君は希望を作っている #40

 まぁ、どこのどんな監督だって、卵の沙羽が監督に気に入られようになるのにはまだまだだろう。警備員時代でも怒られてばかりだったし、話は、社長のことだ。
 最近きぼうで社長の姿が見えないと思っていたら、ある日きぼうで支援者が休憩時間に利用者に言った。
「はい、皆さん、秋になってきていますね」
利用者は一斉に支援者の方を向いた。
「毎年、ゆめかなの子供達を招いて、この時期に十五夜会を開くのですが」
沙羽はつまらなそうに手を挙げた
「私その日は予定が」
「え、あんたが食べ物絡みの催し行かないなんて何があったの」
 沙羽はインターネットで見つけた『鈴木翔』開催者の六本木パーティーに行こうとしていたのだ、HPに写真があったので、沙羽でもわかった。
 その夜、沙羽には、夜の六本木そのものが初めてだった。
 スリットが入ったドレスも、薄い化粧も、安価なイヤリングにネックレスも久しぶり。
 おぼつかない足取りで休みながら電車に乗って、駅前の地図を見て目当ての建物へ。
 スマホのナビを見ながら大通りを右、そこを左、すれ違う証券会社が株価を指す、男と女が、固まってどこかへ行く。
ビル街の中に小さな建物、盛り場、当然沙羽は一度も行ったことがない。
そびえ立つ白く光るネオンを眺めながら、ぼうぜんと、沙羽はこの街の大きさに呆れている。そもそもこの時間に外出をする習慣がない、だいたい寝ている。
 空は星が見えないほどビルに覆われている、暗くならない夜の街、ただピカピカとビルの明かりだけが、辺りを照らしている。
 こんなに世界が違うの。
 沙羽は考え込んだようになった。
 そして、受付を済ませる。
 少し暗い室内、輝く照明、すぐ音楽が、ジャズが、沙羽は耳栓を付ける。
 いくつも掛けられたグラスが証明を跳ねてキラキラと光りを浴びる。
 誰もがハイブランド仕込みで安物など着ていない、沙羽はそんなことでは引っ込んでいないけれど。

 皆は誘い合ってもう踊っている。
 沙羽は耳栓を取って飛び出し、いてもたまらず踊りだす。
 相変わらず、くるくる回る自閉症の常同行為をもじった独特のものかと思いきや、参加者の振り付けをまねて、どんどんうまくなっていく。
 どこで覚えたのか、そんな動きを。まるで男を誘っているように、誰かに抱かれているように。
 豊かな身体を生かして、くねくねとそれを見せびらかす、普段は見せない表情、テーブルのごちそうも今は目につかないのか踊る、参加者の誰か女性が、沙羽と共に踊る、社長は壁際で誰かに手を叩く、沙羽は音楽に身をゆだね、皆はお酒を飲みながら談笑している。踊る。ゲーム。歌。
 その時楽しそうに笑う社長の目が、笑っていないのを沙羽は認めた。
 それでも、別な音楽が流れれば、それと共に踊る。
 二人がそこで言葉を交わすことは無かった。
 ただ音楽、踊り、手を振れることも共に踊ることもない、ただそこにいる。
 目を合わせることもない、沙羽も社長もどこか別の誰かを見ている。
 高級そうな酒に手を付けることもなく、やがて沙羽は少し疲れて、少し休んだ。
 そしてスマホのアラームで一人帰っていった。

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