ソラの王 0章・プロローグ(SIDEリオ)

 人のいない静寂な街に、雨音が響く。
 秒針の音はかき消され、雫が代わりに時を刻む。
 眼前にある水溜りに映る自分の姿を、
 薄黒い雲を、
 濡れて光る壁面を見て、前に視線を戻して歩く。
 まっすぐに歩いて行けば、いつもの公園にたどり着く。
 濡れたベンチに座る。
「・・・・・・ふぅ」
 白く見える溜息が、空気に紛れて消えていく。
 私の心は物思いにふけっている。
 側溝を流れる水の音。
 轟く雷鳴。
 嫌なことがあったわけでもないのに、なぜか悲しく思えてしまう。
「帰ろ」
 ここにいても、心は満たされない。
 登校時から持っていた傘は、はじめから差す気などなかった。
 今日は、雨に身を晒して帰りたい気分だった。

 帰宅する。
「ただいまー」
 返事は帰ってこない。
 少しでも両親が出張から帰ってきたと期待した私は、馬鹿なんだろうか。
「さぁて、暇だなぁ」
 学校の宿題なんて屁でもない。
 そもそも宿題なんて、無理やり仕事を課されたようなものだ。
 やる価値なんて、これっぽっちもないだろう。
 学校は会社じゃあるまいし。
 では、家事をしてはいかがだろうか。
 する気分じゃない。
 無。
 ただ、虚無。
 ぼーっとしたいだけなんだ。
 無駄に大きいベッドに横になる。
 天井は年季のある木の板だ。
 照明はシャンデリア風のもの。
 こんな所に金をかける両親の気持ちはわからなかった。
 時間をつぶしたくて、私は目を閉じた。

 目を覚ますと、そこは一面青空が広がった快晴の空間が広がっていた。
 地面すらないその世界は、煌めく太陽がやさしく照らしてくれていた。
 ゆったりと、綺麗な世界を歩いていく。
 今日の雨とは違って、晴れやかな気分になれた。
「うん、いい天気だ」
 そう思うと、つい横になりたくなってしまう。
「お?」
 視線の先には、都合よくピクニックで使うシートが敷いてあった。
 しかし、シートの上には見知らぬ男が既に座っているではないか。
 さらに言えば、気持ちよさそうだし。
「あのー」
 気が付けば、横になりたい気持ちが先走って男に話しかけていた。
「……」
 反応はなし。
 「すみませーん」
 肩をポンポン叩きながら話しかける。
「……」
 これでも反応はない。
「いい加減、反応しろー!!」
 私は思い切って顔面を平手打ちする。
 バチーン!、と会心の一撃が入った。
「イテッ!」
 男はようやく反応を示した。
 普通なら、平手打ちされたら気分は悪いはずだ。
 それなのに、その男ときたら、私をじっと見てくるではないか。
 頭からつま先までじーっと見てくる。
 何か厭らしい事を考えている様子はなく、本質を見ている目をして見ていた。
「君は、いい人だね」
 なんと、笑ってそう言ってきたではないか。
「反応されなくて挙句の果てに平手打ちした人の、どこがいいと思ったのか、説明してもらおうか」
 ぎろりと睨み返してみる。
 それにも嫌な顔せず、
「こっちの話だよ」
 と返してきた。
 かなりの甘ちゃんだと思った。
 そのせいか、無性に腹が立った。
 今度はデコピンしてやろうかと思ったとき、
「君は、私と運命で繋がっているんだな」
 と訳のわからないことを言ってきた。
「……はい?」
 問い詰めてやろうと思ったそのとき、私は現実に目覚めていた。
「……変な夢」
 凄くモヤモヤするし、ムカついているが、空腹である。
「ごはん、食べようかな」
 とりあえず、夕飯を食べることにした。

 夕飯を食べた後、窓から夜空を見てみると、青白く輝く満月があった。
 雨は止んでいて、鈴虫の鳴き声が聞こえる。
 この綺麗な景色を、どうせならば両親と見たいと思った。
 彼氏がいるなら、彼氏でもいい。
 誰かと、共有したい。
「風呂入ろ」
 これ以上考えても寂しくなる。
 心を癒したくて、風呂場に向かった。
 湯船に浸かっていても、あの男がちらついて仕方ない。
 あんな変な男、ただ者であるはずがない。
 ひょっとして、変態なのか。
 まぁ、正体を考えたって仕方ない。
「運命で繋がっている、ってどんだけ浪漫求めてんの。あの男」
 今にも化けて出てきそうだ。
 ただ、会えたのならとっちめてやると決意した。

