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6人の町内会(キキョウ)

町内会。
他所では物騒ごとを真剣に話し合う、何かあれば集うというものらしいが、うちでいう『何か』とは、だいたい酒である。おおよそ酒で、大半酒である。なんとも簡潔に言ってしまえば、この町は酒好きの集まりだった。
小さな集落に、5名の村人。寄れば皆、酒とつまみを持っている。

「して、」
男の瞳は、煌めく夜色をしていた。
「君は誰だい?」
真正面から微笑まれて、徳利と共に首を傾ける。
小さな公民館の畳に座布団を敷いて座り込み、わいのやいのと声が飛んだ。手が交差してスルメが消えて、また交差して土瓶が置かれる。その中で男は、涼しげに着物で正座をしていた。藍染に蛍のような気が飛んでいる。髪は緩く結ばれていた。
にっこり微笑む顔は、どこか魅惑的だった。
「おいおい、とぼけなさんな。あんたがだれかって話じゃねぇか」
最年長のボケさんが言う。けらけら笑い声が響いて、パリッとつまみの袋が開く。皆酔いは回っていた。
「おやおや、いつの間にやら」
男はそちらに顔をやり、とぼけてみせた。ボケさんが何故か町長の肩を叩く。叩かれた町長は、けらけら笑った。
「最初は迷子かと思うたわ」
「そうと言われれば、そうとも取れるような」
ふわりふわりと、とぼけながら酒を飲む男は、町内6人目のヒトらしい。
「こいつ、雑木林から出てきたんだぞ」
「最初は山賊かと思ったわ」
唯一女性のアジサイさんが、くいっとおちょこを煽る。
「そのような見てくれですかね」
「まずは挨拶せい」
ボケさんの言葉に、男はにっこり微笑む。
「行く先々では、キキョウと名乗っております。なにとぞ」
酔ったように、ふらりと頭を下げれば、ゆかいゆかいと酒が回る。
やってきた男の持ち物は、ランタンひとつだけだった。町民は皆、特有のランタンを持っている。キキョウのランタンは、ステンドグラスのようにガラスが幾つもつながり、ひし形のような形をしていた。こちらの中身も、青を基調としてゆらゆら輝いている。眺めながら飲んでいると、
「あぁ、この子かい?可愛かろう」
キキョウは、ゆっくりランタンの上部を持ち上げた。ことりと音を立ててひし形は割れる。
中から出てきたのは、青い金魚の姿をしたものだった。両手こぶしほどの大きさの金魚が、ふわりふわりと顔をのぞかせる。思わず口が開いた。
「美しい」
おぉ、と歓声が湧く。皆、金魚を見つめていた。
藍色の着物に繕う金魚は、いかにも夏を連想させた。酒をぐいと飲んだ後、キキョウは『金魚』へ声をかける。
「なぁ、カンロや。見せておくれ」
優しく告げると、金魚はゆっくりと天井を目指して男から離れていく。長い尾びれをひらひらと舞わせる姿は、天女のようにも見えた。圧巻の風景に、誰もが黙って金魚を見ていた。電球のあたりまで行くと、金魚は尾びれに向かってゆっくり円を描き始める。くるくる回れば、金魚の内側にゆるりと液体が、球になって浮いていた。
「この子はまぁ、滑稽なもんでね。水族らしいが、塩も淡水もだめらしい」
「……ではコレは、どこから来たのでしょう」
独り言のような言葉が出る。
「はてね。憶測としては」
ふむ、と顎に手を当てたあと、
「甘露あたりじゃなかろうか」
キキョウが立ち上がり、コップに球体を優しく落とす。液体はコップの中で、色を変えながら揺れていた。
「そら、飲んでみなさい」
コップを差し出されて、おそるおそる受け取り口にする。ほどなくして、驚くほど甘い香り立つものが押し寄せてくる。
「ぜいたくな、酒だ」声が漏れる。
「まさに甘露よ」
にんまり、キキョウは笑う。町民は大盛り上がりだ。
「よくぞ来てくれた!」
「なんて、安泰なんだ!」
酒が回されていく。貴重なものだと、皆がわかっていた。そうそう、いただけない。うまい、上品だ、と声が上がる。
「して、君は誰だい?」
夜の瞳が、僕を見る。
「ススキです。まだ見習いの魔法使いです」
「これは、まぁ」
男は笑い出し、町内で持ち合わせた酒を手に取る。
「なんともまぁ。愉快なことよ」

魔法使いの集まった町民は、合わせて6人となった。

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