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第160話:図書館のレファレンス

■レファレンスサービスとは?

レファレンスサービスとは、利用者からの疑問や課題を図書館資料を提示、またはそれを使って解決のお手伝いをするサービスです。「この本、論文はありますか」という蔵書所在調査のほかに、質問の内容自体を調査する事実調査があります。

例えばこんな質問です。
・日本永代蔵が書かれた頃のお金は今のいくらぐらい?
・勅撰集21代集の中で富士を読んだ歌を全部教えて。
・時計のシェアと○○株式会社の決算公告が知りたい。
・般若理趣経の本文が見たい。
・旧道路法が官報に掲載された日を知りたい。
・『伊豆の踊子』にコレラ流行の記述があるが、実際の記事はないか?
・看護現場の接遇、ストレスコーピングの論文を探して。
・静岡県の自動車の販売台数を平成5年から知りたい。
・退職金に関する統計と裁判での判例を見たい。
・子供の空間把握の能力に関する論文を探している。
・朝鮮通信使が家康と会った日を知りたい。
・昭和30年から35年までの浜松市4町村の農業人口は?

経済・法律・文学・歴史・・あらゆるジャンルが問われ、インターネットでは調べられない一日に寄せられる30件ほどを、書庫に潜って文献を漁る悪戦苦闘の日々でした。

図書館はレファレンスに力を入れているのですが、一般の方にはなかなか認知されていません。近年ではホテルにならって、図書館コンシェルジェなどと言ったりもしていますが、あまり効果はないようです。
ただ、知っていれば非常に有益なシステムで、興味のある方は国立国会図書館のレファレンス共同データベースをご覧になると良いと思います。大変に面白いデータベースです。

そうした質問に対する回答への調査のノウハウを図書館は日々積み重ねていて、無論、全てが整理されているわけではありませんが、「この関連の情報を知るにはこういう資料や調べ方がある」という「知」を膨大に蓄積しています。
それは学校教育においても、例えば「探究学習」の手掛かりであったり、目的にもなり得るもので、「図書館」に留めておくのは惜しいものだと思っています。


■事例


ここでは、図書館に勤務した時に研修や広報誌に書いた、言わばレファレンスサービスのCMのための原稿のうち、一般の方にも軽い読み物として読んでいただける可能性のあるものをピックアップして載せてみたいと思います。

個人的な備忘録とお考え下さい。

長文ですし読者の方々には読まれる必要は全くありませんが、もしそれでも読んでいただける方がいるとすれば、目次で興味のあるものを選んでいただき、図書館の業務にレファレンスというものがあり、そこではこんなこともやっているんだということを知っていただければと思います。

Q1:おソースは不適切か?

「おソースは不適切か?」という質問が寄せられました。言葉遣いに関するレファレンスも時々ありますが、言葉遣いの正しさ自体が流れの中で揺れている状態であり、また資料によってまちまちな場合も多く、なかなか回答が難しい問題です。

この質問は外来語に「お」を付けるかという問題になりますが、確かにあまり一般的ではなく、他には「おビール」「おトイレ」くらいしか思いつきません。しかし、夕飯の食卓でお母さんが子どもにいかにも言っていそうなことばです。

まず、基本ですので『日本国語大辞典』に当たってみます。「お」の項の補注にはこの接頭語の用いられ方の流れが記されており、その最後には「漢語には『御(ご、ぎょ)』を用い、和語には『お』『おん』が付くのを原則とする」と書かれています。外来語については記載がありません。

あとは個別にこの用例が確認できるものを探していきます。公的機関の発行物で頼りになるのが国立国語研究所の『言葉に関する問答集』や、文化庁の『国語に関する世論調査』ですが、ラッキーなことに後者に美化語の問題として「おソース」も取り上げられていました。しかし、分析や判断はありません。

平成18年世論調査では「お」を付けるとした人が1.6%(平成8年では3.9%)でした。一緒に取り上げられている「おビール」はもっと低い値です。『言葉に関する問答集』にも記載はありましたが、一般に外来語には「お」はつきにくいとされるが、あわないと感じる人もいれば気にしない人もいるという内容が書かれているだけです。これらの事実を回答するしかなさそうです。

