見出し画像

連続小説1『とある野良猫の一生③』

まえがき

ここまで①、②と『とある野良猫の一生』を読んでださった方、ありがとうございます!

この回でリョクの物語は最終回になります。

まだ①、②を読んでいない方は、ぜひ読んでまたここに戻ってきてください。

それでは本編へどうぞ。

……

僕が話して、シロが聞いてくれる。
シロが話してくれて、僕が聞く。

どこにでもありそうで、ここにしか無い日常が、たまらなく愛しかった。

こんな日常が、いつまでも続けばいいと思った。

でも……。

幸せな日常がいつまでも続くはず、無いんだ。

或る日、僕はいつものようにシロの元へ向かった。あの花を持って。

レンガを上って、いつもシロがいる場所を見たけど…彼女は居ない。

心配になりながら、僕はレンガに上ったまま、家の中を覗く。

すると……居た!

そこには、いつもの愛しい笑顔を浮かべる君がいた。
そして……隣には、幸せそうに笑いながら君に語りかける、黄色の目をした、白黒ぶちの雄猫がいた。

僕は思わず、咥えていた桃色の花を落として、駆け出した。

走って、走って、走って。
何度も転んだ。
でも、もうそんなこと、どうでもよかった。

気が付くと、知らない場所に出た。

湖らしき匂いがする。

匂いのする方へ近づくと、確かにそこには大きな水たまりがあり、疲れていた僕は水を飲んだ。

……しょっぱい。

それは、湖の味ではなかった。
僕は、泣いていたのだ。

それに気づいた僕は、何かのスイッチが押されたかのように泣いて、泣いて、泣いて……。

気が付くと、もう夕暮れ時だ。

どうやら、眠ってしまったらしい。

僕は涙を拭って、元来た道を歩いて戻った。

家に戻ると、もう辺りは薄暗くなっていた。

そこへ、シロが駆けてきて言った。

「リョク!どこに行ってたの?家にも居ないから心配していたのよ?」

「ごめん、シロ。ちょっと、遠くに用があって」

ーーもちろん嘘。

「もうっ、心配させないでよね!」

「ごめんごめん。ところでさ、後ろにいるその猫は誰?」

あのぶち猫が、シロを追うようにして駆けてきているのだ。

「シロ、お前、急に走り出すからびっくりしたじゃないか」

「ごめんなさいね。リョクの気配がしたものだから。リョクに紹介させて」

そういうとシロはこちらに向き直って、

「この猫はオセロよ。私のーー

目の悪い僕でも分かるほどにシロの頬が赤く染まった

ーー恋人よ」

ああ、やっぱりか。
少し、期待はしていたんだけどな。

「よろしく。リョク君だよね?いつも、シロから話を聞いているよ」

「ど、どうも。オセロ」

「もう暗いから、シロと僕はもう家の中へ入るよ。じゃあね」

「またね!リョク」

「うん。ばいばい、シロ、オセロ」

二匹は楽しそうに話しながら、家の中に入っていった。

シロは……僕には見せたことのないような、目一杯の笑顔で笑っていたような気がした。

自分の家に帰ると、言いようのない虚しさが僕を襲った。

当たり前かもしれないけど君は、僕が居なくても笑えるんだね。

もしかしたらシロも僕のことをって思ったこともあったけど、そんなのただの淡い幻想でしかなかったんだ。

一人で期待して。

一人で浮かれて。

一人で落ち込んで。

「……馬鹿みたいじゃん」

そう、呟いた。

そのまま、眠りについた。

翌日、僕はシロたちの元に向かった。

「やあ。シロ、オセロ」

僕は家の中にいた彼女らに声をかける。

「やっほー!リョク」
「おはよう。リョク君」

二匹は僕に気づくと、縁側に出てきた。

「ねえ、リョク。また冒険話聞かせてよ」
「冒険話?僕も聞きたいなあ」

「ごめん、二匹とも。今日はそんな話をしに来たわけじゃないんだ」

「どうしたの?」

シロが問いかける。

「僕、引っ越すことにした」

「どうして?どこに行っちゃうの?」

シロは悲しそうだ。
思っちゃいけないんだろうけど、少しだけ嬉しい。

「引っ越すといっても、そんなに遠くじゃないよ。すぐそばの道路を渡った先の、物置き小屋に住もうと思う」

僕は、シロの質問に半分しか答えられなかった。

君たちを見ているのが辛いからなんて、言えやしない。

「そうなの。でも、いつでも来れるわよね?」

「いや、分からない。いろいろと、しなくちゃいけないことがあってね」

「それにシロ、リョク君が車に轢かれたら困るだろ?」

こいつは、僕とシロが会うのが気に食わないのか?
僕は一瞬だけ、オセロを睨みつけた。

「確かにそうね。寂しくなるわ。リョク、気を付けてね。また絶対会うのよ」

「シロ、ありがとう。君こそ…オセロとお幸せに。またね」

そして僕は、道路を渡り、新しい住処へと向かった。

僕が引っ越して、どのくらいの時が経っただろう。

シロとオセロの間には、三匹の子どもが産まれた。
皮肉にも、その中に僕と同じ色、同じ目をした子がいたんだ。

僕と違って、目は見えるみたいだけど。

僕は今も時々、シロに会いに行っている。

シロは、僕が引っ越す前と何ら変わらぬ様子で、僕と話してくれる。

オセロとも仲良くなった。

話してみると、意外といいやつなんだ。

