見出し画像

初投稿:短編小説1『一生のお願い』

まえがき

この物語の主人公は「コハク」という黄色い目をした黒猫。「レオン」は「コハク」のお友だちで、灰色の毛並みに黒い縞模様の入った猫です。

ある日の夕暮れ、突然コハクの家を訪れたレオン。レオンはコハクに頼みがあるというのですが、コハクにとってそれは予想もしていなかったことでした。
......

私-コハク-は、家の掃除をしていた。
もうずいぶん人間が住んでいない、荒れ果てた廃屋だ。

「ええと、これはここに置いて、あれは...どこに片付けよう?」

独り身なのに、やけに散らかっている部屋の片付けをしながら、一人言をつぶやく。

コンコン

ふいに入り口を叩く音が聞こえた。
もう日が暮れる頃なのに誰だろうと思いながら出ていくと、そこには見慣れた親友の姿があった。

「あたしだよ。レオンだよ、コハク」

「やっほー、レオン。こんな夕暮れ時にどうしたの?」

「いやぁ、なんとなくコハクに会いたくなって?」

なぜ疑問系なんだという疑問はさておき、

「何かあったんでしょ。私にはお見通しなんだから」

格好つけて言った訳ではない。
レオンの表情がわかりやすすぎるのだ。

「えへへー。実は、お願いしたいことがあるの」

レオンの顔が赤くなっているところを見ると、十中八九、恋愛相談なのだろう。

それにしても、わかりやすい。

「なあに? 何か良いことあったの?」

「そういう訳じゃなくて、えっと...あたしの気持ちを、ソラに伝えてほしいの...」

ソラとは、レオンが惚れている猫の名前だ。
黄土色の毛並みに縞模様のある猫で、綺麗な空色の目をしている。

にしても、何を考えているんだ、この子は。

「はぁ? いくら勇気が無いからって、そんなの自分で伝えなきゃ意味ないよ!」

「で、でも...。お願い!一生のお願いだから!」

今にも泣きそうな顔をして、レオンは言った。
きつく言い過ぎただろうか。
...まぁ、聞き入れてあげてもいいか。後悔するのはレオンなのだから。

それに、一生のお願いをこんなところで浸かっていいのかな?

「うん。わかった、でも」

「ありがとうコハク!我が友よ!」

私が話している途中だというのに、満面の笑みでそう言って抱きついてきた。

「はいはい。でも、人に言ってもらって、絶対後悔しない?」

「...うん。しないよ!お願い聞いてくれてありがとにゃあ」

「どういたしまして。そろそろ帰らないといけないんじゃない?」

太陽は、もう沈みかけている。
夜になると、人間は目が効かなくなるから危険だ。

「気をつけて帰りなよ。レオンが車に轢かれたら、シャレにもなんないよ」

「ふふ。わかってるって。そんなにやわじゃないよ!」

「またね!レオン!」

「...コハク、バイバイ!」

...レオンが最後に少し悲しそうな顔をしたのは気のせいだろうか。
まぁ、気にしないに越したことはない。


レオンが死んだという知らせを受けたのは、翌日の朝早くだった。


「コハク!起きろコハク!」

「うぅ~。眠いにゃあ~。誰よこんな朝早くに。」

入り口へ行くと、伝言係のカラス、クロウが焦ったような悲しそうな顔で立っていた。

「どうしたの?」

「レオンが...レオンが死んだ」

「えっ...?」

「今朝、俺の仲間が見つけたんだ。近くを飛んでいたスズメに聞いたところ、昨日の昼過ぎにはもう、車に跳ねられて...」

「どうして?昨日の昼って、私がレオンと話すより前なのに!車に轢かれたらシャレになんないよって言ったのに。あれが最後だって知ってたら、あんな言い方しなかったのに...!」

頭の中で、レオンとの思い出や後悔が渦巻く。後悔しているのは私のほうじゃん。

「それでな、コハク。レオンに、会いに行ってやってくれないか」

「うん...」

私は塩水が目から溢れ出すのを感じながら、返事をした。
コハクの黒い前足に涙がかかる。

クロウに道を教えてもらいながら、コハクとクロウはレオンの元へ向かった。

そこには、道路端の草むらに力なく横たわる、黒い縞模様の入った銀色の毛並みの親友がいた。
コハクは駆け寄り、

「レオン。ねぇ起きてよ...。こんなところで寝たら風邪ひいちゃうよ?ねぇ起きてってば...!返事してよ!レオンっ!」

その様子を、周りの動物達は何も言わずに、ただ泣きながら見守っていた。

周りを見渡しコハクは思った。レオンは、こんなにも多くの動物に好かれていたのだ。

レオンにもそれを教えてやりたかったが、もう遅すぎた。

私は親友が残してくれた『約束』という名の遺言を伝えなくてはならない。

けど、その『約束』がもう果たせなくなっていることを、周りを見たり、ソラの家に行くまでもなく分かった。

なぜって?

親友の姿を庇うかのように、空色の目をした黄土色の猫が、力なく横たわっていたからだ。

~終~

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?