 明日の準備を終わらせて、ベッドに横になった。
 目を瞑ってみるも、あのときどれだけの時間寝ていたのか全くもって眠くなかった。
 どうしようもないので、何か”寝る”以外の事を考えてみる。
 明日何をしようか。
 いい日になるのかな。
 いろいろと考えてみる。
 しかしながら、寝れそうにはなかった。
「わけわからん本でも読むかな」
 そう思って、本棚を漁ってみる。
 ある一冊の本に手を掛けたとき、A4サイズのクリアファイルが落ちてきた。
「なにこれ?」
 気になって手に取ってみる。
「ソラと太陽、ね。童話みたい」
 中を見ると、宝の地図みたいな紙質の紙が一枚だけ挟まっていた。
 内容は、
 ”ひとつ、天候を司る空の王。
  ひとつ、星々を統率した宇宙の皇帝。
  ひとつ、天に産まれて神に望まれた天のオウ。
  されど起源である太陽が、それらを永久に照らし続けている。”
 というものである。
 正直、こういった世界観はよくわからない。
 ヒーローや恋愛漫画の世界なら、理解はできるのだが。
 ただ、得をしたことが1つだけある。
「眠くなってきたなぁ」
 そう。
 眠気がやってきたのである。
 かくして、再びベッドに横になってみればすんなりと眠りにつくことができた。

