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フヴェルゲルミル伝承記 -1.2.3「セリアン家でのとある一日」

はじめに

 平和な日常回です。
 今更ながらに気付いた設定。
 「一日」は「一夜」と表現します。
 過去の話で間違えてるかもしれませんので、いずれ確認して直そうと思います。
 では、どうぞ

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第1章 第2話
第3節「セリアン家でのとある一日」

 それから、数夜の時が過ぎ、アルフとイルムガルトもだいぶ家に馴染んできていた。

「おーい、戻ったぞ」

「お帰り」

 戻ってきたアルフを出迎えたのは、ちょうど部屋から出てきたイルムガルトだった。

「お、イル。もう立って大丈夫なのか」

「どうにかね。歩くぐらいだけど」

「おう、良かったな」

「今日は随分早かったわね」

「あまり魔物も出なかったし、すんなり採れたからな」

 アルフは取ってきた薬草を取り出す。

「ミミル草だっけ?この草の名前」

 アルフ達が採っているこのほうれん草に似た形の葉を持つ薬草は、今が時期なのか、薄っすらと青みがかった花を咲かせている。
 切り口から雫がたれないうちにビンに詰めて棚にしまった。

 だいぶ家の勝手にも慣れてきたようだ。

 アルフは辺りを見回す。どうやらイルムガルト以外、人の気配は無いようだった。

「他の皆は?」

「ナナは食材の買出し。三人は彼と診察に行ってるわ」

「診察?」

「風邪が流行ってるみたい」

「あー、そういやハーヴがそんな事言ってたな」

 アルフはイルムガルトが別の棚から何かの箱を取り出している事に気が付いた。


「ん、何をしてるんだ?」

「ん」

イルムガルトが箱の中身を見せる。

「うわ!?」

 中には八本足の白い芋虫がうぞうぞと蠢いていた。
 尻尾といっていいのだろうか。その部分が膨れ上がっており、そこから純白の糸が出ている。

 これが、この村の特産品である蜘蛛蚕である。 

 この蜘蛛蚕はその名の通り、蜘蛛と蚕の特性を併せ持った虫で、普段はその糸で巣をつくり生活している。
 ただ、蜘蛛と違い、肉食では無い為、この巣は獲物を捕らえるというより、天敵から身を守る役割のほうが強い。
 その為、普通の蜘蛛の糸より粘り気は無いが、伸縮性があり、ともかく頑丈なのである。
 そして、ある程度成長すると、繭を作り、成虫になる。

 ちなみに成虫になった蜘蛛蚕は非常に美しい姿へと変貌を遂げ、ウルドの妖精などと呼ばれていたりする。
 体が透き通り、内臓がほんのり輝いて見え、幾何学的な模様が浮き上がる4対の翅と合わさり一匹でも幻想的な雰囲気を演出し、発光色や模様は幼虫期に食べたものによって変化する。

