【散文詩】ジャック
昨夜の子供は何処へ行ったのかとジャックは訊いた。
それは観ている映画の話だったけど、余分なお酒などないのだと
何度も言ったのに真っ暗な中、一人酔っ払って頷いている。
いつだったかカナダのナイアガラに行った時
美味しいジュースみたいなワインを飲んで喜んだ二人の
思い出なんて、きっと忘れているのね。
そんなことを考えながらキッチンで私も一人でタバコをふかしながら
お酒を飲んだ。
ありがとうと大好きも、あの頃は自由気ままにお互い言い合って
笑っていたのに長い歳月が変えてしまった。
側でヒューヒュー鳴いているのは窓に当たる風。
今日は台風が来ているみたい。
泣きたくても泣けない大人。
煙が目に沁みた。
子供の頃は泣き虫だった私はジャックとは違って体が弱かった。
ジャックは体の強い男の子で毎日外を飛び回っていたらしい。
大学でラグビー部員になって活躍していた頃の写真が今でも
壁に貼ってある。
ゆっくりと流れていく過去。
それを傍観する自分。
お酒の力でジャックとの喜びを追い出して追い出して⋯⋯。
嬉しくて泣いていても塩の味がする。
そう笑って映画館を出たあの日も外は台風だった。
車に乗り込んだ時、びっしょりで「このままホテルに行こうか」と
赤い顔をしてジャックは言った。
私は平気そうな素ぶりで「いいわよ」と小さく呟いた。
今でも愛してるかと言われれば
もうそうじゃないと言い切れるだろうか。
愛してないと言い切れば気持ちが楽になるだろうか。
ジャックは働かない。
片手が動かなくなってから無口になった。
その内私の話も聞かなくなって会話は無くなった。
それでも、ねぇ、ジャック、こんな醜いあんたを
私はどうかしちゃってる。
愛してるのよ。
愛しちゃってるのよ。
溢れるとめどなく流れる熱い涙が、心の中を支配する。
あの風景が、あの景色が、あの笑顔が私を支配する。
原風景になって、連れていく。
どんなに酷い事実があっても過去が私をさらっていく。
いつの間にかタバコの火が消えていた。
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