 眠りについてから、やけに涼しく感じた。
 ついに私も死んでしまったかと思ってしまうほどに。
 様子が気になったので、目を開けてみることにした。
 なんと、先ほどの夢で見た世界にいるではないか。
「またここで会うなんて、何か特別なことでもあったのかい?」
 今度は男の方から話しかけてきた。
 無視してやろうかコイツなどと思ったが、行動に移すわけにもいかず、そのまま会話を続けてみることにした。
「ないよ。ただ、眠たくなかっただけ」
「そうか。なら、立ち去ってほしいのだけど」
 男は笑顔でとんでもないことを言い出した。
 何か特別なことを作らなければ、この空間から追い出されてしまう。
 深夜に起きて二度寝なんてのは御免だ。
 仕方ない。
「いやぁ、面白い紙見つけちゃってさぁ。それでここに来たのかもねぇ」
 わざとらしく言ってみる。
「ほう。あの紙を見つけたのは、確かなようだね」
 正直に言ってみるもんだ。
 この男、食いついているぞ。
「そうそう。ソラと太陽ってタイトルなんだけど」
 さらに踏み込んでみる。
「ほうほう」
 男は、機嫌よく首を縦に振った。
 さては、この男が書いたのか。
 それとも、勝手に侵入して置いていったのか。
 後者なら変態で確定だな。
「ねぇ」
「なんだろうか」
「通報していい?」
 一言言い放つと、男は目を見開いた。
 動揺しているのがバレバレである。
 「それは勘弁していただこうか」
 震えた声で懇願してきた。
「で、あの紙はなんなの?」
「すまないが、誰が書いたのかはわからない。ただ、私がその紙を持っていたのは確かだよ」
「落としたの?」
「恐らく」
「不法侵入では、ないんだよね?」
 少し脅してみる。
「誓ってそれはしてません」
 目が泳いでいるように見える。
 怪しさ満点の反応だが、こんな本当にいるのかもわからない存在に気を取られてばかりではいられない。
「まぁ、私が気にしているのはその内容なんだよね」
「気になるか」
「ならないわけないでしょ。わけわからんものなのに」
 男は”まぁそうか”と頷いた。
「紙に書いてある通りのことは間違いない。細かく言えば、人々がソラという固有名詞で呼ぶものには主に上空を示す空、大気圏を超えた先にある点々と輝く星々の住処となっている宇宙、天使や神が暮らしている世界や死後に訪れる天国など、神秘的な世界を示す天の3つのものがある。それで、その全てには崇拝されている王様が3人いる、ということだ」
 なるほど。
 人々の希望。
 星々の希望。
 天使や神々の希望。
 その結晶体というイメージって考え方なのだろう。
「で、太陽はなんなの?」
「わかりやすい例えでいこうか。試しに、それぞれのソラをイラストで描いてほしい。まぁ、1つだけ例外は出るかもしれないがね」
「わかった」
 言われるがままに絵を描く。
「はい、できたよ」
 3枚の絵を渡す。
「3つの内2つは予想通りだな。ただ、1つは想定外だ」
 そう言われて出されたのは宇宙の絵だった。
「太陽系描いたんだけど、違った?」
「いや、君は現実的な考えをするのか、個性が強いのかのどちらかの人種であるとわかったよ。世間体なら、白く輝く星々を描くのが一般的だと私は考えるからね」
 ちゃんと自分の考えはあるんだな、この男。
「まぁ、そんなことはどうでもいい。これで気づいてほしいのは、差してくる太陽光や、太陽そのものを描いていて、ソラには太陽が欠かせない存在であるということだ」
「おお、なるほどね」
 少し感心してしまった。
 さて、私の抱いた根本的な疑問を解決しよう。
「あの紙については理解した。でも、あんたは何者なの?」
 このままではただの変態という認識で固定されてしまう。
 いい加減にはっきりさせておこう。
「私が何者かなど、今の流れで把握できたかと思っていたが、一応答え合わせと思って言っておくか」
 なぜかごくりと固唾を呑んでしまった。
「私は、ソラの王の1人、天空を司る空の王である」
「そうですか」
 もっと凄いものを期待してしまっていたのだろう。
 素直に驚けない。
「反応が薄いな。まぁ、次の私の願いで驚くだろうがね」
「王様の、願い?」
 果たして、何を言われるのだろうか。
「私を、君の家に置いてほしい」
「……はい?」
 処理が追いつかない。
「なんて?」
「わかりやすく伝えよう。居候させてほしい」
 なんと、これには驚いた。
「いいけど、こっちの要求に応えてもらおうかな?」
「できる範囲なら構わないが?」
 お、私の願いも叶いそうだぞ。
「じゃあ、家事全般と学校から出された宿題やってくれる?」
 頼む、召使になってくれ。
 いや、ください。
「家事全般ならば引き受けよう。宿題は、うん。自力でやれ」
 宿題は無理なようだ。
 まぁ、初めから宿題の方は叶わないなと思っていたが。
「家事だけでもやってくれるのはうれしいから、居候させてあげる」
「うむ。契約成立というやつだな」
 契約かどうかは知らないけれど。
「それで、どうやって来るわけ?」
「簡単だよ。化けて出ればいいんだから」
 本当に化けるのか。
 どうせ夢だ。
 架空の存在だ。
 こうは言っているが、私の妄想で片付いてしまうんだろうな。
「それでは、夕方には来ますから」
「はいはい。待ってますよ」
 互いに少し、笑っていた。
 意識が遠くなる。
 おそらく朝が来たんだろうと、なぜか実感できた。

 ジリリリリリリ。
 ジリリリリリリ。
 目覚まし時計の音がする。
「う、うーん」
 目をこすろうと思ったけれど、そうしなくても目は覚めていた。
「あれだけ鮮明な夢見たのに、よく寝れてたんだ」
 その感覚は、かなり不思議で言葉にできそうにない。
 とりあえず、朝の支度を済ませてしまおう。

 居間に行った。
 しかし、朝食は当然の如く自分で用意しなくてはならない。
「はぁ、トーストでいいや」
 めんどくさそうにして、パンを焼く。
 焼き終えたパンは少し焦げていて、塗りまくったバターは甘ったるい。
「うう。加減まちがえた」
 朝から腹部が少し悪くなった。
 少し気分を落ち着かせ、無理やり笑って制服を着る。
「準備準備~」
 鞄の中身を確かめる。
「教科書良し、気分はぼちぼち」
 問題は、昼食だ。
「あ~、昨日のおかず詰め込もう」
 お手製であるテキトー弁当を早急に作り、鞄に入れる。
「さて、行きますかね」
 ドアノブに手をかける。
 深呼吸をして、家を出た。

