見出し画像

れんげみち

その日 僕の道を
陽があたたかく照らしていた

春が春らしく輝き始めた
田んぼのあぜ道

れんげが一面に咲いていた

おばあちゃんが乳母車を押し
おじいちゃんが鍬をかつぎ
おやじの引くリヤカーを
おふくろが押し
そうして時が
静かに流れていた

決して楽とは言えず
決して豊かでもなかったが
ただ静かに時は流れ
人のために生きることが当たり前だった
限りない
そして無自覚な善良が
そこにはあった

その生き方はちいさくて
何か別の
何か違う生き方があるような気がしたが

春の日のたんぼ道

遠い記憶の向こう側に
僕はときどき
そのちいささを
ふと思い出す

恐らく僕らは
何かに包まれて
ひっそり生きてきたのだろう

人を傷つけることを
恐れなければならない
道を踏み外すことを
しかたがないと言い訳してはいけない

「まっとうに生きなければおてんとうさまに申し訳がない」
おばあちゃんはそう言った
それはどこからわき上がってくる思いであったか

自由など知らず
恐らく自分の幸福すら考えたことがなかった

そういう生きかた

そういう生き方が何であるのか
問うてはいけないような
ちいさくていとおしい生き方

なにもなさない人生そのものが
当たり前のように輝いていた  ・・・


振り向くと
僕の道は
そこからつながっている

れんげが咲くあたたかい道

それは無限に続く道ではない
やがて死に至る限られた道である

無限の自由などあるはずもなく
自由のために踏みにじっていいものもない

だからこそ
やさしくこの道を行こうと思う

ある夜の僕の中の
ちっぽけなつぶやきである

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?