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フヴェルゲルミル伝承記 -1.3.1「地震は道を分かつ」

はじめに

ナナが余り話してない気がする (汗

では、どうぞ。

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第1節「地震は道を分かつ」

 西の出口から入った森はとても穏やかで静かだった。雨上がりという事もあり、葉の上で雫が木漏れ日の光を浴びて宝石のように輝いていた。草木を分ける歩の音は彼らのものだ。他には微かにそよぐ風が葉のそよめきを運んでいる音だけだった。

 やがて、風の音に混じって水の流れる音がする。
 近くを川が流れている。
 さらに先へと進むと切り立った崖が道を隔てている。
 底には川。
 しかし、見るからに底の浅い川は、この高さから落ちれてしまえば地面と変わらないだろう。
 ふと、崖と崖の上に何かが引っかかっている。
 
 橋だ。

 ただ、架かっていると表現するには、その木造のつり橋はあまりに心もとなかった。
 放置されて、どれくらいの時が経ったのだろうか。
 橋に使われている材質の木は見るからに腐っており、穴も所々虫食いに開いている。
 踏み場を間違えれば遥か下の川に転落してしまうのは容易に想像が付く。いや、むしろ橋を渡る姿を想像する事の方が難しいと言っていい。
 だが、この床版の酷さよりも橋を支える支柱の方が危ない。完全に折れているのだ。奇跡的に絡みついた蔦がギリギリで橋を支えていた。

「こ、ここを渡るのかい?」

「ここしか道はなさそうだからね」

 そう言うイルムガルトはすでに橋の真ん中で立ち、ギリ、ギリと不吉な音を鳴らしならが橋に揺られていた。

「凄っ!?」

「うん、ここまで渡ったけど、落ちる気配は無いわね。これなら全員で渡っても大丈夫そうよ」

「おまっ、危ないだろ!落ちたらどうするんだ?」

「? だから、確かめる為にこうして渡ってるんじゃない」

「体張りすぎだろ!!」

「驚いてないでアナタ達もナナを見習って早く渡りなさい」

 気付けばナナも橋を渡りだしていた。
 
「お、おい、ナナ、大丈夫なのか!?」

「え、あ、うん。大丈夫だよ?」

「うちの女性陣の胆力どうなってんだ」

「昔、お姉ちゃんにいろいろ連れまわされたから……」

 随分、過保護な姉だと思いきや、かなり無茶もやっていたようだ。

「ほら、アナタ達も早く来なさい。何かあったらこの橋も落ちそうなんだから」

「あーくそっ……」

 そう言ってアルフは恐る恐る一歩を踏み出そうとしたその時、ここに来てから何度目かになる地震が発生してしまった。

「わっ、わ……!?」

 ゆれの激しさは徐々に増し、だんだん立つ事もままならなくなってくる。

 橋はその揺れに、ついには耐えられずに支柱を支えていた蔦が切れた。

「ナナ!」

 アルフが咄嗟に飛び出しナナを突き飛ばす。
 イルムガルトも飛び出すとナナを抱える。

 橋は落ち、三人が宙に浮く。
 突き飛ばす、手を伸ばした姿勢のアルフ。振り向きざまに後方に飛ばされるナナ。ナナを抱きとめるイルムガルト。
 一瞬、全てが時の止まったような滞空。そして浮遊感。
 時は戻り重力の腕が彼らの体を掴む。
 腕は徐々に力を入れるように加速が上がっていく。
 このままでは三人とも水面とも呼べない川底に叩きつけられ、その水流を赤く濁してしまうだろう。
 イルムガルトはナナを抱えたまま、空中で体をひねり、振り向きざまに空いている方の手で鎖を飛ばした。
 鎖は崖の上の支柱へと引っかかり、イルムガルトを、ナナを支える。

 そして、アルフは――

 彼はナナ達よりも遥か下の方で崖に槍を突き立て、ぶら下がっていた。
 落下は防げたようだ。

 イルムガルトはゆっくりと鎖が外れないよう崖を上る。

「ふぅ、何とかなったわね」

「おーい、俺も上げてくれー!」

「はいはい」

 そう言うが、一向に鎖は降りてこない。
 上で何かごそごそやってるのはわかるが、アルフとしては一刻も早く地に足を付けたかった。

「おーい、まだかー」

 なにやらぐちゃりという果実を潰したような音が聞こえた。

「今降ろすわー」

 ようやく鎖がアルフの所まで降りてくる。

「どっかに体固定してろよー。引っ張られて一緒に落っこちたらシャレにならないからなー」

「大丈夫よー。しっかり『固定』してるからー」

「そうかー。じゃあ、行くぞー」

 そう言って、鎖に掴まり、槍を抜を抜く。
 意外とすんなり抜けた所を見ると、あまり深くは刺さっていなかったみたいだ。
 ちょっとでも動いていたら、槍が外れて真っ逆さまになっていたかもしれない。
 
