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フヴェルゲルミル伝承記 -1.1.2「今の体に不釣合いな昔の力」

はじめに

特に今回はエロもグロ(流血表現は除く)もありません。
では、どうぞ

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第1章 第1話
第2節「今の体に不釣合いな昔の力」

 アルフ達は高い崖に挟まれた一本道を進んでいた。

「にしても、すっごい崖だなぁ」

 白い肌を輝かせる崖は、空の雲がそのまま地面に根を下ろしたのではないかと思うほど見事だった。
 この地が『輝く入り江』と呼ばれる由縁である。
 なるほど、どこまでも透き通る青い空をバックにしたこの景観はなかなかに見事なものだと感心する。

「昔はこの崖だけが目当てで帝都の貴族達がよく観光に訪れてたらしいわよ」

「へぇ、確かにきれいだが、わざわざこんな所まで来るもんなのか……」

「一日中みやこに引きこもってる方々には良い気分転換なんでしょ」

「気分転換ねぇ。そんなモン酒でも飲みゃいいじゃねーか」

「あなた、いずれ体壊すわよ?」

「はは、もう壊してるさ」


 開き直って、そう言うアルフにイルムガルトは呆れてため息をついた。
 アルフが目覚めてからというものため息を吐きっぱなしだと思い、またため息を吐く。
 どうやら癖になってきているのではないだろうかと、イルムガルトはちょっと心配になった。

「まあ、どんな趣味でも、拷問好きや悪食の貴族達に比べれば全然マシじゃないかしら」

 イルムガルトはどこか自嘲じみた笑いを浮かべながらそういった。

「そりゃ、どんな基準なんだよ」

「色々と面倒くさいものを見ていればそんな感覚にもなるわ」

「お前こそ、こういう景観でも見ながら気分転換した方が良いんじゃないか?」

「いいわね。それ。暇ができたらしてみようかしら」

「絶対、こないよなその『暇』」

「さあ?アナタ次第かもね」

「さっさと魔王倒せってか……」

「期待してるわよ?」

「へいへい……っと、お!」

 アルフ達が道を曲がると、そこには巨大な岩が彼らの目の前に立ちはだかっていた。
 大きさは彼らの身長の三倍以上はあろうサイズだ。

「でっかいなぁ……」

「そうね」

 アルフはコンコンと岩を叩く。
 パラパラと砂が落ちる音がした。

「おい、どうするんだコレ?」

「さあ?」

 彼らが歩いているのは左右を高い崖に挟まれた一本道で、脇道など存在していなかった。

 そして彼らがいた場所。
 そこも袋小路。
 つまり戻る道も無く行き止まりなのだ。

「他に道は無いのか?」

「無いわね」

「一本道だったもんなぁ……」

 そこまで言ってアルフはふと、ある事に気付いた。

「なぁ、イル。お前、魔王討伐の旅をしてて、あそこで俺を見つけたんだよな?」

「そうよ」

「俺たちのいた場所、他に道はあったか?」

「無いわね」

「ここまで来るのに分かれ道なんかあったか?」

「無いわね」

「つまり、俺たちのいた場所からここまで通れる道なんか何処にもないって事になるよな?」

「そうね」

「じゃあ、お前、どうやってあそこまで来たんだ?」

「この道を通って」

「塞がってるのに? 乗り越えてきたのか?」

「塞がってなかったのよ」

「どういう意味だ?」

「アナタが意識を失ってる間、大きな地震があったの」

「地震?」

「ええ、アナタが現れたのが、確か三日前だから……」

「て事は三日意識がなかったのか」

「あまり驚かないのね」

「いやぁ、驚いてるぞ。あの怪我で三日で目覚められる俺の胆力に」

「あっそ」

 無駄にドヤ顔しているアルフに呆れてため息をつくイルムガルト。
 アルフはコホンと咳払いを一つ。

「で、その三日の間に地震があったのか?」

「ええ、七回」

「七回も!? ここはそんなに地震が多いのか?」

「まあ、地震は多い地方だけどね。それでも、この回数と規模は異常よ」

「そりゃ、そうだろうな」

「二日目の夜。五回目の地震の時かしらね……あの場所の道が崩落したわ」

 アルフはここに来るまでの道のりを思い出す。
 海の見える崖は不自然に……というより真新しい地面が露出しており、今にも崩れ落ちそうだった
 崖を挟んだ向こう側は確かに同じような道が続いていたように思う。

「ああ、だから行き止まりだったのか」

 アルフは得心がいったように、ポンと相槌を打った。

「相当地盤が脆くなってたんでしょうね。多分この岩も、その時に落ちてきたものよ」

 そう言って右側の崖を眺める。
 一部が大きく削られているようにへこんでいた。
 あそこから落ちたのだろうという事が見て取れる。

「て事はコレを何とかしなきゃ進めないって事か」

 アルフが目の前の岩を再びコンコンと叩く。
 やはり、パラパラと砂が落ちる音がした。
 だいぶ脆い岩のようだ。

「私達のいた場所。あそこの崖から飛び込んで泳ぐって方法もあるわよ」

「死ぬわ! そんな低い崖じゃないだろ!!」

 アルフ達のいた場所は一般の二階建て民家を二、三軒は積み上げたぐらいの高さがある崖だ。
 ヘタじゃなくとも、飛び込みでもしたらタダじゃ済まないだろう。

「そうね。冗談よ」

 イルムガルトの冗談は分かりにくい。
 真顔で言うものだから本気と嘘の判別が非常に難しいのだ。
 勘弁してくれとアルフは思う。

 イルムガルトは目の前の岩に触れる。
 ざらざらとした感触が手に残った。

「となると、何とか登って乗り越えるしかないわね……でも、この感じだと相当脆いわね。登ってる最中に崩れて落ちる可能性も十分に考えられるわ」

 さて、どうしようかと、イルムガルトが考え込む。
 すると、アルフがイルムガルトの一歩前に出て槍を構え出した。


「ったく、ちょっと退いてろよ」


「え?」

 槍を握る手に力を込め、体内に魔力を生成する。
 魔力が熱を帯び、雷光に変換される。
 それを手から槍へ、伝うように流す。
 魔力を取り込んだ槍は金色に輝き雷光を纏う。