絶対に信用できるって言ったら、嘘になるけど。

子どもたちは素直でいい子ばかりだ。

きっと、シロの育て方が良いのだろう。

さて、最近シロたちのところへ行っていないから、今日は行ってみようかな。

車が来ていないか確かめ、すばやく道路を渡る。

シロと会えるのなら、道路を渡ることくらいへっちゃらさ。

「リョク!久しぶり!」

「やあ!シロ」

子ども達が駆けてきた。

元気いっぱいの男の子、僕に似た男の子、唯一の女の子。

「リョク兄ちゃん!今日もいっぱいお話して!」
「僕も聞きたい!」
「あたしもー!」

「おおー!みんな大きくなったねえ。今日は何の話をしようかなあ。そういえば、君たちのお父さんは?」

「父さんはね、『びょういん』ってところに行ったんだって!」

僕に似てる子が言う。

『びょういん』か。懐かしい響きだな。

「それよりもお話ー!」

唯一の女の子がねだってきた。

「わかったわかった」

そうして僕は、いつものようにシロとオセロの子ども達にお話をしてやる。

シロに話した時と同じように。

時々考える。もし僕が、シロに自分の気持ちを打ち明けていたら、もっと違った今があったのだろうか、と。

もしかしたら、シロの隣に居たのは僕だったんじゃないか、と。

いまさら過去を後悔しても、もうどうにもならないということくらい、分かっている。

だから

今はこうして、シロの姿を見るだけでいい。毎日会えなくてもいい。

君の笑顔の理由が、例え僕じゃなくても、いい。

高望みはしない。

こうして笑っている子ども達や、オセロと幸せそうに笑うシロを見つめるだけで、いい。

「ーーもう暗くなってきたから、お話はここでおしまい」

「えー、もっと聞きたいよお」

子ども達は息ぴったりだ。

「わがまま言わないの。ほら、リョクにまたねって」

シロが優しくなだめる。

「またねー!」
「ばいばーい!」
「リョク兄ちゃん大好きー!」

子どもたちは、屈託のない笑顔だ。

「またね、みんな。じゃあね、シロ」

「おやすみなさい、リョク」

僕は道路を渡ると振り返った。

……何かがこちらへ駆けてくる。

遠くてよく見えないけど、もしかしてあれは……シロの子ども!?

僕に似ている子が、道路目掛けて走ってくるのが見えた。

車が少ない朝ならともかく、今は車の多い夕方だ。

道路を渡ろうとするあの子に、一台のトラックが唸りながら襲いかかってくる。

そして……

ドンッ

鈍い音がした。

トラックは何事も無かったかのように走り去っていく。

「リョク兄ちゃん!!」

子ども達の声だ。

「リョク!」

シロの声だ。

「母さん!リョク兄ちゃんはね、僕が道路に飛び込んじゃって、トラックにぶつかりそうになったところを……自分から……飛び込んで……わぁぁぁぁん!こめんなさあい!」

母さんは、何も言わなかった。ただ、リョク兄さんを見つめていた。

その瞳から、涙が零れる。

母さんは、泣いた。大声で。僕は母さんが泣くのを初めて見た。

「シ…ロ…ぼく…は…きみがーー

「リョク兄ちゃん!」

ーーだっ……た」

そう言って、リョク兄ちゃんは力尽きたようにぐったりした。

いつの間にか、兄妹も傍に来て、泣いていた。

短い間だったけど、ありがとう。リョク兄ちゃん。

ここは、何処だろう。真っ暗だ。

(……ミィちゃん。ミィちゃん)

ミィちゃん?僕の名前?

違う、僕の名は、リョクだ。

大切な人にもらった、大切な名前。

(……ミィちゃんは、お家でお留守番しててね。ミィちゃんのお兄ちゃん達と、お散歩に行ってくるから。ミィちゃんも、もっと大きくなったら、一緒に行きましょうね)

(……母さん、早く行こうよ。姉ちゃんも待ってるよ!)

これは……母さんと兄さんの声……?
ということは、僕の記憶?

いや、そんなはずはない。

僕はその時寝ていたんだから。

(……ねえ、姉ちゃん。今日は道路の向こう側に行ってみない?)

兄さんと姉さんが、道路へ駆けていく。

それを慌てて追いかける母さん。

そして

何も、見えなくなった。

「ミィ、後ろを向いて?」

「誰?」

そう言い後ろを振り返ると、そこに居たのは兄さんだった。

あのころの、ままだ。

「兄さん!」

「すまない、ミィ。僕のせいなんだ。僕があんなこと言いださなければ。でも、これだけは解ってくれ。僕らはミィを見捨てたわけじゃない」

「兄さん。僕の名前はミィじゃない、リョクだ。いまさら兄さん達にどうこう言うつもりは無いよ。迎えに来てくれてありがとう」

「ミ……リョク。信じてくれてありがとう。さあ、行こう。母さんと姉さんが待ってるよ」

「……うん」

二匹は、母と姉の待つ場所へ駆けて行った。

~終~

あとがき

ここまで読んでくださってありがとうございます。

感謝感激雨嵐です。

よかったら!フォロー!してくれると!跳び跳ねて喜びます( ;∀;)

これからも猫やら人間やらのお話を更新していきます✨

空夢図 梨亜奈

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?