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美少女場の量子論(2)美少女波動方程式

概要:美少女の伝播を運動方程式で表し、物語と美少女の二重性を表す式と組み合わせることで、物語波面の確率密度分布を表す波動方程式を導けることについて。

2-1 古典力学と量子力学の対応原理

 前回(1)では、擬人化があらゆる情報に対して施せることについて述べ、波に似た情報と粒子に似た美少女との二重性をアインシュタイン・ドブロイ・ソーサツの関係として表現した。そして、様々な物語が情報空間の中で重なり合って残ったエネルギー密度の高い領域が美少女であると結論付けた。

 今回(2)は、その美少女の運動を表現する運動方程式について検討し、そこに波動性を考慮した波動方程式を導く。まずは、古典力学から量子力学へ移行する際の重要なステップである「対応原理」について説明する。

 波を数学的に表せば、時刻$${t}$$・位置$${x}$$に対して波の高さを与える関数になるはずである。このような関数を波動関数と呼ぶ。振幅が一定ならば、各時刻・各点での波の高さはその振幅$${r}$$と位相$${\theta}$$で表せる。周期的に値が上下する関数といえば三角関数であるが、通常はオイラーの公式によって三角関数を複素数にして表示する。

$$
re^{i\theta}=r\cos\theta+ir\sin\theta
$$

 このように表すことで、波の合成や振幅の計算がしやすくなる。一つの波を$${re^{i\theta}}$$で表すなら、二つかければ位相は二倍になるし、絶対値を取ればそのまま振幅になる。角振動数$${\omega}$$(周波数$${f}$$の$${2\pi}$$倍)や波数$${k}$$(単位長さあたりに含まれる山と谷のセットの数)が分かっているなら、位相がもう少し具体的に表され、波は$${re^{i(kx-\omega t)}}$$となる。アインシュタイン・ドブロイの関係に従えば、これは$${re^{i\frac{px-Et}{\hbar}}}$$とも表される。

 このような波があるとき、運動量$${p}$$やエネルギー$${E}$$を求めるにはどうすればよいだろうか。式が分かっていれば$${\log}$$を取ればよさそうなものだが、データとして波形だけが得られている場合には? それには、波形を$${x}$$や$${t}$$で微分すればよい(これはデータ上の操作としても容易にできる)。$${x}$$で微分すれば波形は$${ip/\hbar}$$倍に、$${t}$$で微分すれば波形は$${-iE/\hbar}$$倍になる。

 ここで量子力学は、エネルギーのように我々が観測する物理量は全て、波動関数に対して何らかの数学的操作をすることで得られると考え、その操作を数学的に表したものを「演算子」と呼ぶ。そして、古典力学に登場したそれぞれの物理量が、量子力学において対応する演算子を持っている、という原理を「対応原理」と呼ぶ。例えばエネルギー演算子と運動量演算子は、

$$
\hat{E}=i\hbar\frac{\partial}{\partial t}, \quad \hat{p}=-i\hbar\frac{\partial}{\partial x}
$$

である。物理量そのものに対して区別するために、演算子には$${\hat{}}$$(ハット)をつけて表す。実際、ある波を$${\psi=re^{i\frac{px-Et}{\hbar}}}$$で表すなら、演算子を作用させる操作は、

$$
\hat{E}\psi=i\hbar\frac{\partial}{\partial t}re^{i\frac{px-Et}{\hbar}}=Ere^{i\frac{px-Et}{\hbar}}=E\psi
$$

$$
\hat{p}\psi=-i\hbar\frac{\partial}{\partial x}re^{i\frac{px-Et}{\hbar}}=pre^{i\frac{px-Et}{\hbar}}=p\psi
$$

であり、波動関数から物理量を引き出す操作になっている。$${\partial}$$の記号に慣れない方もいるかもしれないが、これはパーシャルまたはラウンドと読み、偏微分という操作の記号である。詳しくは末尾の「用語と記号の解説」を参照されたい。

