君は希望を作っている #2

 次の日、脳腫瘍の後遺症でまだ介助が必要な沙羽は、老母の運転でごく平凡な白い二階建てへと着いた、入り口がバリアフリーになっている。
「細かいことは事務の人が教えますから、まずはここに慣れて下さいね」
佐藤はバタバタと人に指示している。
「あの……まだ来るとは?」
昨日の今日でいきなりそんなことを言われて、沙羽は面食らう。
「あらいいじゃないの。同じ悩みが話せるなら、ただ黙々と一人でパソコンをいじっているよりはいいわよ」
「あれは遊んでいるんじゃないの。アプリ制作、プログラミング」
沙羽は二人で盛り上がる母と佐藤を見てつくづく嫌そうな顔をした。
「ここにいらっしゃる利用者さんは、沙羽さんみたいにお身体の病気でリタイヤされた方も勿論いらっしゃいますが、うつ病や発達障害の方や、ひきこもりを経験した方もいます。
 沙羽さんみたいな社交的な方と一緒にするなと怒られそうですが、色々な方がいるのが社会ということで」
沙羽はつまらなそうにキラキラした笑顔に彩られた「きぼう」のパンフレットを見た。佐藤の上ずった言葉は聞き飽きた、というような顔だ。
「わたしどもは様々な問題を持つお子さんを持つ親御さんの『子供の居場所が欲しい』という声に耳を傾けて、『NPOきぼう』を立ち上げました、ここで社会に出ていくにあたりって必要なマナーやスキルを身に着け、様々なボランティアを経験することで社会に出ていく自信を付けていただくことが目的です。勿論……」
希望という名前だからちょっと期待したのに、と沙羽は一人呟いた、それでも弁が立つ方でない沙羽は母と佐藤に言い寄られ、まぁひまだし。そう言って、体験でここに来ると約束することになったのだ。
 それにしても希望が食べたい。
 沙羽はきぼうのキラキラのパンフレットを投げうってベットに寝転がって言った。
「入荷時期とかあるのかもしれない、季節じゃないんだ」
 スマホでポチポチ検索する、Amazonの検索窓に「希望」と入れてみた。本とCDがいくつか出てきた。
「あれ?Amazon在庫ないや」
 知らない歌手の歌が希望なのだろうか?そんなはずはないと言った。
 今度はGoogleで検索してみよう、希望。
 Wikipediaが出てきたけれど、あのふくよかな脂身と旨味の甘じょっぱいたれが付いた主に夏のある日に食べる魚はうなぎだった。
「今度東京へ出てみようかな、リハビリがてら。東京ならあるかも」
沙羽はパソコンへ向かった。希望。きっと甘酸っぱい小さな可愛らしい果実のことだから、クリームの菓子に乗せられて、大人気でタピオカミルクティーみたいにみんな列を作っているんだ。……それは木苺だったっけ?
 あ、でもだったら、東京まで行かなくても大きな街にあるはず。
 幸い今度の病院の予定はもうすぐだ、その時街で探すんでいいや。
 あぁでもいいな。Instagramをスマホの画面で見ながら沙羽は言った。
「『結婚しました』このケーキ、なんかすごいきれいで希望が入ってそう、食べたいなぁ」
スマホに飽きた沙羽はスケッチブックを抱え、鉛筆で絵を描き始める。
「希望ってどう書けばいいんだっけ」
絵を書いては破りを繰り返し、やがて飽きたのか、沙羽はパソコンでキーボードを打ち始めた。そのまま日が落ちても、沙羽は筆を止めない、母が夕食だと沙羽を呼んだ。
 沙羽は夕食を食べるとテレビも見ずに、自室でプログラミングの本を読みだした。

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