君は希望を作っている #21
でも、希望が見えない日もあるのだ。
ある日きぼうで、皆の雑談に耐えかねて沙羽が小さな部屋に逃げようとすると、支援者に止められた。
「ごめん、今立て込んでいるんだ」
そうですか、沙羽は戸を閉めて別の部屋に行った。その部屋に黒崎もいたけれど、何かパソコンに夢中で声を交わすことはなかった。
それが、壁が薄く、隣の会話が感覚過敏のある沙羽には丸聞こえになる。
「……来ないの」
この可愛らしい声は、発達障害とうつ病がある河合の声だ。支援者は黙っている。
「生理が来ないの!あの人からも連絡がないの……LINEは無視されている、SNSのアカウントは消されていて、プロフは嘘だった!もう、わたし……」
「え!」
「何よ」
驚いて大声を出した沙羽を、パソコンから顔をあげて黒崎が咎める。
「わたし忙しいのよ、なんなのよ」
ずい、と詰め寄られて、沙羽は誤魔化そうととっさに黒崎の義足に気が付いて言う。
「あ、黒崎さん、足」
沙羽の視線に、黒崎は自慢げに言う。
「あぁ、これ、高かったのよ?でもこれで、また歩ける」
黒く光る義足を長いスカートから出して、沙羽に見せびらかす。ところが、沙羽の何気ない励ましに、黒崎は口調を荒げた。
「うん、頑張ってリハビリすればね」
「何よ、私は車椅子でこれ以上ないほど頑張っているわよ!なんで障害者は頑張んなきゃならないの?自立自立って、どうせ車椅子で立てないわよ!なんで誰も私の車椅子を押してくれないの?ねぇ?あんただってそう思わない?」
強い口調で言われ、沙羽は面食らう
「でも、私も脳腫瘍でリハビリはしたけど……」
「今はピンピンしているじゃない、五体満足のあなたと一緒にしないでよ」
黒崎は首を振る、そしてさらに沙羽を問い詰める。
「……隣、何?聞こえるの?」
「あ」
黒崎も壁に耳を当てる。
「私お母さんになれるかな……」
「え?妊娠って、マジ?」
今度は黒崎が大きな声を挙げた。
河合は言った。
ある日SNSで知らない人からメッセージをもらった。
優しそうな人だからしばらく話していたら、この辺りに来るって言っていたから、つい、会いませんかって言っちゃった。
それからは時々会うようになった。
そういうことになっても、彼は優しかったのに……急に奥さんの存在を明らかにして、それから……何も来なくなった。
なきじゃくる河合を、皆が何も言わず見つめる。
生理が来ないの、連絡が取れないの。
ネットで調べたら私が慰謝料払うかもだって、向こうは養育費も、払わなくても罰則はないって。
私一人で。
でも私発達で鬱の手帳持ちだよ?非正規しかないかもしれない。
産んでも育てられるかどうか、でも……。
産みたい。
だって私もうこんな恋がまたあるかなんてわかんない。だったら一人で……。
お母さんだって、わかってくれる。
聞いていた沙羽は会ったこともない誰かに怒った。
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