 演算子によるこの対応原理が、古典力学を量子力学へと拡張する際の基本的な手段となる。古典力学という言葉についても末尾の「用語と記号の解説」を参照されたい。

 古典力学の運動方程式で物理量を演算子に置き換え、アインシュタイン・ドブロイの関係を代入すれば、「粒子としての側面の運動は古典力学に従うような波」の方程式、すなわち一粒子系の波動方程式を導くことができる。そして、それは粒子としての性質が古典力学に従う限り、美少女においても同様である。従って次は、美少女が古典力学の粒子と同じ運動をすると仮定して、その具体的な方程式を確認しよう。

2-2 美少女の運動方程式

2-2-1 非相対論的な古典力学の運動方程式

 ニュートンの運動方程式は美しい法則である。単純であり、生活上の直感にも沿っており(アリストテレスはそうは思わなかったようだが)、物体の変形や形の影響が無視できる現象なら何にでも適用できる。力が加われば物体は加速または減速し、質量は加減速のしづらさを表す。その式は以下のように表されるのだった。

$$
m\frac{d^2\boldsymbol{x}}{dt^2}=\boldsymbol{F}
$$

 $${m}$$は質量、$${\boldsymbol{x}}$$は質点の空間座標(位置ベクトル)、$${t}$$は時刻、$${\boldsymbol{F}}$$は力を表す。$${d^2\boldsymbol{x}/dt^2}$$は位置を時刻で二階微分したものであり、加速度となる。

 この式を量子論と関係づけるには、アインシュタイン・ドブロイの関係($${E=\hbar \omega, \ \boldsymbol{p}=\hbar \boldsymbol{k}}$$)に登場した変数が出てくるよう、ニュートンの運動方程式を少し変形する必要がある。古典力学では、エネルギーは力×距離、運動量は力×時間として定義されたものだ。古典力学は直線距離の運動だけではなく曲線の軌道にも適用されるから、掛け算を積分に、割り算を微分に替えて、

$$
\begin{array}{lll}
\boldsymbol{p}&=&\int \boldsymbol{F} dt \qquad {(\rm 積分定数を除く)} \\
 &=&\int m\frac{d^2\boldsymbol{x}}{dt^2} dt \\
 &=&m\frac{d\boldsymbol{x}}{dt} \\
 &=&m\boldsymbol{v} \qquad
\end{array}
$$

$$
\begin{array}{lll}
E&=&\int \boldsymbol{F} dx \qquad {(\rm 積分定数を除く)} \\
 &=&\int \frac{d\boldsymbol{p}}{dt} dx \\
 &=&\int \frac{d\boldsymbol{p}}{dt} \frac{d\boldsymbol{x}}{dt} dt \\
 &=&\int \frac{d\boldsymbol{p}}{dt} \frac{\boldsymbol{p}}{m} \\
 &=&\int \frac{d}{dt} \left( \frac{\boldsymbol{|p|}^2}{2m} \right) dt \\
 &=&\frac{p^2}{2m}
\end{array}
$$

 これらが古典力学(ただし、運動速度が光速より十分遅い場合)におけるエネルギーと運動量の表式である。$${\boldsymbol{v}}$$は速度のベクトル、$${p}$$は運動量のベクトル$${\boldsymbol{p}}$$の大きさ(絶対値)を表す。

 同じ式が、美少女にも適用できるだろうか? できるだろうと私は考える。真空中を飛行していく粒子であれ、人間のネットワークの中を美少女の形を取って伝播していく情報であれ、加えられた力と、固有の動きづらさによって、動き出し・加速・減速・停止の様子が決まることは普遍的であるはずだからだ。というよりも、人間が物の動きというものをこれと全く異なる概念を使って理解できるとは私には思えない。

