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リツおばぁちゃんの駄菓子屋タイムマシン(上)

かぐやジェンダーSF二回目落選作 (´;ω;`)ウゥゥ

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はぁ、今月も年金これだけ。
リツおばぁちゃんはため息をついた、しょうがない、豊かだった時代は過ぎ、今はあらゆる分野のあらゆる場所で、モノは不足していて、生産性を求められていた時代なんかいつだったかもみんな忘れて、かつての文明の生産品をリサイクル#して(※注:これ以降#マークのついているものは全てリサイクル品)使っているから。
それなのに政治家はその豊かな時代の物価で計算して六万ぐらいしか年金が……。
ともかく、愚痴ってもしょうがない、これは家賃と#ライフライン、生活費と孫への小遣いあるかな……。
お金、欲しいねぇ。
郵便局#を出てひとけを忘れたシャッター#ばかりの商店街を通るとき、レーション屋に「パートさん募集!年齢不問!」と張り紙があった。
レーションはこの物資不足から注目された食べ物で、無料配布のクーポンで手に入る固形菓子のようなものだ。黄色のチーズと茶色いチョコレート味。もっとも現在はほんもののチーズやチョコなど食べる人はよほど豊かだ。原材料は、オオバコ、コオロギ、タンポポ、それから「とてもエコな」リサイクル食料。
リツおばぁちゃんは、張り紙を見てすぐ店員に連絡先を聞いた、お釣りの計算ぐらいはできるねぇ、でも若い娘が雇われたようだった。
あぁ、お金欲しいねぇ。どこも雇ってはくれないねぇ。福祉もねぇ、あぁやだよ、「おばぁちゃんはまだ働けるでしょ」って言うんだよ。誰だよ一生現役説言い出したの。
リツおばぁちゃんが借家#にしょうがなく帰る時、スマホ#がぷるると鳴った。
「あー、りっちゃん?来ないかい?」
また麗さんかい。あの人の話は長いし、行くとだいたい服#勧められるけど、こうくさくさしてたらきりないね、いこ。
 麗さん家は衣料#を扱っていてまぁけっこうな家に住んでいて、ご主人がどうの飼っている犬がどうの(犬が賄えるなんて贅沢なものだよ)まぁ自慢ばっかり。
「それで、そっちは?」
おおいやだよ、仕事も持ち家#もないこんなわたしをいじめないでおくれ。
「いやぁ、なぁ麗さん、仕事がねぇ、なぁここで働かせて貰えないけ」
リツおばぁちゃんは背に腹は代えられぬと深く深くお辞儀をしたけれど、麗さんはおほほ、と高笑いして言った。
「いやぁねぇ、ここは、私と、主人でやっているから、私の一存では~」
ゆっくりと土下座を直すリツおばぁちゃんの顔が神妙であんまりにも泣きそうなので、ふふん、と笑ってから麗さんはこう言った。
「じゃあ、この木棚#に雑貨#コーナーあるでしょ?私がコーディネートしてるの、一段ならちょっと貸していいわよ、何か売ったら?」
木棚#は柔らかく光り、リツおばぁちゃんを魅了した。
 まずは売るもの。帰ったリツおばぁちゃんは物置を漁った、たしか、この辺りに。
「なぁ、来夢、タイムマシン学祭で使った余り、どこやった?」
「あ、こっち」
来夢は学校を卒業したもののイマドキらしく仕事も決まらず、たまにレーション工場の仕事をしては「見るんじゃなかった、吐きそう」と言うような娘で、リツおばぁちゃんの孫だ。
 押し入れの中の段ボール#に三十個ぐらいのタイムマシンが入っていた。懐中電灯ぐらいの大きさのそれは四角い紙の箱#に入れられて、ちょっとだけモノを作る余力があったその頃の輝きのままに、蛍光灯#とバネ#を透明な筒#に照らして、光っていた。
一世紀前に発明された時こそ輝いていたそれだが、実際はまぁ、エネルギー不足から三十分行ってくるしか能のないもので、しかもけっこう力強く振らないと最初のエネルギーがつかない欠陥品で、改良するにも物不足で、徐々に飽きられて、今はもう一次の流行すら去っては誰もが懐かしがるものだった。
「これ、どうするの?」
「売るよ、一個二千円もしたんだろ?」
「でも、誰も欲しがんないから持って帰ったんだよ、売れないよー」
トイレで頑張っている孫の言うことももっともだった、リツおばぁちゃんが棚を借りてから毎日のように麗さんの家に電話しても
「売れたかい」
「まだ」
「売れたかい」
「まだ」
と繰り返すだけ。ふさぎ込むリツおばぁちゃんに、ある日麗さんは注意した。
「ちょっとりっちゃん、二千円のモノを千円で売ったら儲けはいくらだい?」
「これは、ただでもらったんだよ」
リツおばぁちゃんは正直に答えた。
「入荷は無料、ただこれは……。りっちゃん、これ一個売れたとして、棚借りる料金、払える?二千円だよ。
それに商品は試してみた?お客様におすすめするってことはそれだけいいモノだって言えなきゃ」
そうかい、リツおばぁちゃんは仕方なく棚にあったタイムマシンを持って帰った、来夢はまた用を足したものをくみ取りが嫌だと庭にこっそり埋めている。二千円は勉強代かい、あぁどうするかねぇ。
「ご飯だよ」
「レーションならいらない」
来夢はスマホ#をいじる
「食べないと駄目だよ」
来夢はテレビ#をつけて叫んだ。
「じゃあ買って!こんな豊かな時代あったのになんでこうなったの?
