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sosoの素(3)

ほどほどに

人それぞれこだわりがある。
他人にとっては理解できないものも多いのがこだわり。
僕らとしてはそんなにこだわってるつもりでもないのにとてもこだわりが強く思われてることがあったり、当たり前になりすぎて自分たちでこだわりだと思えてないけど他の人からするととてもこだわってる部分があるのかもしれない。

この仕事を始めるにあたって、それまで好きなものを好きなように買ったりしていたけど、仕事のことも考えて自然素材のものがいいのでは?と考えて始めた。何かの選択肢が出た時には自然に優しそうな方を優先的に選んだ。そんなことをしていると不思議なことでどんどん考え方が偏って来て自然素材以外は悪だ!みたいな気持ちが出てきて自分でも結構びっくりした。
門外漢から入った世界で、よそ者気分だった僕は少しでも馴染んだり違和感なく存在していたいと思っていながら自分の中にしっかりとした考えを見出せなかったから自然素材を頼りにしていたのかもしれない。

それから娘が生まれ、キャラクターものが好きではなかった我が家はそれらをなるべく取り入れないように暮らしていた。それでもプレゼントなどでいただいたものに関してはありがたく使いつつも娘にはシンプルな服やおもちゃを与えていた。
保育園に入園して娘にとっては初めて家族以外との共同生活で色んなお友達に出会って行く。それまでは我が家の価値観だけを与えていたけど、それだけでは収まらなくなっていった。キャラクターものやパステルカラーのもの、フリフリのものが欲しくて欲しくて堪らない娘。それを着せたりもたせたくない親。きっと良くある風景だろうね。そんな娘を見ていたら僕らの価値観を押し付けてばかりも良くないよねとハンカチだけでも休みの日の朝にテレビで放送されてる女の子向けのキャラクターものを買って与えると翌日友達と見せ合いながら本当に嬉しそうに過ごして帰ってきた。このころから僕は娘は一人の人として認めてできる限り意見を聞こうと思うようになった。

初めの頃は、自分に自信がなく自分から生まれた価値観ではなく自然素材という範囲を良しとしてた。きっとそうしないとどう考えるべきかがわからず不安だったんだろう。それが月日が経ち自分や仕事と向き合いながら過ごしていると、自分以外の人に助けられながら生きている実感を得てくる。こだわることで安心するようなこだわりよりもその時その時の気持ちや感情を大切にしながら臨機応変に過ごしていくことの方がこだわることよりも大切なんじゃないかと思うようになってきた。

毎日一生懸命頑張って、こだわりすぎずとらわれず、それなりにほどほどに


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