 とはいえ、細かい修正の余地はあるかもしれない。例えば古典力学でも、光速に近い速度で運動する粒子ではエネルギーの式に新しい項が付け加わる(正確には、元々付いていたものが無視できなくなる)。しかし、登場する物理量は同じのはずで、ならばアインシュタイン・ドブロイの関係と対応原理によって量子力学の方程式に置き換えることがやはりできる。美少女がそれほど高速で伝播する状況をいずれ取り扱うが、それは主に美少女間の相互作用を議論する時に出てくる問題で、美少女が一人の場合においては重要ではない。というわけで、当面は非相対論的な古典力学の運動方程式、$${E=p^2/2m}$$を美少女にも適用することを考える。

 アインシュタイン・ドブロイ・ソーサツの関係を導入した時に、それぞれの変数の意味について議論した。それによれば、$${E}$$は美少女の持つエネルギー、$${\boldsymbol{p}}$$は美少女運動量または美少女力積であった。エネルギーと運動量の違いは少し分かりづらいが、運動量は向きを持った量であり、エネルギーは向きを持たない量である。運動している物体が何か別の物体にぶつかったとき、相手をどちらの方向にどのくらい跳ね飛ばすかということは運動量によって決まる。一方でエネルギーは運動量の大きさだけで決まるから、方向については何も制限していない。エネルギーは運動以外にも様々な形をとる。例えば衝突した時に熱や変形が発生する場合には、エネルギーがそれらに使われたと考えることになる。また後で見るように、相対性理論のもとではエネルギーが質量に変わるという現象も取り扱う。(熱や変形も結局は粒子の運動ではないかと思われるかもしれないが、物体を構成する粒子同士の間の相互作用があるため、物体全体のマクロな運動量はそれらのミクロな粒子に対しては保存しない。)

 これに倣えば、美少女のエネルギーとは美少女が内在的に持つ「影響を与える潜在的な力」、美少女の運動量とは美少女の「他者を動かす強さと方向性」とみなすことができるだろう。また、質量$${m}$$は美少女の伝播しづらさである。これは美少女の何らかの特性によるものかもしれないし、伝播の環境の影響かもしれない。物理学においてはヒッグスポテンシャルが粒子に質量を与えるから、部分的には環境の影響だとするのもあながち間違いではないだろう。

 さて、これにて量子力学の方程式を導く準備は整った。アインシュタイン・ドブロイ・ソーサツの関係から導いた対応原理を運動方程式に代入すれば、粒子の波動的な性質を表現する波動方程式が得られる。

2-2-2 美少女波動方程式

 対応原理の式

$$
E\rightarrow \hat{E}=ih\frac{\partial}{\partial t}, \quad p\rightarrow\hat{p}=-ih\frac{\partial}{\partial x}
$$

を、古典力学の運動方程式、

$$
E=\frac{p^2}{2m}
$$

に代入する。結果は、

$$
\begin{array}{lll}
i\hbar\frac{\partial}{\partial t}&=&\frac{1}{2m}\left( -i\hbar\frac{\partial}{\partial x} \right)^2 \\
 &=&-\frac{\hbar^2}{2m}\frac{\partial^2}{\partial x^2}
\end{array}
$$

 正確には、演算子の方程式は作用させる先の相手、ここでは波動関数とセットで成り立つ。左辺と右辺の演算子そのものが等しいのではなく、演算子を波動関数に作用させて出てくるもの同士が等しいということだ。古典力学に従う任意の粒子または美少女の波動関数を、時刻と位置の関数として$${\psi(t,x)}$$と書けば、

$$
i\hbar\frac{\partial}{\partial t}\psi(t,x)=-\frac{\hbar^2}{2m}\frac{\partial^2}{\partial x^2}\psi(t,x)
$$

 これが、時間に依存する一次元の平坦なポテンシャル中の一美少女シュレディンガー方程式である。物理学においては、真空中の電子の挙動がこの式で表される。

「美少女シュレディンガー方程式」の前にいくつかの但し書きがついたが、要するに時間に依存しない場合や三次元の場合や平坦でないポテンシャルの場合や多美少女の場合が別途考えられるということだ。ここで言う「場合」という言葉の代わりに「系」という言葉を使うことが物理学では一般的で、「登場人物と舞台を含めた、我々が注目している現象の全体」のことを指す。