 とんかつ!ラーメン!ステーキ!」
テレビ#には豊かで食物を何トンと捨てていた時代の映像があった。
 そうだ、商店街のレーション屋も、昔はスーパーとか言って、見たことも聞いたこともない食べ物が、たくさん売っていたらしいねぇ。それをみんなで食べてた、幸せな話だよ。
その時、リツおばぁちゃんの頭に天啓が舞い降りた。
「じゃあ、商店街へ行ってくるよ」
「え?あそこ何もないじゃん」
ボケたのかな、来夢は呟いた。
 まず、リツおばぁちゃんは郵便局#で通貨を昔のと両替した、一万持ってくるのがぎりぎりなリツおばぁちゃんは88円しかその相場では無理だった。
なんてことだい、とは思ったけど孫のためだ。どうせ、これも孫にあげるつもりだし。
その88円を握りしめて、リツおばあちゃんは誰もいない商店街の建物と建物の間でタイムマシンをシャカシャカ振りだした。
力自慢だったリツおばぁちゃんだったけど、なかなか難儀して、ようやくモーターがうぃぃとうなりをあげる。
ぽん、と間の抜けた音と柔らかな光とともに、リツおばぁちゃんは再び商店街へ戻った。
歴史だけはある商店街だ、さて。
 スーパーはすぐわかった。元々レーション屋の建物もスーパーの再利用だ、入ると。
それはあった、かつて失われた、小松菜、豚肉、キャベツ、卵、カレー粉、パン、冷凍餃子、それから、それから、それから。
あぁ、みんな買ってあげたいねぇ、あいにく、88円しかないよ。
リツおばぁちゃんは88円半額のおにぎりと10円のラムネ駄菓子を三つ買って帰った。
「ほら、おあがり」
「え?いいの?」
来夢は「ご飯っていうんでしょこれ?写真撮っていい?」とはしゃぎながら食べた。
「いいけど、ネットに乗せちゃだめだよ、みんなが羨ましがっちゃうからね」
「はーい」
ぱくっ、美味しそうにおにぎりにかぶりつく来夢を、リツおばぁちゃんは愛おしそうに見つめる、ふと、来夢は駄菓子を見て言った。
「ねぇ、おばあちゃん、これ」
駄菓子の袋をカサカサさせる
「売れない?売ったら?」
そうだね、リツおばぁちゃんは生返事をした
「まず、おばあちゃん、これはいくらで買った?」
スマホ#の電卓を動かしながら来夢は聞く。
「30円に税金だねぇ」
「じゃあ、だいたい35円ね」
来夢は電卓を叩く、
「ただ、手数料は取らないけど、郵便局#で昔のお金と両替したからね、こっちのお金でざっと四千円?そのぐらいするかねぇ」
リツおばぁちゃんはスマホ#で両替のルートを見ながら答える。
「高っ!ねぇアタシ本当に食べてよかったの、おにぎり?」
いいんだよ、リツおばぁちゃんは笑った。
「じゃあその分仕事するね」
「仕事?」
仕事なんかどこにもないよ、リツおばぁちゃんの嘆きにううん、と来夢は答えた。
「これを売ればいいじゃん」
「そんなにうまくいくかねぇ」
「いくよ!昔の食べ物ってこんなにおいしかったの!みんなに薦めたい食べて欲しい!
