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香りで表現された人生観

人生とは何か。太古の昔より繰り返されてきた疑問。文学、音楽、舞台芸術、絵画、彫刻、映画...。作り手は意識的に、時には無意識のうちに、自身の人生観を投影させた作品を世に送り出す。

香水は、鑑賞者の嗅覚に訴えかけられる珍しい表現手段だ。嗅覚は五感の中で最も"本能に近い"感覚で、感情・本能に関わる大脳辺縁系に唯一直接伝達される。つまり香水は、鑑賞者の記憶を呼び起こし、感情を揺さぶることに適した形態なのだ。

もし自分の人生観を他人に伝えたいなら、香水が一番だと思う。いうなれば最もダイレクトに、そして強烈な印象を持ってぶつけることができるのだから。言葉にならない部分も拾い上げて、相手の本能にアピールできるのだから。そして、この目論見が成功し、ひとたび記憶に刻み込まれたら、相手はもうあなたの人生観から逃れることはできないのだから。

Underworld (Christèle Jacquemin) - 2019

植物性の苦味が全体を支配している。まるで土に顔を埋められているような、スパイシーで苦味の効いたオープニング。中盤に若干の緑味が足されることで、濡れた地表スレスレを這いつくばって舐めるような気分にさせられる。最後の最後にチューベローズやミモザのフローラルが顔を出し、手を伸ばした先に希望の光が見えるけれど、残された苦味が背負った陰を演出している。

写真家でもある調香師Christèle Jacqueminが自身の撮影した写真にインスピレーションをうけたUnderworldは、長く過ごした土地から拠点を移し、人生の転機が訪れようとしている、という彼女の個人的な経験を基に調香されている。

土の中でもがいてもがいて、やっとの思いで地表に出てきて、そのうちに花を咲かせる。彼女の苦悶が、叫びが、聞こえてきそうな前半。後半になってようやく日の目を見たところで、苦悩は消えきらないままである。彼女にとって悩みや傷痕は、抱えたまま生きていくものだから。

ユニークで面白い調香か?イエス。頭で作ったコンセプトを、ここまで綺麗に香りに落とし込めるという香水の可能性に、純粋に驚嘆する。
身にまといたいか?少なくとも私は、ノー。

La Danza delle Libellule (Nobile 1942) - 2012

こぼしてしまった机から、ディズニーランドの香りがした。

ディズニーランドは夢の国らしく、常に甘い匂いがただよっている。アトラクションで意図的に出される匂いだ、売られているポップコーンなどの匂いだ、色々言われているけれど、どれでもない、とても特徴的な甘い匂いを感じることがある。La Danza delle Libelluleを煮詰めたのがまさにそれなのだ。

苦味が特徴的なUnderworldとは対照的なグルマン。肌にのせると、甘くすっきり感のあるりんごのお菓子の匂いが広がる。りんごらしさは徐々に抜けていくけれど、シナモンやバニラの主張が強まっていくことで、とろけるような甘さのお菓子の香りに落ち着く。このミドル以降のある種人工的な甘さがディズニーランド感のミソだと思う。

この香水の名は、メリーウィドウで有名なFranz Lehárのオペレッタから取られている。興行的に成功したとは言い難い、失われてしまったこの作品は、彼のオペレッタらしく、耳馴染みの良いハッピーな曲で構成されてる。メッセージはただ一つ、享楽的な人生の賛美。

ユニークで面白い調香か?ノー。笑顔になれる香りか? イエス。公式HPの謳い文句の通り、これは人を笑顔に、幸せにできる香りだ。

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