 時間に依存しない場合とは、系のエネルギーが一定に保たれており、熱の放射などの形で散逸したり外部から注入されたりすることのない場合を指す。この場合は左辺の時間微分がなくなって単なる定数になり、

$$
E\psi(t,x)=-\frac{\hbar^2}{2m}\frac{\partial^2}{\partial x^2}\psi(t,x)
$$

 三次元の場合とは、一直線上ではなく三次元空間中の運動を考える場合を指す。この場合、$${x}$$はベクトル$${\boldsymbol{x}=(x,y,z)}$$となり、微分もベクトル演算子$${\nabla=(\partial/\partial x,\partial/\partial y,\partial/\partial z)}$$となる。$${\nabla}$$はナブラと読む。また、波動関数は列ベクトル、

$$
\psi(t,\boldsymbol{x})=(\psi_x(t,x),\psi_y(t,y),\psi_z(t,z))^T=\left(
\begin{array}{l}
\psi_x(t,x) \\
\psi_y(t,y) \\
\psi_z(t,z) \\
\end{array}
\right)
$$

となる。行列の計算上、横書きのベクトルと縦書きの列ベクトルがセットになっていなければならないのだ。結局、美少女シュレディンガー方程式は、

$$
i\hbar\frac{\partial}{\partial t}\psi(t,\boldsymbol{x})=-\frac{\hbar^2}{2m}\nabla^2\psi (t,\boldsymbol{x})
$$

 平坦でないポテンシャルの場合とは、運動に影響するような「坂道」が空間中にある場合を指す。粒子にとっての坂道とは重力場や電磁場などだが、高い所にあるものが位置エネルギーを持つように、外界の状況によっても粒子のエネルギーは左右される。何らかの抵抗に逆らって進むと粒子はエネルギーを得る。逆にエネルギーが低くなる方向に粒子は引き寄せられる。このような坂道が空間中にどのように分布しているかを表したものを、一般にポテンシャルと呼ぶ。

 ポテンシャル$${V(\boldsymbol{x})}$$の具体的な形を与えることは、美少女が伝播していく舞台の状況を決めることとほとんど同じだ。現実に即して、様々なポテンシャルが想定できる。全てのコミュニティはポテンシャルの窪みとみなすことができるし、全ての個人もそうだ。これらのポテンシャルは美少女をその内部に束縛するように働く。

 三次元空間中のポテンシャルを$${V(\boldsymbol{x})}$$で表せば、これは単にシュレディンガー方程式の右辺に付け加えられて、

$$
i\hbar\frac{\partial}{\partial t}\psi(t,\boldsymbol{x})=\left\{ -\frac{\hbar^2}{2m}\nabla^2+V(\boldsymbol{x}) \right\}\psi(t,\boldsymbol{x})
$$

 この最後の式が、シュレディンガー方程式としては最も一般的な形(最も多くの場合に対応した形)であろう。特に右辺の$${\psi}$$の前の演算子は、系のエネルギーの内訳を示したものであるから、系の性質を表現するためには現実の系に即した演算子を考えることが重要である。このようにエネルギーの内訳を表現した演算子をハミルトニアンと呼ぶ。

 ここで是非とも注意しなければならないのが、それぞれの演算子が作用する波動関数$${\psi(t,\boldsymbol{x})}$$は、関数としては波の形をしているとはいえ、粒子の位置がジグザグに揺れながら進んでいることを意味するものではない、ということだ。量子力学では、シュレディンガー方程式を満たす$${\psi(t,\boldsymbol{x})}$$は、粒子の存在する確率の密度が空間上で振動していることを表す、と解釈する。つまり、波動関数の絶対値の二乗$${|\psi(t,\boldsymbol{x})|^2}$$が、ある時刻$${t}$$・ある位置$${\boldsymbol{x}}$$で粒子が検出される確率を意味している。私の理解する限りではこの解釈に数学的な根拠はなく、ただシュレディンガーかボルンが唐突に考えついたもので、しかし実験と整合しているため今日まで支持されている。

