見出し画像

人とほどよき距離を保つ経験を積み重ねることについて

生まれてこのかた片付けがとても苦手だった。苦手と言うよりできなかった。出したものを戻せないし、捨てられずに積み重ねてしまう。いろいろあってここ1ヶ月くらいでものを整理した。断捨離とまではいかないけど今まで捨てられなかったものをゴミ袋にぽいぽい入れて、ダイソーでファイルやケースを買い占めて分類した。すると頭の中も整理されてきて、今まで見えなかったものが見えるようになって、空白の場所ができてきたことにびっくりした。パソコンでデフラグをした状態だ。
大きな気づきはこれまで「他の人について悩むこと」が写真フォルダぐらい容量を占めていたということだ。(今調べたらIphoneの写真が占める割合は6割ぐらいだったのでそろそろこちらも整理が必要だ。)
1ヶ月かけて片付けてもおそらくちゃんとした片付けレベルには到達していないけど、これまでできなかった自分史から考えると格段の進歩だと思う。

今は「他の人についてあれこれ悩むこと」を1割ぐらいの容量に抑えて、残った5割を「自分について考える」ことに使うようになったので、これまでの割合と逆転した。正直他の人についてあれこれ悩んできた時間を考えるとこれまで私は何をやってきたんだろうと凹むけど、過ぎてしまったことはくよくよしても戻らないと切り替えた。そもそも他の人のことと自分のこととは別々に考えるものだということも気づいたので片付けの力はすさまじい。

自分と他の人と区別をつけてこなかったということは、これまで人とほどよき距離を保つ経験を積み重ねてなかったということだ。だから、気づいてからは日々失敗している。たまに改善することがあるけど打率はせいぜい2割くらいかな。そうやって人と話しているとカチンとくることがある。カチンとくるのはこれまでの自分がやってきたことだからと言葉を飲み込んでヒョーっとなる。そして、これまでカチンを与えてしまったひとたちには本当にごめんなさい、そしてありがとうとおもうのでこれから行動を変えていくしかないなと思う。理由がなんであれ人と人との関係をわざわざ悪くしたいと思う人はいない。心地よくなったら良い方に流れる。これまでカチンを与えても一緒に時間を過ごしてくれたありがたいひとたちには時間がかかるかもだけど、カチンを与えない存在になろうと思う。
そして、カチンを与えてるほど付きあいが浅い人たちからカチンがくると、そこは長くいる場所じゃないと思うようになった。

いずれにしろ、居心地がよくなって嫌な人はいない。だから、良い状態を保つためには適度な距離感と時間が必要だとおもった。ひとと長くつきあっていくということは、言いたいことを全部ガツンとぶつければいいってものではない。これまでは、私の都合で全部ガツンとぶつけていたので、正直相手のことは見ていなかった。加えて全部つたえてわかりあうなんてことは家族やパートナーでも不可能なのだから、わかりますよね?というのは暴力的だなと思う。わかってくれたらラッキーというくらいでちょうどいい。

人付き合いに理想や幻想はないと思う。あるのは目の前にあることに対してほどよき距離感で一緒に現実を積み重ねていくこと。その努力をこれまでなまけていたのだというフィードバックとして自戒を込めて記録しておく。



この記事が参加している募集

#私は私のここがすき

15,638件

サポートあれば嬉しいです!皆様の心の励みになりますように。