 まず、これ、売る場所と」
「それなら、麗さんがお店の木棚を二千円で貸してくれるね」
「じゃあ四千円で入荷、二千円が店を出すためにいるお金、おばあちゃんとアタシが食べるお金が、110円だとして両替したら12600円」
ピ、ピ、ピ、来夢はスマホ#の電卓を叩く
「合計18600円、割ると、一つ6200円、キリいいし7000円にしちゃお、それで何か一つ美味しいもの食べられるよ、おばあちゃん」
 あたしの分はいいよ、リツおばぁちゃんは少し微笑んだ。
「売れたかい」
「まだ」
「売れたかい」
「まだ」
繰り返す日々にある日麗さんは言った。
「ちょっとりっちゃん、こりゃ確かにモノはいいよ、だけど、この値段はないんじゃないかね?」
「そうかね?来夢が計算してくれたんだ、商品を仕入れて、あたしと来夢が美味しいもの食べて、木棚の値段も払えるように」
「いくら?」
「2000円が木棚、4000円で入荷、12600円で美味しいものを食べるんだって、あの子は優しい子だよ」
ピピピ、麗さんは電卓#を叩く。
「うん、だいぶよくなってるね。仕入れるものも自分の利益を考えるのもいい」
そうかいそうかい、リツおばぁちゃんは目を細めて笑った。
「ただ、ちょっと高いね。もっとたくさん仕入れて儲けも出るようにできないかね?
 なぁ、りっちゃん、これ、どこかで見たんだ。確か、政治家のパーティー。あぁいうところでいくらするか、まずは流通価格を調べてみないかい?」
ピピピ、麗さんはスマホをいじる。
 それからが大変だった。食べ物を売る時の手続きはもちろん、リツおばぁちゃんは借金も出来なかったから行った先の過去で当時の通貨を稼ぐのが実は一番効率が良かったけれど、30分のリミットがある。
 麗さんはこれぞとばかりリツおばぁちゃんに自分のお店の服#を持たせたが、トランクいっぱいに持って行っても140円にしかならなかった。
 でも、これで仕入れ価格はゲット、そしたらそれに……
「2200円?ずいぶん安くできたね~」
「昔のスーパーなんかこうしてたって歴史で習ったっけね、政治家のパーティーで出るのなんかよりよっぽど安いよ」
「麗さんは博学だね」
やがて、棚は二つに増え品物が増え入荷分が増え値段もちょっとずつ手ごろになっていき、木棚全体を駄菓子がおおい、評判となって、ある日申しわけなさそうに洋服代を申し出るリツおばぁちゃんに「どうせ売れ残りよ、それよりアドバイス料一万、ちょうだい」と麗さんが笑うようになって、木棚#では足りなくなっていって、やがて麗さんは、「これなら、自分のお店を持っていいわね」とリツおばぁちゃんに切り出した。
 それはそれで困ったことだった、お店を借りるのにお金を貯めるのは勿論だが、リツおばあちゃんが不動産屋に行っても誰も首を縦に振らない。さぁどうしよう。
「おばあちゃん、どうしても商店街のあそこがいい?」
来夢がどこからか帰ってきた。
「そうだねぇ、あそこがいいね、学校行ってる子供に、駄菓子を食べて欲しいよ」
「う~ん、まだうちの駄菓子は子供にはちょっと出せない金額だけど……それなら、ほら」
来夢はこともなげに権利書を机#に置く。
「これ、どうしたんだい?」
「ほら、友達にるいってのがいて、そいつと結婚してお店」
そんなことになってたのかい、リツおばぁちゃんに来夢は舌をぺろっと出した
「って役所に嘘ついた、そうだったらいいなって話し合わせて貰って名義借りただけ!」
「大丈夫かい?」
「平気平気!ほら!おばあちゃん、るいが手伝いに来てくれたよ、お礼、お菓子でいいって」
よろしくお願いします、るいは誠実な力自慢の青年で、余計な口も利かずけして礼節も欠かさず働いたので、たちまちにリツおばぁちゃんは大好きになり、来夢の本当のパートナーになってくれないかねぇと思うようになり、差し当たって、彼にきちんと給金を払えるようにやりくりをする必要が出てきた。
 でも、リツおばぁちゃんにはちんぷんかんぷん。ほかにも仕入れるモノを分散して量を出来れば増やして在庫を管理して売れない時のリスクをなるべくなくす、同時に売れているものは仕入れを増やしてターゲットを子供、商品を駄菓子に絞って値段も少しずつ利益があって子供にも手に入れられるように工夫して、仕入れた商品の保全と管理と、えぇっと、あと、なんだっけ。そういう読みは外れも当たりもあって難しくってさぁどうしよう。
来夢は図書館#から借りた本を読んでいた。
「経営って難しいねぇ」
「そうだねぇ、って、その本がそうかい」
「うん、なんかね、資格取ろうと思って」
来夢は賢かったので、すすい、とその資格を取って「さぁ!これでおばあちゃんの手伝いとかできる!」と張り切っていた。
 来夢の経営の知識はホンモノで、なんとかリツおばあちゃんの駄菓子屋は回るようになった。



(下)に続く
 

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