「美化語」ということばから、文化審議会が答申を出して話題になったことを思い出し、インターネットを検索すると、文化審議会敬語小委員会の敬語の指針(答申案)がヒットしました。
しかし、やはり外来語と「お」に関する記述はありませんでした。ただ、この答申案の第1章には「敬語についての考え方」として現代における敬語をどうとらえるかが書かれています。

敬語の使用を固定的に考えるのは適切でないという基本的な考え方のもとに、明らかな誤用は避けつつも、人間関係や場の状況に応じた「自己表現」(主体的な選択や判断による表現)であるべきだという指針を示しています。

この問題の回答と直接結びつかないかもしれませんが、ことばへの理解が表層的、画一的なものに終わらないために併せて提示してみたい資料だと考えました。

Q2:お名前をいただけますか?

「お名前いただけますか?は正しい日本語か、という質問が市立図書館から寄せられました。ビジネスマナーの本を見ると「正しい」とする資料と「誤り」とする資料の両方があるということです。

言葉遣いに関するレファレンスも時々ありますが、新しい言葉遣いの正しさについては、正しさ自体が流れの中で揺れている状態であり、またこのケースのように書かれた資料によってもまちまちな場合が多く、なかなか回答が難しいレファレンスです。

まず基本ですので『日本国語大辞典』を引きます。もちろん記載はありませんが、該当の項目のイメージはつかめます。
「補助動詞だろうな。お名前をおっしゃっていただけますか、が省略されたんだろう」と推測してみますが、推測にしか過ぎません。

あとは個別に、この用例が確認できるものを探します。公的な機関の発行物で参考になるものに、国立国語研究所の『言葉に関する問答集』や、文化庁の『国語に関する世論調査』があります。ことばの変化を追いかける資料としておもしろいものですが、取り上げられているのはごく一部です。類似の用法で説明できるものを探しますが、今回は該当がありませんでした。

ビジネスマナー関係の本は既に市立図書館が既に調査済みであるので、インターネットで情報を拾ってみることにします。確かにもう企業の応対のマニュアルの中に登場して例も見受けられました。

そんな中に、札幌市西区役所のHPの中に、市民の「ご意見」に答えるという形で、国立国語研究所に問い合わせた回答の内容が書かれていました。要旨は次の通りです。
①「名前」と「いただく」の間に「教える」などの言葉が省略されているので適当ではない。
②「お名前をおしえてもらえますか」「お名前をうかがえますか」と言うほうが、より良い。
③近年、民間で使用され、世間では意味が通じるようになっている。

「適当ではない」と言いながら、どこか歯切れの悪さが伝わってきます。これも2005年12月の質問であり、2年間でまた変化があるのかもしれません。調査した内容を「あるがまま」にお伝えするしかありません。

Q1にも書きましたが、文化審議会国語分科会敬語小委員会の「敬語の指針(答申案)」の「基本的には自己表現(主体的な選択や判断による表現)であるべきだという指針」に依る柔軟な考え方が大切だと考えました。

Q3:ラーメンの日本初登場はいつ?

こうした「食」のルーツを調べたいとき、その入口として『たべもの起源事典』(東京堂出版)が役に立ちます。
 
質問に関連する記述を拾ってみましょう。
日本には肉食忌避の思想があり、明治まで豚肉や豚脂を使う中国麺料理への関心はなかった。明治、大正にはラーメンらしき麺が活発に作られたが、文献への初出は、昭和四年『料理相談』に「シナそば」、二十五年『西洋料理と中華料理』に「ラーメン」が確認できる。戦後の飢餓の中で今日的ラーメンが発祥、爆発的に広まる。

さらに「シナそば」を引くと、ラーメンの明治大正の動向が分かり、また「肉食解禁」の項には、天武天皇の殺生禁断の詔から、明治天皇の肉食解禁宣言までが簡潔に記載されています。

ラーメンの他にも、小麦、マグロ、お子様ランチ、回転寿司など、様々な食の話題が盛られ、巻末の文献一覧では、古今の料理関連文献を通覧することもできます。

他に『世界たべもの起源事典』があり、『すしの事典』『たべもの日本史総覧』など多くの類書もあります。
食は生きる基本であると同時に、文化であり、工夫を凝らして豊かさを求めた人間の軌跡でもあります。豊かな食文化の世界を楽しんでいただければと思います。

