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点と点がつながると線になる

“点と点がつながると線になる”
そのまま。わかっているし、知っている。すごくシンプルなこと。
けど、シンプルだからこそ、いろんなことに当てはまる。

最近感じること

ここ数ヶ月、日常の自分の中で感じていること(感情や思考)の根本・根源(=点)はどこに在るのか、の問答を繰り返している。
心が揺れた時、苦しい時、楽しい時、ワクワクしている時、何に対してどう心が反応してそう感じているのか…

何故やるかって?

やることで、心の、魂の、核となっているような、自身の根幹が浮き彫りになるんじゃないかなぁ…と思っているから。そして、新たな視点が、解釈が、自分の中から発見できると思うから。
普段の事象から自分を知っていく、脱・知ってるつもり。

やり方は簡単。

ただ分解していくだけ。
“色んなトキ”がある。
まず、どんな時にそう感じたか(外的要因)
そう感じたきっかけは何か(外的要因)
どこに引っかかりがあるか(内的要因)
その引っかかりにはどんな欲求が隠れているか(内的要因)
その欲求を自分が認識して、認める。
そして、心地が良いと感じる解釈に変換していく。

大概、冷静になったと思った時にやっている。
時間があいて心に余裕ができたときがいいんだと思う。
あの時何を見てイラもやしたんだろう。
きっかけは何だった?
なぜ私はそう感じたの?そう感じた理由は何だと思う?
そっか〇〇なんだ。そんな時もあるさ・そうだね
じゃあ、次似たことがあったらどう感じたい?どう感じる?
→ある程度の雛形を作っておく。(ある種の誘導。同じ負のループに入らないようにする)

心の欲求・要求を観察する。自分の心に素直に受け取る。

基本的な考え


”点と点がつながると線になる”
点からスタートし別の点につづく。点から点へ(さらなる点へ)繋げて線を形成すると何かができている(わかる)。

なるべくシンプルに。分解していく…
(→個人的に、線の中の点が沢山あるとより複雑な思考をたどっていく必要がある。だから、できるだけシンプルにいた方がやりやすいと思う。もつれた糸を解くのは大変だし時間がかかるし、頭を使うから後回しにしがちになってしまう。)

何かがある・できている・わかるのは、
そこには線があり、点があるということになる。
(線=意図・意味・揺れる何か、点=起点となるものこと・存在する何か)

人は”線”を認識しやすいと思う。
(逆に点を普段から認識している人はあまりいないように思う。)
”線”とはただ在ること同士(点と点)をつなげたことにより感じること、起こす・起こる行動。揺れ動く何か。
動きがあるものに注目がいきやすいし、動いているものを見ているのはある種楽しいし、真新しさがあったりして飽きが来にくいと思うから。

具体的にすると、モヤモヤやワクワク等の心の揺れだったり、感情の感じ方だったり、目的地への移動だったり、衝動だったり、旅だったり・・・
ずっと寝続けたいとか、ずっと本読んでいたい、美味しい煮付けが食べたい、などなど…
行動に移すきっかけ・原動力になっていたり、落ち込む原因になっていたりすると思う。

点同士を繋げると意味が生まれる=線になる


→点を繋げると線になり何かを描くことができる(意味が生まれる)。

子供のころ、めっちゃ簡単で好きな教材があった。
無数の点があり、その点に番号が振ってある。その番号順に線を描いていくと絵になるというもの(数字を順番に数えられるようにするための教材の一つだった気がする…)。
ただ点を順番に繋げていくと気がついたら、何かが描かれている。点と点をつなぎ線を書きながら何になるんだろうとワクワクしていた記憶がある。

それは教材としての意味が強かったけど、
”点を追いながら線をつなげていくと何かを描くことができる”
これは、全ての事柄に共通することだと思う。
この描かれたものが、結果であり答えであり、俯瞰してみたとき・振り返った時にわかる何かだと思う。

ただ、点なんて関係ないやい!と、ただ線を描いているつもりでもその中には点が隠れているし、気がつかないうちに点を打っていて、そこに向かっていたりもする。

点に向かって線が繋がれている。
極論をいうと描かれているものは点から始まり点に終わっている。

では、点とは何だろう?


点とは“ただ在る”ということ
その瞬間の出来事を切り取った状態。物質的に考えて見たままの状態。
そして、考え方や感情(嬉しい、悲しい、楽しい、怒り等)も。精神的なこと、目にはみえないけど確かに感じることも(五感や語感、肌感とかも)。それがただ在る(と感じる)状態のこと。

点は自分で決めることができる

線を描くには点が必要
→感情が揺れるのは自分の中でその感情を点にしているから

どの点を選択するかは自分次第。
(そんなの知らんと思っても無意識に自分で決めている。どう感じるか、何を思うかとか…その決め方は今までの経験だったり、強く感じたことが起因していると思う。だから、そこに気が付けば、その点を動かすことができる。
→いきなり真反対に点を動かすのは難しいけど、ゆっくりじっくりとその感情を認めて感情が動く幅を広げて、動かしていく。)

ただ在るもの・こと(物質的、精神的何でも)
家とかご飯とかパソコンとか
好き、悲しい、楽しい、とか

何でも気がついたら点になる。

起きたことと自分の感情だったり、意思だったり、
楽しいことや好きなこと、憶測や希望、妬みや嫉みなど色々な選択肢がある。

線の意味

ただ在るモノどうしを繋げると意味が生まれる=線
繋げた意図(いと→糸→線になる)が必要になる。それは感情かもしれないし、意思かもしれない、憶測や希望であるかも…

つまり、ただ在るモノをどう解釈し繋げるかはその人次第。
日常でモヤモヤしたり、心が揺れたりすることの中には、
外の点(きっかけとなる事象)と内の点(自分の心の中・思考の中にある感情)が繋がってその状態(線)になる。
だから、線を分解して点を見つけ出し、自分にとって心地の良い新たな点に置き換えてみることだってできる。それは、認識の書き換えともいうのかもしれない。
でも、そうやって、自分の負のループから抜け出せると思うし、ズレたと思ったら修正していけると思う。

だって、ただ在ることをどう解釈するか自分で決めることができる。どうせだったら、心に摩擦のない方に解釈した方がいい。

心地よい方へ線をつなげていこう。

終わりに

この投稿は前回の投稿した

を書く前に書き始めたものです。
本当は、上記の投稿でこの記事を書き直すつもりだったけど、なぜか全く違うものになったので、この記事を投稿しました。
(だから入りの文が同じです。書き始めが8/20でしたw。現在は9/20)

なんか自分の中で大切なことだと思ったから、自分の意識の書き換えをする時の道標になる気がしたから、記録のための投稿です。

頭の中、心の中の動きをなるべくそのまま書き記そうとしているので、
矛盾とかがあったら、あぁ、とっ散らかっているんだな…と思ってください 笑



最後までお付き合いいただきありがとうございました。








蛇足

点を拡大すると線が重なって点になっているのかも
だから更なる分解が可能になってくる・・・

フフフフフ・・・
分解はほどほどがいいのかもしれない…

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