 イルムガルトはアルフがやろうとしている事に気が付いて声を上げた。

「ちょっと、止めなさい!」

 その声がアルフに届く頃にはもう遅かった。

 アルフは魔力を槍に注ぎ終わり、槍を突き出した。
 槍の先端が目の前の岩に触れる。
 その瞬間、岩が激しい轟音と閃光を放ち爆散。
 破裂した岩の砲弾は指向性を持ち、彼らの前方に扇状に広がる。
 周囲の崖には岩の破片が無数に突き刺さり、巨大な蜂の巣が出来上がった。


 砂煙が晴れる。
 そのくらいの時間差をもって、アルフは全身から血を噴出した。
 全身の傷口が開いたのだ。


「がァッ!?!!?」

 
 そのまま、ゆらりと自らが作り出した血の海に沈んんだ。
 呼吸が血で詰まる。
 脳は混乱し、全身の筋肉が我先に逃げ出したがっているように無秩序に暴れだす。
 その結果、浅瀬に打ち上げられた魚のようにビクビク跳ねる滑稽で無様な姿を晒していた。

 イルムガルトは一つため息をついた後、冷めた目で目の前の『物体』を見下ろした。

「アナタ、忘れたの? 生き返ったばかりなのよ? 手術したばっかりなのよ? 内臓が足りないのよ? アナタが昔どれだけ強かったとしても、今は相当弱体化してるのよ? そもそも、そんな体で耐えられると思ったの?」

 アルフはその声が聞こえるのか聞こえないのか、ひときわ大きくビクンと跳ねた。

「ハ、はぁ、ハァッ、ヒュー」

 壊れた笛のような呼吸を漏らすアルフ。
 若干白目をむいているようにも見える。

「あ、本格的にマズいわね……」


 そう言って、イルムガルトは本日何度目になるか分からないため息を漏らして、二回目の治療を始めるのだった。

 アルフが正座をしている。本日二度目の正座である。
 目の前にはイルムガルト。
 彼女はさっさとアルフの治療を終わらせると、無理やりに意識を戻して説教を始めた。

 一方、話を聞いているアルフは激痛に耐えていた。
 彼の座っている場所には、先ほど彼が壊した岩の破片が大小様々な礫となって散乱している。
 尖った破片が彼の膝を、すねを、足の甲を苛めぬいている。
 そのままの姿で彼はイルムガルトの説教をかれこれ太陽の位置が変わるまでずっとと聴かされていたのだ。
 もはや軽い石抱きの刑だった。


「だから、アナタはむやみやたらにその力を使うべきじゃないし、大体、地震で周りの崖も脆くなって崩れやすい状態なのよ? 今回は崩れなかったから良かったけど、あんな衝撃を与えたら普通崩れそうだってわからない? 崩れたら私達生き埋めになるし、仮に生き埋めにならなかったとしても、これ以上足場が崩れたらどうするの? こんな場所だから助けは絶望的よ」

 こんなのを延々と聞かされている。もしかしたら内容がループしているんじゃないだろうか……
 アルフは限界を迎えたのか、弱弱しく、手を上げて訴える。

「な、なあ、イル……いや、イルムガルト、さん?」

 そこで、ようやくイルムガルトはアルフの声に耳を傾けた。

「何?」


 そこですかさずの土下座。本日二度目の土下座である。
 額に石が刺さろうが関係ない。
 ここで、この拷問が終わるなら! 一時の我慢!!
 そう思って全力で声を張り上げる。

「ゴメンなさい! モウシマセンので、ユルシテください!!!」

 アルフにとっては戦闘で傷つくよりも、こうやってジワジワと甚振いたぶられる方がよっぽどキツイのだ。
 早く終わって欲しいと切に願う。
 いや、むしろ「くっ、殺!」と叫びたいぐらいだ。

「許す?許すかどうかじゃなくて、アナタがコレから軽率な行動をとらない事が問題で……」

 再び説教を始めようとするイルムガルト。
 これ以上説教を喰らっては堪らんと必死で赦しを請う。

「ハイ! トリマセン!! モウ、トリマセンとも!!!」

 まるで何かに祈りを捧げる儀式のように、頭を何度も何度も地面に叩きつけた。
 イルムガルトは毎度おなじみのため息を吐く。

「本当に分かってるのかしらね……まあ、いいわ」

 もはや目に無数のお星様を湛えんばかりの勢いで目を輝かせるアルフ。

「デハ立ッテモ、ヨロシイデショウカ?」

「というより、何でアナタ、そこに座ってるの?」

「……」


 何処からともなく、鴉の鳴いたような音を聞いたアルフであった。


 アルフは立ち上がり、足に付いた砂利を手で払った。

「ふぅ、酷い目にあった」

「次は気をつけなさいよ」

「ハイ! ワカリマシタ!!」


 何処の軍隊のものか分からない敬礼をしながらそう答えるアルフ。


「まあ、でもコレで先に進めるようにはなったわね」


「だろ?」


 その言葉にイルムガルトが振り返る。
 また、ビクッと体を硬直させるアルフ。

「何だかんだ言ったけど、ありがとう。通れるのはアナタのおかげよ」

 相変わらずの無表情だが、アルフには心なしか彼女の表情が柔らかくなったように思えた。

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