Q4:昔見た新聞記事を探したい

こんなふうに思ったことのある方は、結構いらっしゃるのではないでしょうか。新聞はホットな話題としても膨大な歴史資料としても貴重な情報源ですが、求める記事を探し出すことがとても難しいことが難点でした。

こんな問題を解決してくれたのが新聞記事データベース(以下DB)です。例えば質問のように「十年前の記事を見たい」という要求にも「給食費未納関連記事を通覧したい」などという場合でも、キーワードひとつで即座にそれらを見つけ出してきてくれます。

図書館では三紙のDBがあります。(年表示は検索可能な期間)
①「静岡新聞記事データベース」1988~ 
②「日経テレコン」(日経新聞など)1984~ 
③「聞蔵Ⅱ」(朝日新聞の記事DB)Ⓐ1945~1985、Ⓑ1985~
基本的には記事全文の検索が可能ですが、朝日新聞のⒶの期間に関しては、見出しと記事につけられたキーワードが検索の対象になります。

試みに「聞蔵Ⅱ」で「携帯電話」を検索してみると、懐かしいショルダーホンの写真がありました。また「ケータイ」で検索してみると、一番古いのは平成七年九月の記事でした。携帯電話が「電話」から「電話でないもの」に変質していくひとつの分岐点に相当する時期を示していると言えるでしょうか。
新聞記事DBは「あの時」に連れて行ってくれる「タイムマシン」のごとき逸物と言えます。

Q5:四月一日という姓は何と読む?

漫画の主人公の名前に使われ、多くの中高生は難なくこれを読むようです。答えは、そう「ワタヌキ」ですね。

人名の読みを調べるには『苗字8万よみかた辞典』『名前10万よみかた辞典』などをはじめ人名事典も数多くあり、例えば点訳に携わる方など、正確な氏名の読みを必要とする場合に大切な情報源となっています。

いま『難読・稀少名字大事典』という資料を手に取ってこれを調べると、読みと共に簡潔な由来も記載されていました。

古来日本では旧暦四月一日からが夏。この日に衣替えが行われ、綿入れから綿を抜き袷にすることから「ワタヌキ」と読まれたとあります。なかなか味な名字ですね。

難読クイズには目を輝かせる生徒も多いと思いますが、他にもこんな名字があります。
・八月一日(ほずみ)←収穫の無事を祈って稲の穂先を摘み神に供える
・十(もげき)←木という字の払いがもげている
・月見里(やまなし)←月がよく見える里
・分目(わんめ)→五十音に配列すると最後に来る名字

私事になりますが、学生時代に「東海林」という友達がいました。初めて会ったとき、私が「しょうじ君」と呼ぶと、彼は「とうかいりんです」と答えました。なんとも複雑なことですが、こうした複雑さこそ愛すべき文化の厚みと言えるかもしれません。

Q6:六月はなぜ水無月なのか?

暦関係の本、あるいは語源辞典でもこの回答を引き出せそうですが、今日は国語辞典を引いてみたいと思います。

国語辞典には、『広辞苑』や『新明解国語辞典』など個性的な辞書が多くありますが、私たちがまず手に取るのが、小学館の『日本国語大辞典』です。
この辞書(第二版)は、全13巻、収録語数約50万語の日本最大級の辞書です。収録語は日本の古代から現代までを網羅。現代の意味は勿論、語源や意味の変遷、出典、例文、アクセント、方言まで押さえることができる大変優れた辞書です。

「水無月」の語源を確認してみると、語注には、《「な」は「ない」の意に意識されて「無」の字があてられるが、本来は「の」の意で「水の月」「田に水を引く必要のある月」の意だろうという》と書かれていました。水底みなそこ、水上みなかみの「ナ」と同じように考えられるということになります。

ただ、語源については諸説があり、それぞれをまず平等に受け止める必要があります。『日本国語大辞典』はこれとは別に11の語源説を紹介していますが、こういう客観的性がこの辞書の心強いところです。

