見出し画像

#016 モノマネマネキン


皆さんこんにちは!
Physical Edu.のホンダです🏋️‍♂️


『モノマネしているマネキン』というわけのわからないテーマ名で書いていきます。ピンとこないタイトルかもしれませんが、僕自身いつも非常に考えさせられる内容ですのでぜひ最後まで読んでください。


目標といえば目標なのかもしれませんが「〇〇さんみたいになりたいです!」という言葉をよく耳にします。しかし、それは本当にできることなのか? それは良いことなのか? を大学生の僕はよく考えていました。

「〇〇さんみたいになりたいです!」というのは言い方を変えると「〇〇さんのモノマネをしたいです!」と言っているのと同じかもしれません。自分という人間をモノマネで片付けていいのでしょうか? 自分という存在はそもそも別の何かと入 れ替えることはできないし、自分で自分自身の存在をないようにしているようなものかもしれません。もしこの世でも、アンパンマンのように顔を交換できるようになれば可能かもしれませんが...。

画像1



さて、ちょっと話題を変えて なぜ今回このような「ひと真似」「マネキン」という言葉を使ってこんなわけのわからない文章を書いているのかというと、

パクリが多すぎるな...。

と感じることが増えたからです。僕自身が目に見て...もそうですが、周りの方から耳にする機会もかなり多くなったように思うのです。


① plagiarism(盗作)

先日の森部高史さん(Twitter:@moribe997)さんのオンラインセミナー(2020.12.20)の中にあった ”情報リテラシー” というトピックが非常に考えさせられるお話だったので少しだけ紹介させていただきます。
皆さん「plagiarism」という言葉を聞いたことがありますか? 日本でいうところの「盗作」という意味の英単語です。これは森部さんからお聞きするまで僕自身も知らなかったのですが、アメリカでは(というより他の国では?なのかな...)レポートや課題などにおいて ”plagiarism” であるということが発覚すれば、一発退学の処分になるそうです。でもこれって当たり前っちゃ当たり前の話ですよね。

「(盗作は)自身がないことの裏返し」

という森部さんの言葉は非常に心に刺さりました。確かに誰かの言葉や制作物をそのまま使ってしまえば、自分の言葉じゃないから仮に間違っていても安心できるし、もしそれが有名な人物のものであれば、まるで自分がその人になった(その人の皮を被った)ような感じになって気持ちいいんだろうなと思います。


本来学びというものは深めていくべきものなのに、薄めてしまっている。

さらにこの言葉には胸を打たれました。

盗作は完全にアウトですが、引用や参考文献として使用することは必要なことです。「根拠は?」と聞かれたときに唯一その根拠を示すことができるものが使用した著作物や論文だからです。どんな論文にも著作物(小説や物語などは除く)にも何かしら使用した文献が存在すると思います。その元情報や根拠があるからこそ、研究がさらに前進したり今よりもさらに信憑性が高い成果を上げることができるのです。引用・参考文献として使用したものをしっかりと明記して示していればいいんです! "しっかり示していれば" 何の問題もありません。それをもっと大学や専門学校の教育課程の中でしっかりと教える必要があるのだと思います。僕はトレーナー・フィットネス業界の人間なのでよくセミナーや講義を聞きにいくのですが、引用・参考文献をしっかり明記して根拠を示してくれている方は多く見積もって2〜3割といったところだと思います。

自戒を込めて、あらためてここに書きたいと思いました。僕たちの業界で何かセミナー資料や制作物を作るときにはほぼ確実に誰かの著作物(動画も)を使っているはずです。せめて、巻末にその使用したものを書いて欲しいなと思います。正しい記載方法も重要と言えば重要ですが、まずはしっかりとその著作物を明記することが大切だと僕は思います。

著作者への尊敬と感謝の気持ちを込めて。

どこかのセミナーやアカデミーに参加した人がさらにそれをコミュニティ内でアウトプット会や報告会をすると多少なりとも内容が薄まってしまう可能性もあります。それでもコミュニティ内のメンバーが新しい情報を知る機会になることは十分有意義なことですが、学びにいった当人レベルあるいはそれ以上のものを知ることは難しいはずです(もしかしたらそれ以上のものを提供できる人はいるかもしれません)。

だからこそ、誰からまたはどこから学ぶかは選択する必要がありそうですね。盗作とはかけ離れますが、僕が EXOS へ直接学びにいったのは大元の場所から直接学びたかったことが理由です。より深まった学び(価値)を大切にしていきたいですね。



② 敬意を払う

2020年12月に関西で行われた Millennial Charity Project(オンラインイベント)の中の最年長登壇者である井上大輔さん(兵庫県:フィジカルバガード代表)がお話しされたことも紹介します。

これも僕の心に強く響いた内容だっただけに皆さんにぜひ共有したいと思いました。以下の文章をよく読んで少し自分なりに考えてみて欲しいと思っています。(※お話しされた言葉を文字起こしして書いています)


