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万葉の「田子の浦」は「田子の浦港」?

見出し画像は今朝の富士山です。左に月が残り、ほんのり朝焼けしていました。

それはともかく、・・そう言えばこんなこともあったとふと思い出し、昨年、本に載った原稿を紹介してみます。
図書館に勤務していた頃、「図書館雑誌」という雑誌からの依頼で、その雑誌の「れふぁれんす三大噺」というコーナーに書いたことがありましたが、それが新たに書籍化された『れふぁれんす百題噺』に採用していただいたものです。

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レファレンスといってもなかなか一般の方にはなじみがないと思います。認知度を上げるために図書館コンシェルジェと言ったりもしましたが、多分、それもご存じのない方が多いと思います。
簡単に言えば、図書館に質問を寄せると図書館員が図書館資料をもとに調べて回答してくれるというサービスで、利用すればかなり便利なサービスですが、また調べる図書館員は結構に骨の折れる仕事ではありました。

例えばこんな質問。
・日本永代蔵が書かれた頃のお金は今のいくらぐらい?
・勅撰集21代集の中で富士を読んだ歌を全部教えて。
・時計のシェアと○○株式会社の決算公告が知りたい。
・般若理趣経の本文が見たい。
・旧道路法が官報に掲載された日を知りたい。
・『伊豆の踊子』にコレラ流行の記述があるが、実際の記事はないか?
・看護現場の接遇、ストレスコーピングの論文を探して。
・静岡県の自動車の販売台数を平成5年から知りたい。
・退職金に関する統計と裁判での判例を見たい。
・子供の空間把握の能力に関する論文を探している。
・朝鮮通信使が家康と会った日を知りたい。
・昭和30年から35年までの浜松市4町村の農業人口は?
など、経済・法律・文学・歴史・・あらゆるジャンルが問われ、インターネットでは調べられない一日に寄せられる30件ほど?を、書庫に潜って文献を漁る悪戦苦闘の日々でした。



前置きが長くなってしまいましたが、以下、静岡県の世界遺産推進室から、万葉集に歌われた「田子の浦」の場所についての根拠となる文献の問い合わせに関する文章です。


富士山を世界遺産に!

富士山を世界遺産に!ということで、静岡県でも平成18年度から「世界遺産推進室」が設置され、本格的に富士山の世界遺産登録へ向かって歩みだしました。当館にもその世界遺産推進室から様々なレファレンスが舞い込んできます。
これはその中のひとつ。万葉集の山部赤人の歌、「田子の浦ゆうち出でてみればま白にぞ富士の高嶺に雪はふりける」の「田子の浦」の場所について、現在の田子の浦とは違うことが書かれている文献を急いで用意して欲しいという依頼です。
まず、地名辞典。『角川地名大辞典』『日本歴史地名大系』に当たります。他説の存在を窺わせながらも、前者は「蒲原町の海岸、吹上の浜を中心とした付近一帯」、後者は「蒲原、由比、興津付近」としています。示している範囲に差はありますが、古代の田子の浦を現在の田子の浦より西の海岸としていることでは一致しています。
現在の田子の浦は富士川の東にありますが、古代の田子の浦は、富士川より西、清水に至る前の海岸一帯を指していたことになります。『続日本紀』や『風土記』、また駿河の基本的な地誌である『駿国雑志』でも、田子の浦が「富士」ではなく、「庵原郡」にあったことが辞典の記載から確認できます。
また、万葉集の関係から『歌ことば歌枕大辞典』『万葉集地名歌総覧』や『万葉集注釈』などの注釈書や解説書にも当たりましたが、同様の内容が確認できました。『万葉集注釈』の中で沢潟久孝氏は、「山陰からはずれて、富士の秀嶺のあざやかに見さけられるところへ出て眺めると、といふ事を『田子の浦ゆうち出でて見れば』と云ったのである」と書いていますが、山あいを抜けて開けた視界に見渡される富士は、さぞ旅人の心を感動させたであろうと推測できます。
遠く望めば美人の如し」と北村透谷は富士の美しさを表現しましたが、東名高速を清水から富士に向かい、薩埵トンネルを抜けたときに目に飛び込んでくるこの富士は、思わず目を奪われてしまう涼やかな美人のごときです。薩埵の東、由比には東海道広重美術館がありますが、広重の保永堂版「東海道五十三次・由比」で、旅人によって峠から覗かれた白い富士も気品に満ちた素晴らしい富士だと思います。
雑誌記事の検索でもヒットがありましたが、世界遺産推進室では『日本歴史地名大系』の記述の中に静岡県史を出典とする記述があり、手もとにある県史でその記述を確認、それを使いたいということで落着しました。


以上です。

もしレファレンスに興味がありましたら、国立国会図書館のHPの「レファレンス共同データベース」を覗いてみてください。図書館も頑張っています。


※参考(写真と以下の書誌情報は日本図書館協会HPより引用)
『れふぁれんす百題噺』
JLA図書館実践シリーズ 42
著者・編者:槇盛可那子・樋渡えみ子編著
発行:日本図書館協会
発行年:2020.06
判型:B6判
頁数:255p
ISBN:978-4-8204-2003-3 本体価格:1,800円
内容:レファレンスサービスには,知識とスキルの両方が必要です。これは経験を通じて身につけることはできますが,学習で補完するには実際のレファレンス事例に学ぶ方法もあります。本書は,中堅司書とベテラン司書のコンビが,『図書館雑誌』に連載中の「れふぁれんす三題噺」(2006年から10年間)に掲載されたものから100題を取り上げて,コメントを付しました。初めてレファレンスサービスの担当者になった方,一人職場で周囲からノウハウを得にくい方の学習の支援に,さらには図書館利用者の方々にもレファレンスの楽しさを実感していただける一冊です。

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