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紫陽花

📘『紫陽花』
泉鏡花
明治29年(1896年)

「色青く光ある蛇、おびたゞしく棲めればとて、里人は近よらず。其野社は、片眼の盲ひたる翁ありて、昔より斉眉けり。」
・・・
母親にいわれ、氷を売る少年がいた。町へ向かう道の途中にある社の裏から、二人の婦人が出てきて「少しばかり氷をおくれ」という。貴女と侍女であろう。少年は鋸で氷を切り分けるも、氷は手のひらで黒くなってしまう。「綺麗な氷をおくれ」、少年が何度切っても黒くなる。「こんなんじゃだめ」、「さあ、いいのを、いいのをおくれ」。少年は最後に残った大きな氷を地面に落としてしまった。砕けた。少年は貴女の手を掴み、小川へと走った。そこには紫陽花の花が咲いていた。
・・・
「うつとりと目を睜き、胸をおしたる手を放ちて、少年の肩を抱きつゝ、ぢつと見てうなづくはしに、がつくりと咽喉に通りて、桐の葉越の日影薄く、紫陽花の色、淋しき其笑顔にうつりぬ。」

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