 家を出て、しばらく歩く。
 歩いた先に見えるのは、ファミレスだ。
 放課後に通れば、それなりに車は駐車されていて、客足はぼとぼちなレストランだ。
 評判は店員の対応、料理共に良く、家事が面倒な私からしたらかなりお世話になっている。
 そんなありがたいレストランを過ぎて行けば、駅が見える。
 まぁ、暇なときは足を運んでいる。
 映画館、ゲームセンターなどなんでもござれの駅前は、老若男女問わず人気だ。
 通勤、通学してる人も多く利用してる。
 駅を過ぎると、街路樹が並んだ綺麗な道が続く。
 人はいい具合に歩いていて、穏やかな街だと実感できる。
 綺麗な道の後は、坂道になっていて運動不足な人には厳しい。
 まぁ、そんなに辛くはないのだけれど。
 この坂道を越えれば、私の通う”月ノ雫高等学校”に到着する。
 学校の名前の由来が”月の石が降ってきたから”とかいう信憑性のない由来なのは頂けない。

 教室に入る。
 すると、
「おい久城」
 と呼び止められる。
「何?」
 呼び止めたのはクラスの委員長だった。
 学生のためなら何でもしてくれる、良く言えばやさしい人で、悪く言えばしつこいおせっかい焼きな人物だ。
「昼食、持ってきてるんだろうな?」
「持ってきてるよ」
「それでいい。まぁ、忘れていたら学食を食わせるがな」
 購買のパンで済ませてはもらえないのかな。
「……うん、わかった」 
 そう返事をすると、ご機嫌よく自分の席に戻った。
「凛音、ついに捕まったね」
「まぁ今日は早くに来ちゃったし、仕方ないよ」
「いつもギリギリに来るもんね。凛音は」
 話しかけてきたのは、友人の芳村癒月よしむらゆづき
 明るく元気で、クラスの癒しとなっている存在だ。
 私も癒月には元気をもらっている。
 私は、久城凛音くじょうりお
 まぁ、普通の人です。
「今日の授業、だるいよね~」
 癒月が体を伸ばしてそう言ってきた。
 それは、ただ眠いだけなのではないだろうか。
「そうかな?」
「そうだよ。数学に化学、日本史だよ?」
 はぁ、と大きな溜息を吐いた。
「凛音、だるそうだよ?やっぱり、学校の授業めんどくさいんじゃない?」
「そう見えるの?」
 私は思ったことは言うようにしている。
 それでいつも本音で話しているんだと思っている。
 でも、何か、心の中は霧がかかっているようにも感じ取ってしまう。
「あ、時間だね。席に戻るよ」
 じゃ、と手を振って行った。

 1限目は数学だ。
 基本、少し話を聞いて問題を解くといった流れで授業は進む。
 演習の時間になれば、私の周りから少しだけ話し声が聞こえてくる。
「この問題難しいなぁ」
「この式を簡単にするんだよ」
 数学という教科は難しいらしい。
 私からすれば、数字を組み替えるか、記号を弄り回すかとしか思えない教科だ。
 そんなに難しいようには思えない。
 ただ、教えてあげたらできる人もいるということも事実。
 結局は個人の力量によるのだと思う。
 その後は癒月の言ったとおりに予定が進む。
 どの授業も、退屈そうに話を聞いている事は変わらない。