日本で流行らせようと思っているようなアメリカから来るシステムっていうのは、マーケティングの 会社が中に入っている。すると洗脳が入ってくる。(権威のある)人をたくさん入れて、誰々がこう言っているとかを様々なところから持って来る。
そういう言葉っていうものは、その人が一生をかけて考えて作ってきた言葉というものを小出しにしていくと、(それを聞いている)人間達ってすごいと思う訳だよ ね。その言葉を 20 代のトレーナーが言うと、知らん人から見たら「うわっ、すごいこの人!めっちゃスゴイ人やん!」って錯覚を起こさせてしまう。それも洗脳。(中略)
 言葉っていうのは、敬意を持って使うものだと思っていて、〇〇さんが発したその言葉はどのようなプロセスでその言葉が出てきたのかというのを分かることがその人の対する敬意。 
(中略)
それらの言葉を出すと、洗脳はできるけど、 その洗脳してくる相手とはあまりいい関係性というのは構築できない。


皆さん、この言葉を聞いてどのような感想を持ちましたか?僕は井上さんのこの言葉を聞いてナイフでグサッと刺されたような思いでした。僕も以前の行いの中で思い当たる節があるからです。

何かセミナーやアカデミーで有名な人から未知のことを学んだらそれを誰かに一刻も早く教えたくなりますよね。その気持ちはとてもよく分かります!僕も大学3年までの僕もどこかで学んだ誰かの言葉をそのまんまアウトプットしていた時期がありました。しかし、それは本当に浅はかだったなと今では反省しています。

井上さんがおっしゃる通り、人の言葉をそのまま誰かに流してもそれは自分の言葉ではないので、どこか言葉が重みがないんですよね。薄っぺらくて軽いんです。

しかもその人の言葉を使うことによって、それはあたかも自分が考えて作ったかのように周りからは見えるので「あの人はヤバい!」「知識半端ない!」「レベルが違う!」そう思われるのです。周りから自分はすごい人物だと言われるのは承認欲求が満たされますし、めちゃくちゃ優越感があって気持ちいいですよね。

でもふと我に返って客観的な視点で自分の姿を見れば、非常に滑稽でした。簡単に言えば、誰かのコピペです。全くオリジナルではないので、本来「すごい!」という尊敬の矢印が向くべきなのは、それを作った大元の人でしょう。

誰かの言葉には敬意を払う。

その人の言葉を自分なりにでも読みとく努力をすることが大事だと思います。というより大事です!今回は僕自身も自戒の念を込めて皆さんにも問いかけてみました。

今僕がこうやって紹介した言葉も、井上さんが直接読者の皆さんへ向けて伝えるよりもやはり説得力が薄く感じませんか?



さて今回のテーマは僕が尊敬するお二方の言葉をお借りして作成しましたが、何か少しでもこれを読んでくださった皆さんに伝わるものがあれば嬉しいです!

自分という存在をしっかりと確立する前に誰かのモノマネを選んでしまえば、あなたのイメージそのものがそのモノマネ元の誰かになってしまいます。そしてそのモノマネが解かれてしまえば、自分のオリジナルの存在では周囲は誰も気づいてくれません。言い方は悪いかもしれませんがコピーですよね。つまり、自分という人間の存在を自分で消してしまっている以上、モノマネをしている人の形をしたマネキンのようなものです。

特に「誰かみたいになりたいです!」という人ほど自分を否定して自分を認めることができていないのです。そのため、自分をよく見せようと偽るために誰かになり代わって存在感を示そうとするのだと思います。「目立つ人の真似をすれば自分も目立てるかも!」みたいな感じでしょうか?

僕は、憧れるのはもうやめました。憧れの誰かになれれば幸せを感じられるのではなく、“自分” を証明できる何かがあるときに幸せを感じられるのだと思います。

モノマネ(真似ること)は自分が成⻑していくための過程として使っていく手段なら素晴らしいことだと思います!最初の最初はもちろん何も分からなので、その目の前の誰か(既に存在しているもの)しか見えないのでその人のやっていることを真似てみるのも1つの手です。

しかし「完全なコピーになりたい!」「〇〇さんみたいになれば、自分ももっと活躍できる!」などのように自分をよく見せるための被せ物として使ってはいけません。自分を変えることというのは持っているパーツや武器などの装備品そのものを変えるということではなく、そのパーツや持っている武器の使い方を変えていくこということだと僕は思っています。RPGゲームに照らし合わせて考えると剣や防具の外見装備をレベルアップさせていくことも必要なのかもしれませんが、キャラの基礎能力数値を上げていくことも装備以上に必要なことです。

画像2



以上、『モノマネマネキン』についてでした。

何か参考にしていただけると嬉しいですし、全く参考にし ていただかなくてもそれはそれで OK です。

そして、信じるものは自分で決めてください。



また、コメントや感想・ご意見、SNSでのシェアなどはとても励みになりますし、何より本田がめちゃくちゃ喜びます!🤗


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【公式SNSリンク】
https://instabio.cc/sou-physicaledu
【公式HP】
https://www.sou-physicaledu.com/
【自己紹介】
https://www.sou-physicaledu.com/about-me

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ー引用・参考資料ー
1、森部高史(2020) 育もう、3つのリテラシー:オンラインセミナー
2、Millennial Charity Project(2020):午後の部 井上大輔さんより

この記事が参加している募集

#最近の学び

181,685件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?