 リンネルの村ではその時期にお祭りをし、各家庭で飼育の終わったウルドの妖精を解き放ち、美しさを競うのが毎年の恒例行事となっている。


 
「でも、これだけじゃ足りないわね……」

 そう言って、再び棚の中を探る。

「何だ?何か繕い物でもするのか?」

「ええ。私も世話になってるだけじゃ忍びないしね。色々ほつれた服とか直そうと思って」

「勝手にやって大丈夫なのか?」

「ちゃんと話は通してるわ」

 裁縫道具と、糸の入った箱を見つけ、蜘蛛蚕の箱を戻して立ち上がると、背後のドアを指し示した。
 アルフはその指示に従って中を覗き込む。

「うわぁ……」

 そこには山のように積まれたボロ雑巾……いや、衣類の塊があった。
 これから元の服の形を想像するのも難しいほどの惨状だ。

「何をどうしたら、こんなになるんだ?」

「さあ、私が聞きたい」

 そう言ってため息をつく。

「さすがにこの量は多すぎだろ。病み上がりなんだから無理すんなよ?」

「アナタには言われたくないけど……でもありがとう。心配しなくても大丈夫よ。これでも『裁縫』は得意だから」

 心なし『裁縫』の部分を強調したのが気になったアルフだが、すぐに頭の片隅に追いやった。


「ただいま~」

 ナナが帰ってきた。

「あ、お兄ちゃんお帰り」

「おう、ただいま。おかえり」

「おかえり」

「あ、お姉ちゃん、まだ動いちゃダメだよ」

「ダメなんじゃねーか」

「コレを取りに来ただけよ。それに、少しは体を動かさないとなまってしまうわ」

 そう言うとイルムガルトは部屋に戻って裁縫を始めた。

「淡々としてんなぁ……まあ、元気が出てきたようで何よりだけど……」

「うん、お姉ちゃん凄く回復が早いよ」

「そういえば、ナナは何を買ってきたんだ?」

「今日のじゃがいもと、にんじん。あと、タルモさんの所から『さけ』貰ってきた」

 そう言ってナナは鮭を生簀に移す。

「随分活きがいいな」

「うん、ここの『さけ』はおいしいって昔は観光にきた人たちから評判だったんだって。タルモさんがよく言ってた」

「そっか、じゃあ今日はその鮭で飯でも作るか」

「うん」

 アルフとナナは台所に向かう。
 トントンと小気味が良い音が部屋に響く。

 イルムガルトはその音を聞きながら裁縫を進める。
 一着、二着と仕上げていく。
「あら、さすがにこれは使い物にならないわね……まあ、一番上の以外なら捨てていいって言ってたけど、もったいないわね」

 イルムガルトは束の中から同じ色の布を探すとそれを縫い始めた。


 台所ではナナがスープを作り、アルフが野菜を切っていた。

「お兄ちゃんって意外と手際いいね」

「はっはー。一人暮らしや男所帯は長かったからな。それなりには出来るようになったさ」

「へー。あ、その切ったヤツちょうだい」

「ほい」


 アルフはナナに刻んだ野菜を渡す。
 ナナは受け取った馬鈴薯と玉葱と人参を香草で出汁をとったスープに入れて煮込む。
 アルフはその間に生簀から取ってきた鮭を捌いて焼いた。
 焼きあがるまでに余った香草と野菜をバターで炒め、出来上がった頃にはちょうど鮭も焼きあがった。
 鮭に炒めた野菜を盛り付けて完成。
 ナナの方もスープが出来上がったようだ。

