シン・小説8050 ~黄昏の人~

ジェンダーSF落ちてたうわぁぁん(´;ω;`)ウゥゥ
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 二人の女がいた。
 一人は戦争を経験し、高齢で、年金だけが頼りだった。
 もう一人の女は若くはないとまだ若いを行ったり来たりだった。
 二人は祖母と孫だった、母親と父親はというと、父は病で前に亡くなり、母は古い家に古い車を母と娘に置いたままそれを待っていたように男と逃げた。
 一人の男がいた、男は孫と愛を語り、孫は会社の同僚だという女性に「結婚の話OKですと伝えて下さい」と言った。
 しばらくして、どういうわけでか、その女性とその男との結婚式の写真を孫はインターネットで認めた。
「ずっと憧れてたの、独身なんて知らなかった」
孫は泣きぬれたが、それでも次の日からはスーパーで肉を切らなければならなかった。
 使えるパートさんなら欲しいからねぇ。
 そんな男ばかりの社員の言葉を真に受けるよりしかたなかった。
 肉は切っても切ってもあって、男の社員はグラムのずれを神経質に注意し、孫は肉きりの仕事に暇を出されることが多くなった。
「これじゃ生活できない」
孫に溜息が増えた。孫は次の仕事を探そうとあちこち回ったが、不定期の肉切りの仕事の合間にできるものはなかった。
 祖母は孫を愛していた。
 産まれた時から愛くるしく、気立ても頭もよく、よく働く。
 男が言いよって来た時も、祖母はこれでお嫁にいけると喜んだ。
「お母さんも呼ぼうかねぇ」
その日はいつ来るか、と言ったきり祖母は黄昏の人になってしまって、経済と介護が同時に降りかかってきた。
 孫は肉切りを辞め、どうにかして警備業をはじめた。
 手渡しで日給がもらえるのがよかったし、現場の人は気がよかった、働きはじめは手当も出た。
 泥にまみれ、汗にまみれ、孫の白く綺麗な肌は日に焼けて赤くなって皮膚科に行く騒ぎになった。それでも働いたから、どうにかビルディングが一つ出来上がるまでの仕事をついに任させることとなった。
 そんな孫をますます祖母は誇りにし、黄昏のままおにぎりに麦茶を持たせた。大きくていびつだった。そういうことだったら覚えているのかと孫は、何度も何度も祖母を花満る公園や鳥の遊ぶ川、給金を貯めての安価な食堂に連れ出したが、ピザもナポリタンもパフェも、祖母はこんなものはじめて食べたねぇと言った。
 穏やかな幸せだったが、躓く石は別にあった。
 孫は仕事場に着替えの部屋がなく、皆が鞄を置く部屋に皆がいなくなった頃を見計らってしたが、ある日鞄から出た誰かのスマホのカメラが動きっぱなしなのを認めた。
 孫は皆を問い詰めたが、皆は思い過ごしだと笑ってばかりいて、女上司などは「思い過ごしだ、お前のなど誰も見ない」と声高に笑った。
 仕方なく、孫は最初から着替えのいらない服装で仕事に出るようになった。
 警備業の社長はその問題をそのままに、近場で住む孫を送っていくとどこに送るかわからないような笑みで言ったから、孫は古い自転車を走らせ「いいです」と言ったが、今度は社長が車で追ってくるので、孫はわざと違う道を走りコンビニに逃げた。
 助けを求めたが、社長は
「いいえ違います、たまたまですよ。彼女は自意識が過剰でして」
とお人よしの顔に戻り、そして孫はこの仕事も暇を出された。
 ふさぎこむ孫に祖母は彼女が何を言っても黄昏の中でお前の結婚式はまだかねぇ、きっときれいだろうねぇと言うばかりで、どうにか連絡のついた母の進めで、精神病院のご厄介になるようになった。
 医者は、孫の疲れを見ると、彼女にも受診を進め、孫は家事と若干の介護をする以外は、薬を飲んで寝てばかりいるようになった。孫もこうして黄昏の人になった。 
 毎日はただ過ぎていくに任せるだけだった、孫は祖母に無心した金をやりくりして、スーパーの半額を食べていくだけだった。肉切りを辞めたところしか近くにないので、知らない人に会うことを待ち盗人のように隠れてした。
 祖母はなにを食べてもこんなものはじめてたべるねぇ、といい、何を話しかけられてもお前の結婚式は、きっときれいだろうよ、と言った。
 祖母は尊厳はとっくに無くしていたが、恥ずかしいという気持ちはあるらしく隠してしまうそれを、孫はただ見つけてはスーパーの袋でとってゴミにするしかなかった。
 うっかりすると眠さに負けてそれも忘れてしないそうになっていた。
 そして誰もが彼女達を忘れた。
 