陰暦六月は実際の季節感では現在の七月に相当すると言われていますが、これから始まる梅雨の季節、まさに水と深く関係する月と言えます。

ついでながら、今日、六月五日は二十四節気の「芒種ぼうしゅ」。芒のぎのある穀物、稲や麦を播く時期と言われます。太陽の黄経が七十五度。この角度が八十度に達する六月十日、暦の上では入梅となります。まさに梅雨直前の今日ということになりましょう。
鬱陶しい季節ですが、実りに向かって種を播く大事な季節でもあります。

Q7:『○○風』という言葉を一覧したい

会報に「○○風」という名前をつけたいが、末尾に風のつく字を一覧できないかという問い合わせです。

その分野の書架には、大抵その分野のことばや事項を説明した「ジテン」が置かれています。風についても、いくつかの「風の事典」があって風の名前を教えてくれるわけですが、こんなふうに語の末尾の同じことばを見つけたいとき、その存在を知っていると便利なものに「逆引き辞典」があります。

ご存知のとおり、国語辞典は語の頭字の五十音で並べられていますが、「逆引き辞典」は末尾の字を基準に配列されています。「風」を引くと、北風、白南風(しらはえ)、つむじ風、筑波東北風(つくばならい)、あるいは痛風、永井荷風まで、「風」を末尾に持つことばの一覧が得られることになります。

代表的なものに、岩波書店の『逆引き広辞苑』、三省堂の『漢字引き・逆引き大辞林』があります。同種のことばが並ぶので類語辞典の役割も果たしてくれますし、未知のことばにたくさん出会えるとても愉快な辞書です。俳句をひねる、コピーを考える、ネーミングの参考にするなど、ことばを駆使したいとき大いに役立つ一冊です。

ちなみに『漢字引き・逆引き大辞林』には風で終わることばが四二九語載っていました。いくつ言えるかゲームができそうです。

全くの蛇足ですが、「恋風」という言葉が目に留まったので、これを国語辞典で調べてみました。「身にしみるような恋心」だそうです。悲恋、失恋、片恋、忍ぶ恋・・「逆引き辞典」でも、どうやら「恋」は哀しく切ないものであるようです。

Q8:「オッパッピー」とは何ですか?

私たちが使うことばの中には、業界用語や新語、俗語など、国語辞典に載らないものもたくさんあります。いま流行の「オッパッピー」など、まず『広辞苑』に載るとは思われません。

しかし、そうしたことばも今を生きる私たちには大切なものであり、そんなことばを調べるとき、まず手にしたいのが『現代用語の基礎知識』(自由国民社)です。この本は年次別の事典とも用語辞典とも言われ、国際情勢から若者ことばまであらゆる分野のことばを収集、解説しています。類書に『イミダス』『知恵蔵』がありましたが、これらは二〇〇七版をもって休刊となってしまいました。

ちなみに「オッパッピー」は【そんなの関係ねぇ~】の項の中で説明されていますが「『オーシャン・パシフィック・ピース(太平洋の平和)』を略したものだが、何故、こんな言葉を付け加えるのか全く不明である」と書かれています。

ことばは世相を反映します。今を解説するこうした資料は、時代の空気を読む貴重な資料ともなります。「オッパッピー」が流行った今を百年後の人はどう分析するのでしょうか。楽しみなところです。

九八年版別冊付録に『現代用語20世紀事典』があり、百年にわたって「ことば」を通覧できます。また「学習版」も出ています。ぜひご覧になってください。

Q8:来年の春分の日は何日?

ご質問のように、春分の日と秋分の日は年によって日が変動します。これはこの両日が、日付ではなく、太陽が春分点、秋分点を通過する日と定められているためです。

この日を計算して決定するのは国立天文台の暦計算室。そしてそれは「暦要項」として、二月一日付の「官報」に発表されます。「暦要項」には祝日、日曜表、二十四節気、朔弦望、日食、月食等も掲載され、まさにここに翌年の暦の基本が示されることになります。

「官報?」と思う方がいらっしゃるかもしれませんが、官報は「国の機関紙」です。例えば法令の公布は官報で行われ、官報掲載日が法令の公布日となります。また、新札のデザイン変更、国会関係、皇室動静、国宝、絶滅危惧野生動植物、帰化情報など、あらゆる公的情報が掲載されますので、私たちの生活や仕事につながる基本的な情報源と言えます。

七月二日は官報の誕生日でした。第一号は明治十六年発行。今年、百二十五歳。当館では、すべての官報が閲覧できるほか、昭和二十二年五月三日(日本国憲法公布)以降の記事はDBでキーワード検索が可能です。
ボビーオロゴンが日本に帰化した日を知りたいといった質問にも見事に答えてくれます。
地味で、味も素っ気もないが、最も「基本」。うまく使えば大変「おもしろい資料」です。

Q9:「愛」の説明に参考になる資料?