 そして料理が出来上がると同時、リン達が帰ってきた。
 ドアの開く音と複数の足音が聞こえる。

「ただいまー」

「あーつかれたぁ……」

「んーいい匂いね」

「あ、お姉ちゃん!」

 ナナがパタパタと出迎える。


「丁度いい所に戻ってきたな」

「おお、美味そうなだな」

 ナナの父親が感嘆の声を漏らすと、待ちきれないと言った様子で席に着いた。

「あれ、ハーヴのおじちゃんは?」

 ハーヴもアルフ達と同じくセリアン家に世話になっている。
 薬屋なので何かと都合が良いそうだ。

「ああ、ハーヴさんなら、村長さんの家に泊まるって……ていうか、おじちゃんって言うとまたハーヴさんに怒られるわよ『お兄さんって呼べ』って」

「へへ、ごめんなさい」


「で、何でまた村長さんの家に?」

「村長さんの容態が良くないらしいのよ。今日は徹夜で様子を見るって」

「大丈夫なのか?」

「どうなのかしら、他の人の風邪と違って原因が分からなかったし、かなりのご高齢だからね。対症療法の薬は一通り置いてきたけど……後はハーヴさんに任せるしかないわね」

「大変だなぁ」

「そういえば、イル君は?まだ眠ってるのかい?」

「いや、何か部屋にこもって裁縫してる」

「ああ、そうか。そういえばそんな話をしてたな」

「もう、食事の時間だから呼びに行きましょう」

「あ、じゃあ呼んでくる」

 その時。客間のドアが開き、イルムガルトが姿を現した。

「あ、お姉ちゃん」

「できたの?」

 ナナの頭に手を置きながら問う。

「おう、ちょうどな。お前の方は?」

「終わったわ」

「早くね!?」


「意外と簡単だったからね」

 ナナの母親が修繕した衣類の束から持ってきたであろうエプロンを見せる。


「あらすごい。すっかり元通りだわ」

 エプロンを付けくるりと回る。


「うふふ、見て見て」

「あ、お母さんのその姿、ひさしぶり」

「おお、やっぱり母さんにはそのエプロンが良く似合う」


「うふふ、お父さんのプレゼントなの。だからお父さんのセンスがいいのよ~」

 いきなり、いちゃつき出すセリアン夫妻。


「ていうか、こんな所でやらないでよ」


「何を言ってるんだ! 母さんのエプロン姿は至宝なんだぞ!!」

 立ち上がって力説を始めるセリアン家当主。

「いやだわ~お父さんったらぁ」

 手を頬に当て顔を赤らめる人妻……もとい奥様。
 目の前でいちゃつき始める人様のご夫婦を前に、アルフ達は何ともいえない表情で見守るしかなかった。
 だが、放っておけば今にも二人の世界に入り込んでしまいそうだ。


「このバカップル! いいから食卓に着きなさい!!」


 その事態を打開したのはリンだった。
 娘に怒られた二人はショボンと席に着いた。
 きちんと丁寧エプロンをたたんでから座る辺り、本当に大事にしていたものらしい。
 なら、雑に布のゴミ束の上におかないで貰いたいと思うイルムガルトだったが、それは口にしない。


「ごめんなさいね。このバカ親共が鬱陶しくて」

 リンが頭を下げ、それを見たナナも真似して頭を下げる。


 この夫妻は仲が良い。それは非常に良い事なのだが、時たま場所を選ばない事がタマに瑕だ。それはこの数日でよく分かっていたのだった。
 この前など、診察中に桃色空間を作りだして(やらかして)リンにぶん殴られていた。


「ま、まあ、仲が良のはいい事じゃないか?」

「それに、そんなに喜んでもらえるんなら、裁縫した甲斐があったってものよ」

 必死でフォローする二人。


「ふふ、本当にありがとうね~」

「そういえば、残った材料でこんなのも作ったのだけど……」

 そう言ってイルムガルトは白い布を渡す。

「おや、マントかい?」

「ええ、捨てるのももったいないから」

「おお、いい出来だが……すまない。私には妻からいただいた最高の一品があるのだよ」

「いやだわ。お父さんったら~」

 すかさずリンが睨み付ける。
 おかげで固有結界(ももいろくうかん)は発生せずに済んだようだ。

「う、うん。とはいえ、折角作ってくれたんだ。無碍にするのもなぁ」

「ならコレ、アルフにあげても良いかしら?」

「俺?」

「ええ、ここの布は傷を癒す効果があるし、アナタには丁度良いわ」

「おお、それはいい。たいしたお礼にもならないが、ぜひ貰ってくれ」

「お、おう。すまない……いや、ありがとうな」

「なら、アナタ用に仕立て直しておくわね。明日にはできると思うわ」

「なんだか悪いな」

「たいした事じゃないわ」

「よーし、今日は修繕祝いだ! 飲むか!」

「父さん、意味分からない」

「わからない」

 そう牽制する娘二人に対し、ノリノリで同意する人物が一人。

「おっっしゃあ!景気づけにパーッといこうぜ!!」

 アルフである。

「アルフ、少しは自重しなさいよ」

「バカ言え、酒を前に遠慮する方が失礼ってもんだ」

「お、わかってるねぇ君」

 と、何処から取り出したのか秘蔵(?)のワインで「かんぱーい」と先に飲み始める男二人。


「まったく、この男共は……」

「まぁまぁ、食卓は賑やかな方がおいしいわよ~」

「私達もいただきましょう」

「いただきまーす」


 そのまま夕食が始まり、賑やかなまま夜が更けて行った。

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