見出し画像

第157話:富士山を世界遺産に

見出し画像は今朝の富士山です。
左に有明の月が残り、ほんのり朝焼けしていました。

図書館に勤務していた時に日本図書館協会からの依頼で「図書館雑誌」の「れふぁれんす三大噺」というコーナーに原稿を寄せたのですが、昨年、『れふぁれんす百題噺』として書籍化された際に採録されました。
ふと、この朝焼けの富士を見ながらそのことを思い出し、引っ張り出してみました。

こんな文章です。

『れふぁれんす百題噺』

■富士山を世界遺産に!

富士山を世界遺産に!ということで、静岡県でも平成18年度から「世界遺産推進室」が設置され、本格的に富士山の世界遺産登録へ向かって歩みだしました。当館にもその世界遺産推進室から様々なレファレンスが舞い込んできます。

これはその中のひとつ。万葉集の山部赤人の歌、「田子の浦ゆうち出でてみればま白にぞ富士の高嶺に雪はふりける」の「田子の浦」の場所について、現在の田子の浦とは違うことが書かれている文献を急いで用意して欲しいという依頼です。

まず、地名辞典。『角川地名大辞典』『日本歴史地名大系』に当たります。他説の存在を窺わせながらも、前者は「蒲原町の海岸、吹上の浜を中心とした付近一帯」、後者は「蒲原、由比、興津付近」としています。示している範囲に差はありますが、古代の田子の浦を現在の田子の浦より西の海岸としていることでは一致しています。

現在の田子の浦は富士川の東にありますが、古代の田子の浦は、富士川より西、清水に至る前の海岸一帯を指していたことになります。『続日本紀』や『風土記』、また駿河の基本的な地誌である『駿国雑志』でも、田子の浦が「富士」ではなく、「庵原郡」にあったことが辞典の記載から確認できます。

また、万葉集の関係から『歌ことば歌枕大辞典』『万葉集地名歌総覧』や『万葉集注釈』などの注釈書や解説書にも当たりましたが、同様の内容が確認できました。

『万葉集注釈』の中で沢潟久孝氏は、「山陰からはずれて、富士の秀嶺のあざやかに見さけられるところへ出て眺めると、といふ事を『田子の浦ゆうち出でて見れば』と云ったのである」と書いていますが、山あいを抜けて開けた視界に見渡される富士は、さぞ旅人の心を感動させたであろうと推測できます。

遠く望めば美人の如し」と北村透谷は富士の美しさを表現しましたが、東名高速を清水から富士に向かい、薩埵トンネルを抜けたときに目に飛び込んでくるこの富士は、思わず目を奪われてしまう涼やかな美人のごときです。
薩埵の東、由比には東海道広重美術館がありますが、広重の保永堂版「東海道五十三次・由比」で、旅人によって峠から覗かれた白い富士も気品に満ちた素晴らしい富士だと思います。

雑誌記事の検索でもヒットがありましたが、世界遺産推進室では『日本歴史地名大系』の記述の中に静岡県史を出典とする記述があり、手もとにある県史でその記述を確認、それを使いたいということで落着しました。

画像1

『れふぁれんす百題噺』の書誌
JLA図書館実践シリーズ 42
著者・編者:槇盛可那子・樋渡えみ子編著
発行:日本図書館協会
発行年:2020.06
判型:B6判
頁数:255p
ISBN:978-4-8204-2003-3 本体価格:1,800円
内容:レファレンスサービスには,知識とスキルの両方が必要です。これは経験を通じて身につけることはできますが,学習で補完するには実際のレファレンス事例に学ぶ方法もあります。本書は,中堅司書とベテラン司書のコンビが,『図書館雑誌』に連載中の「れふぁれんす三題噺」(2006年から10年間)に掲載されたものから100題を取り上げて,コメントを付しました。初めてレファレンスサービスの担当者になった方,一人職場で周囲からノウハウを得にくい方の学習の支援に,さらには図書館利用者の方々にもレファレンスの楽しさを実感していただける一冊です。

日本図書館協会HP




以下には「図書館雑誌」の「れふぁれんす三大噺」に書いた上記以外の原稿を備忘録として書き留めておきたいと思います。

図書館雑誌掲載記事

(図書館雑誌:144回:2007.11月号)

タイトル:「文化の上の図書館から」

静岡県立中央図書館は日本武尊にゆかりの「草薙」の丘の上にあり、東に日本一の山である富士を仰ぎ、西に家康ゆかりの駿府を見下ろす位置にあります。蕃所調所、昌平坂学問所などの幕府の公的機関から「駿府(静岡)学問所」へ移された江戸幕府旧蔵書を引き継ぎ、これを「葵文庫」と呼び、次代に残す貴重なコレクションとして所蔵しています。
そうした文化の重さを担う一方で、「調べる・考える・解決する」をスローガンに、レファレンスを軸にした市町立図書館支援、ビジネス支援等に取り組んでいます。
秋に静岡県図書館協会が主催する図書館大会が開かれますが、昨年は参加者が1.000人を越えました。図書館を支えてくださる方々の熱意に支えられながら、新しい図書館に向かって日々を積み上げているところです。
ビジネスから郷土史まで利用者から寄せられるレファレンスは実に様々ですが、ここではその様々なまま三つのレファレンスをご紹介したいと思います。

■その1:富士山を世界遺産に!