 美少女についても、私は同じ確率解釈を適用する。人間やその他の情報ノードが連なってできた情報ネットワークの上で、美少女が誰のもとにどのくらいの確率で見出されるか、ということを表すのが美少女波動関数である。実際には、物語は複数のノードにまたがって「伝わっている」のだが、いざ影響を及ぼす時には局所的などこかに美少女として「現れている」ように見える。

 シュレディンガー方程式を解いて$${\psi(t,\boldsymbol{x})}$$を求めるためには、いくつかの仮定と多少の数学的なテクニック、そしてコンピュータによる数値計算を必要とする。ここではその詳細には立ち入らない。ポテンシャル$${V(\boldsymbol{x}}$$の具体的な形と、適当な二つの位置での$${\psi(t,\boldsymbol{x})}$$の値が与えられれば、$${\psi(t,\boldsymbol{x})}$$の具体的な形とエネルギー$${E}$$を求めることができる。

 有限な井戸型ポテンシャルと呼ばれる単純な系(物理学では、異なる材料の半導体を貼り合わせた系などがこれにあたる)について、美少女シュレディンガー方程式を解いた結果だけを以下に示す。

 シュレディンガー方程式

$$
E\psi=\left\{ -\frac{\hbar^2}{2m}\frac{\partial^2}{\partial x^2}+V(x) \right\}\psi
$$

と、ポテンシャル

$$
V(x)=\left\{
\begin{array}{l}
V_0 > 0 \quad (x < -d/2, \ d/2 < x) \\
0 \quad (-d/2 \leq x \leq d/2) \\
\end{array}
\right.
$$

に対して、波動関数はおおよそ下図のような形になる。

有限な一次元井戸型ポテンシャルに対するシュレディンガー方程式の解。波動関数$${\psi}$$の形は存在確率の密度分布を表し、エネルギーの値を表すものではない

 まず、美少女のエネルギーが井戸型ポテンシャルの深さよりも大きい場合($${E > V_0}$$)、美少女は一つ所に留まらず、一方からやってきてポテンシャルを飛び越えてもう一方へ進んでいく。図では左からやってきて右に抜けていく場合を描いた。ただし、ポテンシャルに差し掛かると、井戸に「引き込まれる」ようにして振幅と波長が少し小さくなり、ポテンシャルを乗り越えても小さいままになる。この減った分は、物理学に倣えば「元来た方向に反射された」と解釈される。

 一方、美少女のエネルギーがポテンシャルの深さよりも小さい場合($${E < V_0}$$)、美少女はポテンシャルの中に束縛される。図では井戸の中に山が一つある場合、山と谷が一つずつある場合、山が二つ谷が一つある場合、を描いており、実際には山や谷がもっと多い場合も考えられるが、ともあれこれらの山や谷の部分に美少女が観測されやすい。そして、山が一つの場合と山一つ谷一つの場合の中間はない。山二つ谷一つの場合との中間もだ。山一つが少し高くなるとか、山一つの位置が少し動くとかいう場合はない。これは、波動関数が三角関数によって表され、三角関数が周期的な関数であることに由来している。ある解がシュレディンガー方程式を満たすとすれば、次に同じ方程式を満たす解は一周期後、ということになる。そして波動関数と同じように、エネルギーも中間のない離散的な(飛び飛びの)値をとることになる。このような離散的な値のそれぞれをエネルギー準位と呼ぶ。

 このようにして求めた波動関数とエネルギーが離散的な値しかとらないということが量子力学の重大な帰結であり、原子核の周りを回り続ける電子の運動について的確な説明を与えた鍵であり、物語から美少女が現れる機構である。連続的で空間中に広がっている波に、環境に由来するいくつかの制約を与えただけで、一番目、二番目……と数えられる離散的な状態だけが許されるようになるのだ。このことは美少女の同一性を担保している。束縛状態にある美少女のキャラクター性は易々と変わることはなく、今のエネルギー準位から別の準位に移るのに十分なエネルギーを与えられない限り、同じキャラクターとしての特徴を保ち続ける。

