見出し画像

カミさんの逆襲

これは若い頃の、まったくの愚話である。
文章中に僕がカミさんを虐待しているように思われる表現があるが、そうではなく、愛情表現と理解していただきたい。

以前に「カミさんのボケ」というのを書いたことがあって、これがカミさんにエラク不評だった。

「私はちょっと言い間違えただけなのに、あれじゃ本当に私がボケているとみんなが思うじゃない。いい加減にして!」という具合である。

僕は近年にない傑作だと思い、息子も読み返してはゲラゲラ笑っているのだったが、それがまたカミさんの癇にさわるらしい。怒るそばから「そんなことで笑ってないで早くお風呂に入りなさい」と湯上がりに汗を拭いている息子に向かって言うから、ますます笑われることになる。墓穴を掘るというやつである。

それでカミさんはよほど悔しかったらしく反撃を開始した。いわゆるカミさんの逆襲である。

この間も僕の声が聞き取りにくかったらしく、
「口の中でボソボソ、モゴモゴ言わないではっきりしゃべってください。入れ歯のないおじいさんのようだわ」
と言う。
「違うよ、耳が遠くなったんじゃない?」
と僕が応酬すると、
「あなたこそ入れ歯作ってあげるわ。モゴモゴしてばかりいるから最近唇に縦じわが入ってきたわよ」
と容赦なく突っ込んでくる。
そこで体落としをかけることになるわけだが、続いて寝技に持ち込むと腕の下で、「う~。そうやって私がボケたらないがしろにするんでしょ。かわいそうな私」とうめいている。とんだ被害妄想である。

こうした直接攻撃もある一方で、ここのところは間接攻撃を得意とし、息子を利用して僕にダメージを与えようという作戦を実行しつつある。この子がまた、僕の美質だけ真似すればいいものを、つまらないところを真似するから、カミさんに揚げ足を取られることになる。

僕は整理ということが苦手で、だいたい出しっ放し、脱ぎっぱなしでいるのだが、息子が制服や勉強道具をほったらかしにしてあると、
「脱いだものはたたむ!物に足はない!」
と僕の方を向きながら息子に言うのである。

あるいは僕は深遠な生きることの疲労感から大概はヘロヘロシナシナと日々を送っているのだが、息子が部活と勉強にくたびれてシナシナしていると、こっちを見ながら、
「胸を張って!シャッキッとする!シャキッと!」
と息子の背中を伸ばしている。
それらは明らかに僕に対する非難のメッセージなのである。


朝、息子を送り出して朝メシのパンを箸でつまんで食べていると、
「あの子も今朝、そうやって箸でパンを食べていました」
と言う。
紅茶を箸でかき混ぜると、
「最近、あの子も箸で紅茶をかき混ぜます」と言う。
みそ汁を食べていると、
「あの子が最近、みそ汁を飲んだ後、お椀を箸でポンポンって2回たたくのよね」と言い、
「今日はあの子が箸で歯に詰まったものを取っていました」
とも言われる。
僕がおかずの中の肉をカミさんの皿に移動すると、
「あの子もそうやってピーマンをのけるのでやめてください」と言い、
息子の行為について、
「私のこと力ずくで寝かそうとするんだけど」とか、
「後ろから首を絞めるんだけど」とか、
そういう訴えが尽きないのである。

僕が家で奇行を取っているようにも思われかねないが、僕は僕なりの愛情表現としてそうしているのであって、それを真似する息子も無器用な愛情表現なのである。

しかし、そういう点を理解しないカミさんにとって、息子は「僕いびり」の格好の素材である。

思春期真っ最中だった息子はニキビ、吹き出物が凄まじい。2日も部活をやらないと背中がボコボコになってしまう。僕はニキビに苦しめられた経験もなく過ごしたので、痒がる息子の気持ちがよく分からない。「お父さんはニキビなんてほとんど出なかったがなあ」と言うと、カミさんがそばで「お父さんには『青春がなかった』の。きっと」と言う。

いくら深海魚のようにひっそりと生きてきた僕にも青春はあったのであって、これは甚だしい侮辱なのである。

ある時は、修学旅行に行く息子がサブバックを探していたので、「お父さんのリュックはどうだ」と背負わせてみると、なんだかだらんとして締まりがない。そこでカミさんが「まったくお父さんのは『何でもたるんでる』のよね」と、のたまったわけだ。

たえず緊張感にあふれ凛々しく生きている僕であるのに、これではまるで僕の精神までもがたるんでいるようではないか。

そこで押さえつけて脇腹を壮絶にくすぐることになるわけだが、手をばたばたさせながら「あなたがそういうことをするからこの子が真似するの」と訴え、さらに足の裏を攻撃すると、「あなたの真似をしてこの子がお嫁さんにそんなことをするようになったら困るでしょう」とうめいている。

全くこれではどういう家族なんだと変な疑いを抱かれかねないが、これはDVではないと再び強調しておきたい。




ある日もカミさんが「クロブタを買いたい」と言う。「クロブタ?」と怪訝に思ったが、「どうしても買いたい」と言うので、「クロブタってそんなにおいしいのか。クロブタってだいたい何だ?」と思いつつ、「チラシが入って、今日、安くなっているから」と言うので、三人で買いに出かけた。

郊外の大型店で何でも置いてある。息子と肉屋の前でカミさんを待ちながら「お母さんがクロブタを食べたいって言うんだが知ってるか」と聞くと、知らないと言う。置いてある肉をずーっと見ていったがクロブタはない。
どこへ行っていたのか、カミさんが大きめの荷物を持ってそこへやってきたので、「クロブタないよ」と言うと、「お肉食べたいの?」と逆に聞かれる。

「クロブタ買いたいって言ってたじゃないか」
と言うと、
「何言ってるの。私が買いたいって言ってたのはフロブタよ」
と言って、手に持っていた荷物を見せる。

風呂のフタであった

フロブタなんて言うか?『お風呂のフタ』って言えばいいだろ!」
「あなたの耳が悪いのよ!」
となったわけだが、これからこんなことが毎日のように起こるのかもしれない。

心して老いねばならない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?