見出し画像

リツおばぁちゃんの駄菓子屋タイムマシン(下)

(続)
そんなこんななんでこんななんか色々あって、人を増やすかなとかそもそもリツおばぁちゃんもそろそろタイムマシン振るのがおっくうだねぇるい「じゃあ僕が」そうかい買い付けやってくれるかい、そうしてなんとか軌道に乗りだす駄菓子屋、ある日、麗さんは犬を撫でながらリツおばぁちゃんに言った。
「なぁ、どうだい商売は、楽しいだろう」
するとリツおばぁちゃんは少しだけ困ったようになった。
「いいのかいねぇ、原価より高く売って儲けて、人を騙すなんていやだよ。みんな大変なんだ、食べる分だけあれば十分じゃないかね」
ふう、リツおばぁちゃんは薦められるまま紅茶を飲みながらため息。
「なんでだい、ははぁ、りっちゃん、あんたなんか勘違いしてるね。
 まず、自分が幸せにならなきゃ。それが結局はまわりやお客様のためになるんだよ。
いいかい?見るからに幸せそうで美味しいもの食べてそうなお店、それから、見窄らしくって痩せてるお店、どっち入る?」
麗さんの言うことももっともだとばかりにリツおばぁちゃんは俯いたままだった。
「でも、みんな大変なんだ、あたしだけ儲けたら、すまないよ」
はぁ、リツおばあちゃんのしょぼくれた顔に麗さんはおほほ、と高らかに笑いだす。
「いやぁねぇ、じゃありっちゃんは子供たちに駄菓子食べて欲しくないのかね?」
リツおばぁちゃんはムキになって怒鳴った
「そんなわけないじゃないか!あたしゃ、みんなにお腹いっぱいに色んなもの食べてほしいよ!」
麗さんは柔らかく微笑んだ、
「なら、戸惑っちゃいけないよ、『お金儲けは悪いことですか?』これは、歴史上のお金持ちが言ったことだ。まずは自分がお腹いっぱいになること、自分が幸せにならないと、今は政府もあんなんだしね」
そんなもんかね、リツおばぁちゃんはまだ腑に落ちない顔。麗さんはきちんとアドバイス料を請求してきた。
 決断の時はわりとすぐ来た。ぷるる、ある日リツおばあちゃん家の電話#が鳴った。
「六路リツ子さんですか」
「あんた誰だい?」
聞いたことない声と番号に、詐欺防止のスピーカーフォンのままリツおばあちゃんは戸惑う、どこか疑わしいぐらいの紳士的な男性の声。
「そちらで扱っている商品ですが、どちらで入荷したのでしょう?」
ちょっと意図がわかりかねる質問に、リツおばぁちゃんがバカ正直に
「あれはタ……」
と言いかけた受話器#を、来夢が奪って言った。
「ただで教えられません!今はお茶の時間ですので後ほど」
ガチャン、電話#を来夢は乱暴に切ってリツおばあちゃんを咎めた。
「簡単に商売の秘密教えちゃだめでしょう!」
「でも、過去の豊かな時代から品物持ってきて売るなんて、こんな平凡なわたしでも思いつくようなこと、誰でももうやってるんじゃないかね?」
リツおばあちゃんはしょげてしまった。
「じゃあ調べる……ないよ?」
『過去商品 取り扱い』
確かにスマホ#の検索結果には少し美術品はあるけれど、生活雑貨というと本当にたまにどこかから出てきたのが高価で取引されているだけで。
「あたしたち、すごい発見したんじゃない?おばあちゃん。ねぇ、特許取ろうよ!
 そうしたらきっともっとお金持ちになれるよ!」
 そうかねぇ、でも…リツおばあちゃんは口ごもる、そんななか、来夢のスマホ#がぴぴぴと鳴った。
「はい、え?レーション工場#のバイトはもう……はぁ、わかりました、明日ですね」
ぴっ、来夢はスマホ#を切る。
「ねぇ、おばあちゃん、明日、レーション工場のバイト付き合ってくれない?
 見せたいものがあるの」
来夢は何やら神妙な顔つきになった。
 レーション工場のバイトは、スマホ#でちょっと登録すれば誰でも、リツおばあちゃんでも……簡単に一日だってできた、人が常に足りていないらしく福祉の一環でもある。
オオバコ、タンポポ、コオロギ、それらは茶色く細かな粉となって機械で混ぜられていた。リツおばぁちゃんはその機械に異常がないか指さし確認する仕事、来夢は近くで、その粉がベルトコンベヤー#でプラスチックの透明な箱#に機械#計量で入っていくから、それをきちんとロボット#で運ぶか見守る仕事。もはや、人間は仕事に監督責任しかなく、それもこんな風に形骸化していた。
 社員に呼び止められて、来夢とリツおばぁちゃんは別の場所に午後から配置になる、そこに置いてあった缶入りの黄金色の細かな粉末に、来夢は嘔吐でもしそうな勢いで急に倒れこみリツおばぁちゃんは慌てて人を呼んだ。
「大丈夫かい?」
うん……来夢は顔色も悪く座り込んでいる、リツおばぁちゃんは社員を呼ぶと今日は早く帰らせてもらいます、レーションはいりません、と言った。
 家に帰って白湯を一息して、ようやく来夢はゆっくり口を開いた
「ねぇ、おばあちゃん、食べられればいいって、ほんとうにそう思う?
あぁ、そうだよ、レーション工場#だってそうだろ?上の方の人ばっか欲張って偉ぶって、碌なもんじゃないよ、リツおばぁちゃんは何度も頷いた。
「おばあちゃん、あたし、知っちゃったの、あのレーション工場#で使われているモノ。
 ね、トイレ、汲み取り式に戻ったよね、ちょうどモノの無くなっていったころ……。
いちばんエコで、けして無くならないモノ」
そこまで言って来夢は洗面器に嘔吐した。リツおばぁちゃんは全てを察し怒りで顔を真っ赤にして泣きながら叫んだ。
「あんたも苦労したんだねぇ、わかったよ!
 おばあちゃんはもうそんなこと言わない!
 ただ、みんなに、美味しいもの、いっぱい食べてもらうために!」
ふふ、よかった、おばあちゃんが元気になった。来夢は口元を汚したまま薄く笑った。
 さてさて、リツおばぁちゃんは覚悟したけど、具体的にと言われると困るねぇ、今日も明日も、お店の運営だけで日は暮れていくよ。おだやかで生活にも苦労は無くなってきたけれど、何かが足りない?そうかねぇ、来夢。
「ニュースです、相次ぐ前世代への時間旅行による高級品や美術品の購入トラブルについて、政府は、時間旅行での商品の取引についても関税をかけることにしました、また、この件について……」
それは虚を抉る一閃の燕だった、どうしようかねぇ、値段、またあげなきゃだめだよ、
「おばあちゃん!これだよ!」
来夢は無我夢中でスマホ#の電卓を叩く。
「これ!うちが、過去に戻って商品を仕入れて関税もきちんと払えるビジネスモデルを始めれば!
 みんなにやってもらえれば!
きっと、おばあちゃんの希望通り、みんなに美味しいもの食べてもらえる世界になるよ!」
来夢の勢いに、リツおばぁちゃんは目を真ん丸にした。
 