 さらにもう一つの量子力学の帰結は、粒子なり美少女なりがポテンシャルの中に束縛されていても、小さい確率ながら井戸の外側に観測される可能性がある、ということだ。この現象はトンネル効果と呼ばれている。例えば、ある個人が自分だけの想像の美少女を持っていて、そのことを秘密にしていたとしても、ひょっとすると彼の何気ない挙動が美少女の存在を反映していて、他者が美少女に気付いてしまうことがありうる。美少女が情報としての性質を持っていて、彼の秘密を守る外面というポテンシャル壁に浸透するからこそ起こる現象だ。

 

 現実の現象において、ポテンシャルの形を正確に測定することは粒子でも美少女でも難しい。しかし、水素原子の周りの電子のような単純な系で、電子のエネルギーと位置の確率分布がシュレディンガー方程式に従うことが確かめられている。美少女に適用した時の条件――伝播の様子がニュートン力学に従うこと――さえ成り立っているなら、美少女シュレディンガー方程式はきっと一美少女系の性質を説明することができるだろう。

 もしもニュートン力学に従わないならば、別の運動方程式を仮定すればよい。例えば相対論的な粒子は$${E=mc^2\sqrt{1+(p/mc)^2}}$$に従い、これをもとにした量子力学の方程式はクライン‐ゴルドン方程式とディラック方程式である。美少女が他の美少女と相互作用する場合には、エネルギーのやり取りが高速で行われるため、相対論的な方程式を使った方がよいかもしれない。また、美少女が反応によって生成したり消滅したりする場合には、一美少女の伝播を表す美少女シュレディンガー方程式では状況を記述できない。美少女の数が変わらない場合にしか対応できない波動関数の代わりに、複数の美少女を生み出しうる「場」をより基本的なものとみるよう、理論を拡張する必要がある。

 よって次回は、一美少女系の量子力学を多美少女系の場の量子論に拡張する手続きについて検討する。


用語と記号の解説

$${\partial}$$:

 パーシャルまたはラウンドと読む。偏微分の記号。高校で通常習う常微分$${d/dx}$$とは異なる。微分したい変数$${x}$$が何か別の変数($${t}$$など)の関数になっている場合に偏微分と常微分の区別が必要になる。常微分との違いは「入れ子の中身のことを考慮せず記号$${x}$$で機械的に微分する」というところにある。

対応原理の場合は位置$${x}$$が時間$${t}$$の関数になっており、偏微分と常微分では、

$$
\frac{\partial}{\partial x}e^{kx-\omega t}=\frac{\partial}{\partial x}(kx-\omega t) \cdot e^{kx-\omega t}=ke^{kx-\omega t}
$$

$$
\frac{d}{dx}e^{kx-\omega t}=\frac{d}{dx}(kx-\omega t) \cdot e^{kx-\omega t}=(k-\omega \frac{dt}{dx}) e^{kx-\omega t}=(k-\frac{\omega}{v}) e^{kx-\omega t}
$$

の違いが生じる。


古典力学:

「量子論的な効果を考慮しない力学」のことで、大抵ニュートン力学のことを指すが、相対性理論を考慮した力学も量子論的な効果を取り入れなければ古典力学に含まれる。「古典論」とも呼ぶことがある。量子論的な効果はミクロな粒子について表れるとよく説明されるが、原子核や電子のような小ささでなくとも表れることがある。炭素原子が60個繋がったフラーレン(1ナノメートル程度)は波として干渉を起こすことが知られているし、液体ヘリウムは構成原子のエネルギーが離散的になっている。ある現象が古典論に従うか量子論に従うかは、絶対的な大きさの基準で分かれるのではなく、問題にしている現象のスケールとそれを起こす物質のド・ブロイ波長との比較によって分かれると言う方が幾分か正確だろう。


〈以上〉

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