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第1話 巫女さんがやって来た~⑤ 空巫女~

 思ったより時間がかかってしまった。三人が配り終わる頃には、空はすでに朱く染まっていた。巫女さんは自信満々の笑みを浮かべている。どうやら今日はとことんババを引く日らしい・・・と思ったが、結果を聞いて命拾いした。
優勝:輝子217個、二位:私34個、三位:巫女さん5個
結果は、輝子の圧勝。さすがカリスマフリーター、どんな魔法を使ったんだ?
輝子「早出のホストがおって鬱陶しかったわ。でも民族楽器の演奏の人らおって結構楽しんで配れたで。最初はどないしよーか思ったけど。」
まさか京橋駅まで行ってきたのか・・・どうりで・・・
巫女さんは私の顔を見て溜息を吐いている。せめて私には勝てると思っていたのだろうか?…と突然何かを思い出したかのようにまた怯えた表情をしている。裏表ない人ってこういう人の事を言うんだろうか。
輝子「どないしようかな~?」
輝子はラブホのティッシュをマジマジと見つめている。何の悪巧み考えているんだよ!
巫女さんは頭を抱えて震えている。
輝子「何か私が決めるのもおもろないし、この権利を巫女ちゃん、あんたに譲るわ。」
何じゃそりゃ。巫女さんはまた困惑している。
輝子「ええで、何でも。」
私は思わずほくそ笑んだ。そうだな、私も異存はない。好きな事を言うといいさ。
巫女「私を助けてくれて、仕事まで手伝って頂いて、その上願いを聞いてくれるなんて、二人とも優しいんだね。私すごく嬉しいんだよ。えへへ~。」
巫女さんは目に涙を浮かべ、また泣きそうな顔をしている。忙しい人だ。まぁ、嬉し泣きを見るのは悪い気持ちじゃないが。
輝子「ま、べ、別に・・・騒ぎにしたのは私だし・・・す、少しぐらいは・・・悪いとは思って・・・だぁああ~、もーいいから早く言えよな~!!」
輝子は照れくさそうに眼を逸らしている。分かりやすいツンデレだ。ほんと、その顔でご飯三杯はいけるよ。巫女さんは目を瞑って少し考えているのか間を置いた後、静かに口を開いた。
巫女「だったら私とあの、その・・・友達になってください。」
輝子「何言とんねん、とっくに友達やろ。」
上に同じ。友達になってくださいなんて面と向かって言う人初めて見た気がする。
輝子「まぁ一つ忘れとる事があるけどな。あんた、名前なんて言うんや?」
巫女「天空空美(てんくうそらみ)」
輝子「変わった名前やなぁー。売れないタレントみたいや。」
お前が言うな!まぁ、私もだけど・・・。
輝子「じゃあ、空巫女(そらみこ)やな。」
巫女さんは少し強張った顔をしている。お前は距離を詰め過ぎる、それがコイツの長所でもあるんだが。そらみこ・・・嫌だったのだろうか?
輝子「私の名前は双羽輝子や。輝子でええよ。」
私は西瓜房子だ。輝子とタメでな、高校の同級生だ。ちなみに私ら空席でな、求人広告出してるんだがな。
空巫女「えへへ、双羽さん、西瓜さん、よろしくねー。私も独身だよ。」
どうしたんだ?急に私の顔をまじまじと見つめて。
空巫女「ん~どこかで会ったのかなぁ~って?ここじゃなくてその、ずっと遠い昔、生まれる前かもしれない。会った事あったのかなぁ~って。」
何じゃそれ?前世の記憶か?そんなのある訳ないだろ。やっぱり不思議ちゃんだな、この子。仮にそうだとしても人違いだろう。当方、神職関係者の知り合いとか接点は皆無だからな。
輝子「まっ、さっきの願いは保留でもええで。困ったことがあったら輝子様が助けたるわ!」
今回の領収書は貰わなくても大丈夫だと思うぞ、コイツは願わなくても飛び跳ねてくるとんでもないお節介小娘だからな。
空巫女「私、そろそろ帰らなきゃ。」
輝子「何や?レイモンドでゆっくり話せんかなぁと思うたけど。」
おいおい、あのオタク二人組がまだいるかもしれないのに、第二ラウンドのゴング鳴らすつもりか!
空巫女「ごめんね、神社抜け出してきたから、夜には戻らなきゃ怒られちゃう。」
輝子「近くじゃないんか?」
空巫女「滋賀だよ。比叡山の近く。」
あの有名な延●寺のか・・・随分遠くから・・・わざわざバイトの為に来たのだろうか。
空巫女「何かお礼できるものがあると良いんだけど・・・あっそうだ、これぐらいしか持ち合わせてないんだけど良かったら・・・お守りだよ、二人にあげるよ。」
輝子「ありがとしゃ~ん」
受け取ったお守りには表には“厄除御守”、裏には”天空神社”と書かれている。聞いた事のない神社だが、ありがたいものであることは間違いない。欲を言うなら早くゲットしていれば、朝から運気が改善したかもしれない。
空巫女「今度ちゃんとお礼するよ。」
輝子「お礼はええけど、もう変なバイトすんなよ。」
空巫女「今日は本当にありがとう、これからもよろしくね。カッコいいお姉ちゃん達。」
輝子「おう」
カッコいいか・・・。可愛い後輩にそんな言葉をかけて貰える日が来るとはな。来週来ることを告げた彼女は、JRの改札口の方へと歩いて行った。輝子はスマホを取り出し、突然血相が変わったと思えば、どうやらバイトの新年会が夕方からある事を忘れていたらしく、慌ててまた駆け出して行った。せわしい奴だ。結局半日潰れてしまう事になるとは・・・今日も盛大に空振り三振、というか観客席側でビールを売ってた売り子辺りだな。