 崖の隙間に足を引っ掛けながら、崖を上った。
 できるだけ、イルムガルトに負担をかけないように上がってはいるが、それでもやはり引っ張る力が強くなる。
「……っ!」
 イルムガルトが何か耐えるような吐息を漏らした。
 相当、無理をしているのかもしれない。
 そう判断したアルフは、ある程度上った所で、槍を軽く爆発させ、崖の上まで跳躍した。
 崖の上で、イルムガルトを見たアルフは目を疑った。

「おまっ、固定しろとは言ったけどな……!」

 イルムガルトの左足は裸足で、その足には太い杭が打ち込まれていた。
 腐りかけた橋材の一つだ。それを使って地面に縫い付けるように足に打ち込んでいた。
 これが、彼女の言う『固定』だろう。
 常軌を逸した行動だと思ったが、どこかで彼女があの『フォルナール』の人間だという話が腑に落ちたような気がしていた。

 『フォルナール教会』を束ねる三姉妹は様々な二つ名を持っているが、それが『功績』によるものというより『狂気』によるところが大きいのは有名であったからだ。
 異端審問官『イルムガルト』
 二つ名は『毒蛇』
 異端者や魔物に対して毒や解剖といった手段を用いて、様々な痛みと苦しみを与える拷問官。
 その痛みの研究に余念がない余り、自分自身すらその実験台にしたという逸話すら持っていた。

 何食わぬ顔で、杭を引き抜き、消毒し、縫合する。
 その一連における作業の手際は、まるで時を撒き戻したと錯覚するような鮮やかさだった。
 常人が見たらその場で吐いてしまうだろう。
 後ろのナナは目隠しをされていた為、見る事は無かった。
 彼女なりの配慮だろう。

 靴を履き、ナナの目隠しを取る。

「えっと、どうしたの?」

 案の定ナナは何が起きてるのか分からないようだった。

「いえ、何でもないわよ?」

 イルムガルトがアルフに目で何も言うなと合図を送る。
 アルフもアルフで分かったという意思を伝える。


「で、どうする?」

 そう言って橋の向こうを見る。
 そこにはハーヴが一人取り残されていた。

「あ……」

「おじちゃん!」

 小石がナナの頭にコツンとぶつかる。

「いたっ!」

「僕は『おじちゃん』じやなくて、『お兄さん』なー」

 崖の向こう側から正確にナナの頭に小石を投げつけるハーヴ。
 なかなか良い肩をしている。

「あと、僕の事は気にしないでくれー」

「そうはいかないだろー。イル、お前の鎖は使えないか?」

「……無理ね。届かないわ」

「うーん、どっかに迂回路は……」

 見る限り崖は完全に向こう側と分かっていた。
 迂回できそうな経路は無い。

「厳しいわね。ただでさえ整備されて無い道、無理に探そうとすれば多重遭難するかもしれないわ」

「それは確かにマズいな……」

「あー、君達ー」

「どうしたー?」

「君達は先に進んで助けを呼んできては来れないかー?」

「そんなすぐには、来れないと思うわよー」

「大丈夫だー あの村なら僕一人ぐらいなら隠れられるし、食料もあるー。しばらくは凌げるはずだー」

「ああ、言ってるが?」

「彼の案に乗るしかないでしょうね……」

「他に手は無い、か……」

「わかったー。助けが来るまで、生き残りなさいよー」

「善処するよー」

「おじちゃーん、がんばってー」

「だから、お兄さんだー」

「とはいえ、どうやって出るんだ?」

「確か、この地方のどこかに砦方面に抜ける道があるらしいんだけど……」

「大雑把過ぎるし、随分曖昧だな」

「古代の文献で知っただけだからね。本当かどうか、今あるかどうかもわからないわ」

「あ、あの……」

「ん?」

「たしか、お姉ちゃんが……昔、滝のほうに何かあるって……あぶないから近付いちゃだめだって」

「ふーん、何か怪しいわね」

「とりあえず行って見ようぜ。何かあるかもしれないしな」

そしてハーヴは身を隠す為村に戻り、アルフ達は急ぎ滝の方に向かう事になったのである。

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