「おばあちゃん、これ、ここ置きますね」
「はいよ」
今日もリツおばぁちゃんは駄菓子屋に出る
「あの、おばあちゃん、ほんとうに……」
「ほんとうに、よかったねぇ」
リツおばぁちゃんは微笑む、
「本当に、これでよかったんですか?」
るいはふしぎそうにリツおばあちゃんに訪ねる。
「ほんとう!特許取らないなんて、みんなに教えちゃうなんて!おばあちゃんのお人よし!」
来夢の悔しがるような嘆きに、リツおばぁちゃんは柔らかく微笑んだ
「あたしは、これで十分だよ。
 小さな駄菓子屋以上のことはあたしにできそうにない。
でも、その商売のやり方を知りたいって人が出てきて、駄菓子だけじゃない、色んな品物が取引されるようになった。街に、モノが戻った。みんながお腹いっぱいに食べられる。
あたしの夢はそこにあった。
それにね、まんざら、全部ただで教えてるんじゃないよ?」
ちりり、電話が鳴る。
「はい、麗さんかい」
「や~、りっちゃん?また駄菓子屋タイムマシンのフランチャイズオーナーを希望する人が出てきたよ、わたしも洋服屋でなかなか顔だせないけど、あんたを育てたのはこの私だ!
まだまだ引退させないからね!」
一生現役かい?リツおばぁちゃんは微笑んだ。
 おばあちゃん、これちょうだい、子供が駄菓子と十円玉を持ってきた。それを会計すると、リツおばぁちゃんは、すっかり見違えてスーパーが戻った商店街を歩きだした。
「ねぇ、今日はお魚にしたい、お母さん!」
子供が母親の手を引く、皆が笑っている、商店街にある公園のベンチでアイスクリームを食べるカップル、どこからかラーメンや揚げ物の匂いもする、酔っ払いが誘われて入っていく、食べ物は捨てるほど満ち満ちてはいないが足りている。
 柔らかく温かな日差しを浴びて、リツおばぁちゃんは穏やかな微笑みとともにゆっくりと店や人々が戻った商店街を歩いた。

(了)

ここから先は

0字

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?