 私は京阪の改札に向かうが。鞄の中に・・・財布が・・・ないッ!どうやらまだ家に帰してくれないらしい。どこかで落としたのだろうか。全く記憶にないんだが。おそらく、レイモンド(喫茶店)を出てからオタク二人との騒動~走った時の道か、ティッシュ配りの間の出来事だろう。逆に辿っていけば、見つかるかもしれない。最も誰かに拾われてなかったらの話だが。私は周辺を探してみるが、見つからなかった。こりゃ最悪、レイモンド前の交差点まで戻る可能性も出てきたぞ。暗くなるまで探さないとなぁー。今日はとことん神様に見放されているのか。あのー空巫女さん、お守りの効力ってめざまし時計みたいなもんですかね?

 大川を遡る事二十分、とうとう戻ってきてしまった。後はここしかないのだが、先程のオタク二人組はいないようだ。駅前は初詣帰りの人集りの賑やかさと笑顔が溢れているが、交差点の所に、思いがけない人物がいた。昨日占って貰った例のインチキ占い師である。しかも何故かメイド服を着ている。おいおい占いの次は、メイド喫茶かぁ~。何で昨日今日でこんな奇怪な奴らばっかり遭遇するんだ?彼女はスマホを片手に誰かと話しているようで、申し訳なさそうな顔をして一方的に謝っている。おそらく上司、占い師のお師匠様にお説教されているのだろう。文句の一つでも言ってやろうかという苛立ちが込み上げたが、今はあんな変な奴を相手してる場合じゃない。それにこれ以上関わるとロクな事にならん。私は気付いてない振りをして、交差点の周辺を探す。やはり見付からない。こうなると考えられる答えは一つ・・・誰かに拾われたのだろう。交番に行ってもある保障はないし、時間が掛かるだろう。すでに辺りは真っ暗である。仕方ない、行くのは明日にして、今から輝子に金借りる為に梅田まで歩くか。あいつに金を借りるのは悲しくなるほど不本意だが。たしか、電話の声を聞いた時、アバズレカメラがどうとか言ってたから梅田に行けば、合流できるだろう。何時までやるのかは知らんが。歩いてちょうど、一次会辺りは終わる頃合いに着けばベストだけどな。自宅の門真まで歩く事を想像したら、遥かにマシである。今考えたら最適解は、さっきのインチキ占い師を脅して、三倍返しで返金を要求すれば、財布の中身位は相殺できた気もするが・・・なんてな、あまりに可愛そうだし、私もそこまで畜生じゃないさ。
 

 そう思ったその時、私は暗闇の向こうに巫女がいるのを見付ける。暗くて後ろ姿もはっきりと見えないが、間違いない、あのおかっぱ、空巫女だ。どうしてこんな所で?もう帰ったはずじゃ…間違えて駅を降りたのだろうか?私は彼女に声を掛けるが、振り返る事はなく、黙って路地の角を曲がっていった。聞こえてないのか、それとも照れくさいのだろうか?私は彼女を追って路地裏を曲がるが・・・そこには目を疑いたくなる光景が広がっていた。何なんだこれは・・・


血が・・・ただただ真っ赤だった。心臓が凍りつく感覚ってこういう感覚だったんだな。
何をやってるんだよ・・・
空巫女は刀を握り、転がった少女と思われる死体の前に立ち尽くしていた。見知らぬ少女はすでに青ざめていて、生気を感じなかった。血しぶきを浴びた刀と袴。
お前が殺したのか?それ・・・
「貴方には関係のない事です。」
何だよそれ・・・関係ないわけ・・・私は思わず顔を背け目を細めた。鼻を突く強烈な血の匂いが・・・悪寒がもう・・・限界だ。
私は激しく嘔吐した。ダメだ・・・意識が混沌として、頭が回らない。
「これ以上・・・関わらないで下さい。」
何でだよ・・・お前は友達じゃなかったのかよ!
空巫女はゆっくりと私の元へ歩み寄ってくる。

だ、ダメだ・・・殺される。
足が震えた私は、逃げる事ができなかった。

逃げなきゃ・・・逃げなk・・・
その瞬間、頭の中が真っ白に染まっていった・・・

薄れゆく意識の中で誰かを呼ぶ声が聞こえた気がした。やっと眠りに着くことができるのか。真冬のアスファルトの床は冷たいんだろうなぁ・・・

あーあ、処女のまま死ぬのかぁ・・・

私の人生、どこで間違えたのかな・・・

今日は最低の一日だ。

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