皆さんは次の一文を読めますか? 
《彼は彼女をと抱きしめた》

漢字のことなら漢和辞典ですが、漢字を問われて私たちがまず手に取るのが『大漢和辞典』(大修館書店)。親文字五万余字、熟語五十三万余語を収録した(全十五巻)世界最大の漢和辞典です。日常、漢和辞典を引く機会は少ないかもしれません。でも、漢字は日本の根幹にある文化ですから、多くの「知恵」を私たちに与えてくれます。

例えば、こんな疑問はどうでしょう。
って何?》

早速「愛」を引いてみると、その解字に、「愛」は「振り向いて見る人のかたち」「ふりむき見るこころのさまからいつくしむの意を表す」と書かれています。皆さんはどんな時に振り返りますか?そんな場面を想像してみると、「愛」の持つニュアンスに近づけるかもしれません。

さて、冒頭の問題ですが正解は、「ひし」です。彼は彼女を強く抱きしめたわけです。
真偽は怪しいのですが、こんなエピソードがあります。ある芝居の本読みの時、大女優がこれを読めなかった。大女優であるプライドが人に聞くことを許さず、周りの人もそのプライドを気遣って教えられない。暫し凍りつくような空気が流れた後、女優は言った。「彼は彼女をギュギュギュと抱きしめた」と。
思わず「ご苦労様」と言いたくなる話ですが、漢字一字にも深いドラマの可能性があるものです。

Q10:現代語から古語を引きたい

短歌を作るとき古語を使いたいのですが、うまく古語を探せません。現代語から古語が引けるような辞書はありませんか?という問い合わせです。

「そんなものはないだろう」と思う方もいらっしゃると思いますが、ご要望の辞書は、そのままズバリ『現代語から古語を引く辞典』というタイトルで三省堂から出版されています。

試しにいくつか、この辞典で引いてみましょう。
【地震】=なゐ
【小便】=いばり・ゆばり・ゆまり・よばり
【恋文】=いろぶみ・かよはせぶみ・くれなゐのふで・けさうぶみ・つけぶみ
「へぇー、なるほど」と人間の発想力にちょっと感心したりもしますが、自分が必要性を感じたものは「きっとある」と思うことも、図書館と付き合う上で大切な考え方かもしれません。

辞書には、類語、死語、名数、アクセント、方言、語源辞典などたくさんの種類がありますが、ちなみにこんな辞書も書架には並んでいます。
『全国幼児語辞典』
『外来語・役所ことば言い換え帳』
『おいしさの表現辞典』
『喜怒哀楽語辞典』
『日本語になった外国語辞典』
『人間装飾語辞典』
『マユツバ語大辞典』
『揺れる日本語どっち?辞典』
『和語から引ける漢字熟語辞典』
『言いえて妙なことば選び辞典』
『忘れかけた日本語辞典』・・・
言語の分類の書架で辞書を見ているだけでも、あっという間に一日が過ごせそうです。

Q11:高校生の身長の今昔

昔に比べ高校生の身長がどれくらい伸びたか分かりますか。できればインターネットで確認したいという問い合わせです。

できる数字を得るために、政府統計に狙いをつけて探してみます。現在、ほとんどの政府統計はWebで見ることができるので、これらをヒットさせれば良質の情報を得ることができます。

検索方法としては、次の二つが有効です。
①政府統計のポータルサイト「政府統計の総合窓口」で調べる。
ドメインを指定して検索し、直接統計をヒットさせる。

まず①ですが、このサイトではキーワード等で統計が容易に検索できます。例えば「身長 推移」と入力して検索。検索された三つの統計表から「平均身長の推移」を選択すると明治33年から平成19年までのデータが得られます。

