俺もなんか安心する」

「どうも」

 そう言ってイルムガルトは服を脱ぎだした。

「ちょっと待て、何で服を脱ぐんだ!?」

「いや、着替えようと思って。この服じゃ目立ちすぎるし」

「そういうのは俺が出てってからにしてくれ!」

「別に一度全部見られてるんだし、気にしないわよ?」

「んなもん、忘れてたわ! ……ああ、もう、先に外に出てるからな!!」

 そう言って慌てて出て行くアルフ。

「……慌しいわね」


「全く、勘弁してくれ……」

 そう、ドアの外で呟いて、一階に下りる。


 一階では亭主が暇そうにしていたので、アルフは宿の亭主に話しかけ、暇つぶしに世間話をする。

「へぇ、この辺じゃ蜜酒がメインなのか」

「ええ、フラーナングの方では質の良い蜜が取れますからね」

「前飲んだのは葡萄酒だったが……」

「おや、珍しいですね。あの辺りじゃ葡萄酒は出来ないので、帝都経由で入って来たのでは?」

「ああ、確かに珍しいのが入ったとか言ってたな」


 やがて、話が終わり亭主が奥へと引っ込むと、アルフは亭主から貰ったお茶を飲みながら、何をするでもなく寛いでいた。

 そうしている内に、着替え終わったイルムガルトが降りてくる。

「イル……!?」

 イルムガルトは何処にでもいる街娘のような姿をしていた。
 むしろ普段の格好とは違いすぎて別人すら見えてくる。

「お前、本当にイルか?」

「ええ」

「化粧をすれば女性は変わるというが、服装だけでも全然違うんだな……」

「その反応……美味く化けられてるみたいね」

「化けられてるって……」

 そういったイルムガルトは年相応の娘の表情と声色でアルフに話しかける。

「じゃ、これからこのキャラで行くわねお兄ちゃん♪ 街中を散策よ!」

 突然の豹変にアルフの思考は全て吹き飛んだ。
 アルフの思考の空白。刹那の時間。その時、確かに世界は停止していた。
 思考が戻り、時間が動く。
 アルフは文字通りに飛びのいた。

「や、止めろ! 怖い!! キモイ!!!」

「失礼な事いわないでよね。いくら私でも傷つくんだから!」

「お前、普段のキャラ何処行ったんだよ!?」

「だーかーらー、言ったでしょ?ここではこのキャラで行くの♪」

 「ギャー」というアルフ悲鳴と「どうしたのですか!?」という店主の驚きの声が宿に響き渡った。

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