君は希望を作っている #3

 翌朝、沙羽の部屋のスマホが鳴った。
「あぁ、今日からだっけ」
沙羽はジーパンにシャツに着替えて居間へ向かう。
「おはよう」
「おはよう、今日からきぼうへ行くんだっけ」
沙羽はトーストをかじりながら返事をした。
「まぁ緊張せずにやればいいんじゃない、まだ本当じゃないから当分は送るから、回復したら、そのうちバスで行けるようになるって」
「そうだね」
母の車に連れられて沙羽はきぼうへ向かう。
 改めて見た「きぼう」という緑色の文字の掲げられたその建物は、古いアメリカを意識しているらしく、飾りのバイクや、観葉植物、コーラの看板があったりする。若干おしゃれな作りな内装は大きなガラスで通りから見えるようになっていた。
「おはようございます」
沙羽はそこにいる人々に挨拶をした、何人かが、ずいぶん突拍子もない元気な挨拶を返した。
 ここには十数人の利用者が通っている。
 いつも元気な声で自閉症の城田、かわいい小物づくりやイラストがとくいな河合、五十代後半から二十代まで色々な世代の人がいるようだった。
 沙羽はまた体験ということもあるけれど、とにかくタイムスケジュール通りに今日は過ごしてみようかと佐藤は言った。佐藤はここの講師も兼任しているようだった。
「みなさん、おはようございます」
「おはようございます」
やたら元気な挨拶が部屋に響き渡る。
「では今日も希望を胸に、就労に向けて頑張っていきましょう。ではビジネススキル講座、『名刺交換』」
メンバーは皆、コピー用紙に書いた自分の名前を仰々しく持ち、馬鹿丁寧な挨拶と共にそれを交換している。
沙羽は絶句した。
 そしてそのままその日は誰とも何も話さず母が迎えに来て帰ったのだ。
 帰ってから友達に電話した限りでは、あのね、平社員の名刺って全然効力ないよね?意味なくない?ってか名刺いらないところに就職決まる人もいそうだけど。
 しかも目的が就労って、まぁ正社員にはなりたいかもだけど、なんだろう?誰が正社員で雇ってくれるのよ。
 というふうなことで呆れていたらしかった。
 沙羽は次の日同じく母の車に乗ってきぼうへ向かって、佐藤の顔を見るなり言った。
「ここって自習の時間ありますよね?」
「はい、希望とあれば。誘惑の多い自室と違い、こちらには私たち支援者がいるので、集中して資格の勉強などに取り組むことができると思います」
沙羽は言った。
「じゃあ例えばですけれど、興味のない科目は、自習に切り替えてもいいですか?」
「何か資格の勉強でも?あぁ、沙羽さんはプログラミングがご趣味でしたね」
「今は趣味ですけれど、収入になったらいいなと思います」
沙羽は佐藤と話す時、なぜかいつも苛立っているように見えるけれど、今回もそうだった。
「他の趣味は文芸創作でしたね、そちらの方は……?」
「今関係ないし」
沙羽は更に苛立って言った。
「てか佐藤さんいいの悪いの」
「もちろんいいですよ」
佐藤は裏に何かがありそうなほどの満面の笑みを浮かべた。
「じゃあプログラミングで必要なツールとか、フリーなんですけれど、自習で借りられるパソコンに入れていいですか?」
「すいません、ちょっと」
佐藤は笑顔を崩さずやんわりと断わった。
「じゃあ、自分のノートパソコン持ち込んでいいですか」
「よろしいですよ」
よかった、沙羽は呟いた、これでとりあえず家と同じ構築環境が整えられる。

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