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私の中の柔らかい場所 5

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まるで自分が夢の中にいる様な、ハートがポワンとした、まさしく恋に落ちた時の様なドキドキしてフワフワした気持ちだ。
その後、モハメドに連れられてエッサウィラの街をブラブラと歩いた。


カラフルなカゴのバックが売っている店や、手織りと思われる素朴な模様の絨毯が売っていた。


あのカゴのバックは幾らなんだろうか?

気になりながらも、通り過ぎてしまった。

胸のドキドキは止まらず、頭も何だかうわの空だ。

モハメドに話しかけられた事も、殆ど耳に入って来ない。

相槌位はうっているけれど。


2、3本のストリートをブラブラと歩いてリヤドについた。

明日はサハラ砂漠に行くこと
サハラ砂漠のキャンプに泊まるから夜は寒い、上着が必要なので用意してと私に伝えると
モハメドは、明日の8時半頃に来ます

と言って出て行った。


先程私を抱き抱えた事なんて、何も特別な事じゃないんだろうなぁと思った。

他のお客にも、同じシチュエーションだったらやる事だろう。


リヤドでの夕飯は昨晩に引き続きタジン鍋だった。

やっぱり少し薄暗いモロッカンインテリアの部屋で、エキゾチック好きには堪らない空間だった。


この時期は旅行者も少なくて、他の部屋にヨーロッパからの旅行者らしき団体がいた。


一人で寂しく硬いパンをちぎりオリーブオイルをすくった。パンをもぐもぐと食べているうちにウキウキした気持ちが、段々薄れてしまった。

散々海外の一人旅はしてきているし、ひとり飯だって慣れているのに。

さっきのモハメドに抱き抱えられた事でウキウキしてた自分がバカみたいに感じた。

あれは、ただのお客へのサービスじゃないか

もし万が一私が防波堤から地面に飛び降りて怪我したら大変だからと、気遣ってくれただけだよね。


そんな風に自分の感情を整理して落ち着かせた。


柔らかに煮込まれたタジン鍋のチキンを突きながらも、腰を抱き抱えられた時の感触を思い出していた。

見た目よりも筋肉の硬さを感じられるしっかりした肩と腕だった。

何とも言えない気持ちになり、溜息をついた。

再び堅いパンをちぎってオリーブオイルにしっかり浸し、口に放り込んだ。


やっぱり量が多すぎる食卓に残してしまう申し訳なさを感じながら、できるだけ食べた。

今回は柔らかく煮込まれたチキンと野菜がとても美味しくて、食べやすかった。

しかしデザートのフルーツが出てくる頃にはお腹がキツかった。


オレンジと小さなリンゴ、ぶどうもとても甘い。

日本でこれだけ食べたら高くつくだろうな、と思いながらフルーツを頬張った。


自分の部屋に戻り、服を脱ぐ前にシャワーのノズルを捻った。


髪をといて服を脱ぎ終わった頃、湯気の立ったお湯が出ていた。

裸でお湯が出るまで待つのは寒い。

丁度いい頃合いで素早く髪を濡らし、洗った。


シャワーを浴び終わるといつもより丁寧にボディローションを付けた。

何の為にこんな事をやっているのか自分でも分からなくなった。


ボディローションの良い香りが、無駄に私の鼻をくすぐった。


髪を乾かしながら、ボーッと腰を抱かれた感覚を思い出していた。

髪を八分目まで乾かすと、少し散歩したくなって帽子を被ってリヤドから外に出た。

あまり遠くに行くと帰れなくなるといけないな、と思いGoogleでリヤドの位置を確認した。

リヤドの門の前に黒と白の猫がいた。

昔私が飼っていた猫に似ている。

顔が小さくて、シュッとした身体つきでしっぽが長い。

私が猫を見ると、猫も私をじっと見つめた。

まるで私の気持ちを全て分かっている様に。

あの人に恋をしているんでしょ?
そんな顔で猫が私を見ている感じがした。

うん、叶わない恋だね。
結末はきっとハッピーエンドじゃない。

そう心の中で猫に語りかけた後、道を歩き出した。

この道を真っ直ぐ行けば海が見える広場に着くはずだ。


思ったより寒くて、背筋が凍えた。

私の浮かれた頭と身体を冷ます様に。

まだ人通りがあり賑やかな道を歩いた。

やはり東洋人女性の一人歩きは目立つのか、チラチラと通りすがりのモロッコ人男性に見られた。


広場に辿り着くと、太鼓とアラビアのチャルメラ、スルナイの音が賑やかに響いていた。

モロッコでの広場は至る所で大道芸が繰り広げられている。


防波堤に近づき、真っ黒な海を見つめた。

風が一気に私の洗い立ての髪を乱した。

少し離れた所から20代か30代位のモロッコ人風の青年が私を見ているのに気づいた。

彼の視線から逃れる様に、私は彼に背を向けた。


肌寒い風が私の中のモヤモヤした心をかき乱した。


一人でこんな西の果ての国までやってきた。


先週まで、満員電車に映る自分の疲れた顔を見ながらウンザリしていた毎日

まるで私の意志により、同じ時間軸でも違う次元が存在している様だ。

私は寄せては返す波の、荒々しい真っ黒な大西洋の海を見つめながら立っている。


賑やかな鉄製カスタネットと太鼓の音と、スルナイの音で自分は確かに今異国の地にいるんだと軽い恍惚感に浸った。


先程私を見つめていたモロッコ人青年は、またもや私の視界に入る位置に立っていた。


軽く微笑みかけている様ではあるが、関わると面倒そうなので目を逸らした。


広場のパフォーマンスを遠巻きに見ながら、少し遠回りして帰らなければいけないなと思った。


広場に出ている屋台を見ながら、ゆっくりと泊まっているリヤドに戻った。

後ろを振り向くと、あの青年は諦めたのか付いてきていない様だった。

安心したと同時に、少し残念な気持ちもあった。

明らかに関わったら面倒くさいと分かってるのに、人恋しいのだ。

バンコクのイスラム街でも見かけた、アラブ風クレープが売っていた。

美味しそうだと思いながら、ボリュームたっぷりの夕食を食べたから食べる気はしない。


寒い海風を首元に感じながら、夕方モハメドに腰を抱かれた時の温もりを思い出していた。


リヤドに着くとフロントの男性がこちらを見て、グッドナイトと言って微笑んだ。

古い木製の階段を登り、開けづらい部屋の鍵を開けた。

モロッコのリヤドの鍵は、日本の様に一回廻したら開くわけでは無い。

それぞれ開け方があるので、鍵をもらった時点で開け方を確認しないと中々部屋に入れず面倒な事になる。


無事に部屋の鍵を開けて、顔を洗い化粧水をたっぷり肌に染み込ませてベッドに潜り込んだ。

やっぱり冷えるな。


明日は待ちに待ったサハラ砂漠のキャンプである。

今晩よりもっと寒いのだろうな。

しかしそれよりも、今までイメージの中でしかなかったサハラ砂漠にとうとう自分の足で立てるという高揚感の方が優っていた。


明日は丁度新月だ。

今まで見た事のない様な満点の星空が見れる事だろう。

でも一人で見るのは少し寂しいな

モハメドと一緒に観れるだろうか

淡い期待で胸がときめいた。

でも、同時に臆病な自分がそんな気持ちにブレーキをかける。

神様お願い、もうこれ以上私を傷つけないで

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