また②の方法ですが、検索エンジンでドメインを「go.jp」(日本の政府機関)、ファイルタイプを「Excel」(統計表はほとんどがエクセル)とした上で「身長 推移」というキーワードで検索すると、検索結果一覧から先ほどとほぼ同等の統計表を得ることができます。

ドメインは他に、ac.jp(学術機関)or.jp(団体組織)co.jp(会社)ne.jp(個人)などがありますが、go.jp・ac.jpを使えば、かなり信頼できる情報が得られます。

質問の高校生の身長の結果ですが、17歳男子の平均身長でみると、明治33年は157.9 cm、平成19年では170.8cm。百年で約13cm伸びたことになります。

「170cmは欲しかった」・・私を筆頭に、息子に見下ろされるお父さんにとっては悩ましい数字かもしれません。

Q12:ジュビロ磐田のアクセント

ジュビロ磐田のアクセントが共通語と地元で違うために放送上問題になったと聞きました。どういうことか、内容や経緯を教えて欲しいという問い合わせです。

ワタか、ワタか?

問題は「イワタ」のアクセントが共通語と地元では違うことにあるので、まずそれぞれのアクセントの違いを確認してみます。

地名はアクセント辞典には載っていませんが、共通語のアクセントは『日本国語大辞典』に載っていました。それによると、磐田は地イワタと平板に発音されることがわかります。
一方、地元静岡のアクセントを確認する資料としては『静岡県地名読み方おもしろ辞典』があります。市町村別に地名の読み方とアクセントが記されているので、磐田のページを開いてみると、「ワタ」と頭高アクセントで発音されていることがわかります。同じページに☆印をつけて「ジュビロ磐田」は「ジュビロワタ」であることが示されてもいました。

「イワタ」のアクセントと放送

『静岡県地名読み方おもしろ辞典』は静岡新聞社がSBS静岡放送アナウンス部と提携し、読みとアクセントを中心に、地名の「音」を記録するために作られたものですが、なかなかの労作です。
ページを繰りながら、制作意など確認してみようと巻頭を見ると、ジュビロ磐田の話題から「はじめに」が書き起こされています。全くの偶然ですが、その記述はそのままこのご質問の解答を示してくれていました。

それによると、Jリーグにジュビロ磐田が加盟した頃、地元とは違う平板型のアクセントが頻繁に放送で流れたために、磐田の読みが気になるという磐田市民からの声が静岡県内の各放送局に届いたそうです。
「各放送局はそれぞれのキー局に訂正するように連絡し、その結果、磐田の地名は全国的に地元の人たちと同じアクセントで発音されるようになりました」と書かれています。地元の声が放送に反映され、地元のアクセントで、「ジュビロワタ」と発音されるようになったことが確認できます。

別の資料でも確認したいと思い、「ジュビロ」「アクセント」の両面から当館の所蔵資料を検索してみましたが、磐田のアクセントに関する記述に行き当たることができませんでした。

DBで新聞記事を検索してみたところ、静岡新聞(1998年4月25日)にジュビロ磐田の活躍で、「当初はバラバラだった地名の読み方のアクセントまで周知徹底された」という記事がありました。

さらに、検索エンジンgoogleで資料を探すと、「岐阜女子大学紀要」第32号に神田卓朗氏が寄せている論文がヒットしました。地元の発音を尊重して欲しいと、「地元静岡のテレビ局から民放各局のアナウンサールームにFAXが届いた」としています。

また読売新聞社の「新日本語の現場」もヒットしました。新聞に掲載され、中公新書ラクレから同タイトルで出版されてもいます。そこにも『チームから「地元の発音で行ってほしい」という要望があったため』として、ほぼ同内容の記述がありました。

細部に記述の違いは見られますが、これらの資料からも、「イワタ」のアクセントと放送について、その経緯を知ることができます。

地元アクセント

全国的にも、地名は地元と共通語でアクセントが随分異なります。
例えば私たちは「ガノ」と発音しますが、地元では「ナガノ」と平板に発音するようです。
『NHK日本語発音アクセント辞典』は巻末の付録の中で、「青森」「栃木」「萩」などもそうした例として挙げていますが、『静岡県地名読み方おもしろ辞典』も、「地名研究入門」の中で、静岡市の「池田」は地元では「イケダ」と発音し、「沼津」は古くは「ヌマヅ」であったなどという例を紹介しています。
日ごろはあまり意識しませんが、地名の「音」に目を向けてみることも、豊かなふるさとの発見や継承につながるのかもしれません。
さて、「ジュビロ磐田」は今、地元アクセントで紹介されているでしょうか。今度じっくりと聞いてみてはいかがかと思います。