 これがあの家の8050問題の真相。
 鈴木は民生委員だった、良心的な住人があの家、こうなのよと教えてくれるまで、あそこは空き家だと思っていた。
 制度こそあるが、保護の制度にはいくらかハードルがあった。
 まず祖母はこの家を離れることを了承できそうになかった、家も持ち家だった、それから庭には母親のものであるが動かない車があった。
 孫もいけなかった、医師は寝てばかりいる彼女は働ける段階だと太鼓判を押し、寝てばかりいるのは婦人科の問題であって精神科の問題ではないと言った。孫はそれを真に受け、働いていない女は結婚できないというインターネットの三文記事も真に受け、また仕事探しをはじめた。
 しかし、介護と病で空白期間を真面目に書く中年の女を雇ってくれる所はどこにもなかった。
 差別はないことになっているので、鈴木にはどうしようもなかった、職安ではなにも問わないが実際はというと……。
 働ける、働けない。
 せめて母親に窮状を告げさせようとしたが、孫が「元気、心配しないで」と嘘の電話をしてしまうのだった。
 鈴木は孫に向き合わなければならなかった。
「ねぇ、仕事決まりそう……?」
おずおずと、お決まりの世間話からはじめる。
「はい、今も二つ結果待ちです」
孫は病がちというか夢見がちな焦点の定まっていない瞳で答えた。
「他に、SNSで手芸の通販をはじめているんです、主治医も、もしかしたら私は皆と働くよりそちらのほうが向いているかもって」
 孫に見せてもらったが、手芸は売れ筋というわけでもなさそうだった、鈴木はそうですね、と当たり障りのない話をするほかなかった。
 見ていられず目をそらす、その時ふと、鈴木は女ばかりの友人を持つ孫のSNSに不釣り合いな男性の友達がいるのを見た。
「彼も手芸を?」
鈴木の問いに孫は笑った、
「ついこないだ友達になったんです、彼は私が結婚するはずだった人です」
男のSNSをたどると、綺麗な花嫁、かわいい子供。
「きっと彼は知りません、でも私は見るだけで、あぁ、私も確かにこういう幸せがあったはずだったんだって思えるのです……他に何も望みません。
 わずかに話もしますが、こないだなんの花が咲いたとかそんなたわいもないもので、誰に咎められるものでもないです。
 でも、それでいいのです」
鈴木は目を明らかにそらし、そうですか、と言うのに留めた。
「でも、私は夢を見ます。
 インターネットには嘘もあるのですよね。
 ある日彼は私を、待たせたね、と迎えに来るのです」
鈴木は顔を歪めた。
「それは……」
「誰にも言わない夢です、覚めればなにもありません。全て、ただの夢です」
鈴木は何も言えず家を連絡先を渡し、何かあればと一言言って家を去るだけだった。
 祖母はお客さんも、お茶も、身体が覚えてはいたが、電話では鈴木を誰だろうねぇとけして覚えてくれなかった。

 それからどれぐらい過ごしただろう。
 鈴木が困窮者を探して、SNSを巡回していると、なにやら炎上したらしいものが流れてきた。
「絶対浮気してた!この年で無職とか〇ねってことでおk?」
どうも、その女は夫に離縁されたらしい。
「なんだっつうんの、いきおくれのBBAが!!
 ってか、あの女人のもん盗ってんじゃねーよ!!
 人の不幸望むやつはもっと不幸になるんだってよー!!」
鈴木ははぁ、とそれを流し見して、なんとはなしに孫のかつて見たアカウントを探したが、それを認めた鈴木は今度は冷や汗を滝のように流して慌てた、なにか嫌な予感がした、彼女のアカウントは消えていたのだ。
「お知らせ
 このアカウントは管理人の事情で更新を休みます」
だいぶ前にそれだけを残して。
 慌てて電話を掛けたが、孫は出ない。
 代わりにメッセージツールに、ずっと前から彼女からのものがたまっていたことに気づき、鈴木は開いた。
「今朝も彼の夢を見たの、たんぽぽがきれいな公園で待ち合わせ……」
「彼は私をすっかり覚えているわ、だって感じるもの、こうして目を閉じればいつでも、彼は私に囁いてくれるのよ」
「今日のはね、ついにメッセージが来るの、何を着ていこうかしら」
孫は夢と現の境を嬉しそうに行ったり来たりしていた。
 孫の言う通り全て嘘なのかもしれなかった、全てが黄昏の中のことで、別れた女も誰なのかもわからぬし、それも嘘かもしれぬし、孫の送ったメッセージも夢とこそ言うが誠かもしれないし、その二つの関連もなにもわかなかった。

 ただ鈴木には職務があった、何年か後、かつて連絡をとった人の経過をみることだ。
 まどろっこしいが電話は出てもらえた、ずいぶん元気な、祖母が出た。
 鈴木は孫に結婚だけが幸せではないと一言言うつもりで息まいていたので肩透かしをくらった。
「はい、なんだい。
 あぁ、あんた聞いてくれ、あの子が結婚したんだよ。女優さんに負けてないよ、綺麗だったんだよ」
 ある日鈴木が見た女二人の家はとっくに空き家になっていて、車だけがなかった、誰かが「こないだ見つかった車での心中はきっと彼女たちだ」と笑った。
 二人の女がいた。

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