(前掲)

■その2:統計の迷路?

ある方がカウンターにやって来られました。平成9年の「退職金制度・支給実態調査」というタイトルの統計データをお持ちになり、「この最新のものが見たい。調べたがどうしても見つけられない」と言います。

統計のタイトルがわかっているので、そのまま統計データポータルサイトでフリーワード検索します。検索結果から『賃金労働時間制度等総合調査』に載っている統計だということが分かりましたが、そこには平成9年のデータしかありませんでした。

そこで当館のOPACで『賃金労働時間制度等総合調査』を検索すると平成12年までがあり、一覧の中に『就労条件総合調査 平成13年度』があります。書誌を確認すると、この年度から改題されていることが分かりました。これがこの方の「わかりにくさ」のひとつの原因であったと思われます。『就労条件総合調査』で再検索すると、18年度版までの所蔵が確認できました。

しかし18年度版を開いてみると、今度は退職金についてのデータの掲載が確認できません。そこで、調査報告書の(参考)に掲載されている「調査項目とその調査年」を確認すると、退職金に関する調査は、平成では、元年、5年、9年、15年と不定期な調査年になっていることが分かりました。15年以降、16~18年には退職金の調査項目がなく、次の調査がいつ行われるのかもはっきりしません。これもこの方の「わかりにくさ」の原因であったと考えられます。

この『就労条件総合調査』は、毎年1月に実施されており、今年度の調査は既に終わっています。そこで担当部局である厚生労働省統計情報部賃金福祉統計課に問い合わせてみました。すると、退職金関係の調査は19年度も未実施、20年1月に実施予定であるという回答を得ました。したがって、現在提供できる最新のデータは平成15年1月の調査結果ということになってしまいました。

以上のことを伝えながら、『ビジネスデータ検索事典』等に示されている退職金についての調査、統計を併せて紹介しましたが、統計は時に思わぬ迷路に迷い込んでしまうことがあります。改題や実施年にも注意が必要ですし、この間は、母集団の異なる「本調査」と「簡易調査」を同列に比較してしまい、「おかしい」と言って相談に来られた方もいました。

ごく基本的なことではありますが、こんな例に出会うたびに「資料はよく読まなければいけない」と、再認識をしています。

■その3:中学生や高校生

中学生や高校生から質問を受けることはあまり多くありません。勿論全くないわけではなく、魚や川や海について古い文献を網羅的に調べているスーパー高校生がカウンターに腰を据えていたり、調べ学習で訪れた中学生に取り囲まれることもあります。ただ、やはりそれらは特殊な例であると言わなければなりません。

ですから、質問が来たときにはちょっとうれしくなります。この間は中学生から「バスケットボールの本を紹介して欲しい」という電話がありました。かなりアバウトです。いろいろ聞いて本を紹介するのもひとつの方法でしょうが、「よかったら検索の仕方をご案内しましょうか。このままインターネットが使えますか?」と聞いてみます。今時の中高生は大概大丈夫です。そこで「おうだんくん」という静岡県の図書館横断検索システムを紹介しながら、最寄りの図書館の本を見ること、他の図書館の本も取り寄せられることを伝えます。

つい先日は、高校生から「2年前の静岡新聞浜松版(原紙)の複写が欲しい」という電話が来たので、これもチャンスと思い、HPから「県内雑誌新聞総合目録」を開き、所蔵館を一緒に検索しました。「電話をかけて複写依頼について聞いて下さいね」と言うと、「へぇー、こんなふうになってるんですね」と驚いてくれました。
こちらもうれしくなります。次代を担う若い力がどんどん「調べ方」を身につけてくれればいいと考えます。

最近、「調べ方」を案内することは大切だと思うようになりました。そんな当然なことを今更、と思われるかもしれませんが、忙しくてつい粗略になっていたり、あるいは逆に丁寧な回答を用意しすぎてしまったりしていると感じることがあります。
一緒にレファレンスを担当している仲間は、回答と同時に「こうして調べました」と付け加えたり、本の検索を頼まれると、「あちらでご一緒にやってみますか」と、さりげなく、でもせっせと声を掛けています。いつも必ずできるわけではありませんが、そういうちいさなひとつひとつの案内が利用者の力になっていると感じるわけです。

回答に丁寧なお礼を言ってくださる方も多く、それは私たちにとって大きな励みであるわけですが、「すごいですね。そうやって調べるんですね」と言われると、なんだか少し進む方向が見えたような、ちょっとまた別口のうれしさを感じたりしているこのごろです。


■土竜のひとりごと:第157話

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?