【参考文献】  
『静岡県地名読み方おもしろ辞典』
『日本国語大辞典』
『NHK日本語発音アクセント辞典』

Q13:野草の方言

授業でカラスノエンドウで笛を作って遊びたいのですが、併せてこの草について勉強したいと思います。語源と静岡県の方言では何と言うか教えてください。

土手や野原によく生えている小さなエンドウ豆のような実をつけた草があります。それがカラスノエンドウです。この実の端を爪で切って中の豆を出し、口にくわえて笛にして遊んだことがありませんか。

質問は小学校の先生から。オオバコやクローバーの綱引き、八つ手の実を使った鉄砲、笹舟、シロツメクサの首飾り、どんぐりのコマ・・身近にある植物を使った「遊び」を通して子どもたちに自然やふるさと、あるいは「つくる」ことについて考えさせる実践をされているそうです。

まずは語源。植物の書架に足を運び、植物事典や図鑑、また植物の名前の由来に関する本もいくつか手に取ってみましたが、この草の語源にまで触れているものが見つかりません。エッセイの中でこれに触れているものがありましたが、きちんと確認したいところです。
ならばと平凡社の『大百科事典』に目を転じると、「熟した豆果が黒色になることをカラスにたとえたもの」と書いてありました。また、カラスノエンドウより小型の豆果を持つ種類を、「カラス」と「スズメ」の間(「マ」)ということで「カスマグサ」と呼ぶともあります。小粒ながら、なかなか味な命名です。

次は方言ですが、静岡の方言を調べる代表的な資料としては『静岡県方言辞典』があります。これはさまざまな方言を16分野に分けて配列したものですが、その中の一分野として40種類の植物が掲載されています。また、植物に関しては『静岡県草と木の方言』があり、静岡県の植物1,100種類が採り上げられています。

ともに方言からも和名からも引くことができ大変便利ですが、残念ながら、「カラスノエンドウ」についての記載はありませんでした。

他に地域資料で方言に関係するものには、地域別の方言集や村誌などがあります。これらには各地域で記録された方言が多く収められていますが、今回の質問のように地域が特定されていないケースについて、すべてを確認していくのは効率がよくありません。

そこで地域資料から一般の方言資料に目を転じ、動植物の方言をまとめた『全国方言集覧』に当たってみます。この資料は各都道府県の地域資料を基に調査された内容が掲載されており、静岡県では『静岡県方言辞典』をはじめ、各村誌等、232の文献から、63,226語が収録されています。残念なのは今のところ和名からしか引けず、方言からは引けないということです。

これを引いてみると、「カラスノエンドウ」の静岡県での呼び名として、「シービビ・シビビ」(各地)、「ナメマメ・ナンメー・カーラエンドー」(島田)、「シビビービー」(韮山)などが挙げられていました。

この本は当館では東海編しか所蔵していませんので、これとは別に『日本植物方言集成』という本をのぞいてみると、収録数は少なく、静岡県での呼び名もありませんでしたが、そこには全国の方言がいくつか出ていました。「いらら」「しーびびーやー」「すべべ」「ざーるいっけん」「ぶーまめ」などが挙げられ、全国にはたくさんの楽しい名前があることがわかります。

皆さんの地域ではこれを何と呼んでいるでしょうか。名前はその「もの」を確認する手がかりだとよく言われます。だとすると、名前の独自性と多様性は、私たちの認識の豊かさを表していることになります。
市町村合併が進み、多くの地名が消えていこうとしていますが、合理的、効率的であることが「貧困」につながらなければいいと、この本の圧倒的な名前の羅列を楽しく眺めながら考えてみたりしました。今の子供たちなら、この草にどんな名前を付けるのでしょうか。ちょっと聞いてみたい気もします。

■土竜のひとりごと:第160話

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