 退屈で眠い授業が終わり、昼休みに入る。
 空が綺麗だなぁ、と思いながら外を眺めていると足音が1つ聞こえてくる。
「ねぇ、一緒に食べない?」
「いいよ」
 普通に承諾した。
 ただそれだけなのに、
「こういうときは凄く楽しそうな顔するよね」
と見ている側も癒されています的な表情で伝えてきた。
 正直な話、楽しいと思っている。
 表情筋の動きでわかってしまう。
 無意識のうちに、癒月といることは何よりも楽しいと感じている事を。
「あ、そうだ。波風くん知ってる?」
「ああ、波風? 何かしたの?」
「超強いらしい」
 ああ、と軽く流す。
「あ、興味ないでしょ?」
「まぁ、他人事だしね」
 やれやれ、という態度を示されてしまった。
「聞いたら驚くって! ヤンキー15人を木の枝でやっつけるところみたんだから」
「はは、そんな冗談は通じないよ癒月。せめて木刀って言わないと」
 私は癒月を諭そうと試みた。
「ホントだって! その辺の長い木の枝でぼっこぼこにしてたんだから」
 どれどれと興味本位で癒月のスマホを覗いてみる。
「木の枝で、ねぇ」
 そんなに言うのなら本当なんだろう。
「なんか騒がしいね」
「みんな食堂とか行くんじゃない?」
 もぐもぐと弁当を食べる。
「波風来たよ」
 癒月はどれどれと乗り気で廊下を見る。
「え! ホント!?」
 癒月は廊下を見る。
「わ、ホントだ」
 見て満足したのか、すぐに弁当に向き直った。
 様子を見てみると、なにやらうちのクラスに用があるようだ。
 きっと、昼ご飯を一緒に食べる相手を呼びに来たのだろう。
ほむら! 飯食うぞ!」
 波風は元気よく焔という人を呼んだ。
「今行くからちょい待ってろ!」
 焔くんは弁当が包まれた風呂敷を持って教室を出た。
 焔くんがうちのクラスを去っていくとき、偶然にも波風と目が合ったような気がした。
「じゃ、私たちもご飯食べよっか」
 それからは和やかな昼休みを過ごした。

 共感する人も多いだろう。
 午後の授業が眠いということを。
 そのおかげで放課後まで寝てしまう羽目になった。
 ぱっと窓から外を見てみると、夕日が街を朱色に染めていた。
「あ、そっか」
 今日、癒月は部活に行っていて帰りは別々になるのであった。
「帰ろ」
 静かな教室から1人寂しく出た。

 帰り道の最中で、ふと昨日のことを思い出した。
「夕方だから、あいつ家にいるのかな」
 空の王。
 そんな胡散臭い架空の存在が、居候なんてして何がしたいのだろうか。
 現時点でわかっている事は、変態であるということだけ。
 万が一不審な事をしようものなら、通報しなければと決意を固めた。
 そんな事を考えていても、街の景色は変わらない。
 それが唯一脳を休ませてくれる癒しだった。

 ついに自宅に帰ってきた。
 おそらく、中にあの変態がいるのだろう。
 ドアを開けることに少し抵抗を感じてしまう。
「すぅー、はぁー」
 深呼吸をして、気分を落ち着かせる。
「よし、開けるぞ」
 ついに決心した。
 そしてドアを開けた。
「ただい――」
「ようやく帰ってきたか。ほら、夕飯の時間ですよ」
 ただいま、と言い切る前に迎えられた。
 夕飯の時間と伝えてくるあたり、ごはんも準備できているのだろう。
「? ほら、ちゃっちゃと手を洗って食べよう。冷めてしまうぞ」
「え? ああ、うん」
 言われるがままに、手洗いとうがいを済ませた。

 食卓にはシチューをはじめとした西洋の料理が並べられていた。
 しかも美味しそうである。
「準備もできたことだし、食べようか」
「そうだね。食べよっか」
 2人そろって椅子に座った。
「「いただきます」」
 そして同時に食べ始めた。
 シチューを1口味わうと、まろやかでとても美味しかった。
「家事全般を引き受ける身だ。これぐらいはできないとな」
 さも当然のように自分は凄いんだぞと自慢してきた。
 それが少しむかついたが、コイツをずっと居候させる選択しかないだろうなとも思った。
 そうして暫くは料理を堪能したが、コイツについて聞くことは聞いておこうと思う。
「空の王、なんだって?」
「いかにも」
「具体的に何ができるの?」
「いろいろ、だな」
 空の王はそう答えたあとに少し考えた。
「そうだ。今から晴れたまま嵐を出したら信じてくれるだろう?」
 空の王は、すごく、恐ろしいことを発言した。
「そんな芸当ができるんなら、ね」
 そんな馬鹿なと嘲笑して煽った。
「では、今からってみせよう」
 そう言うと空の王は腕を天井に伸ばして、指を鳴らした。
 その後は特に何もしなかった。
 しばらく沈黙の時間が続く。
「ん?」
 雨の降る音が聞こえてきた。
 もしやと思い、窓の方へと急いだ。
「なっ!?」
 外に広がっていた光景は、晴天の中で降り続ける土砂降りの雨と強風、稀に降り注ぐ雷が共存している光景だった。
「これで、信じてもらえたかな?」
 やれやれ、という態度で私を見つめてくる。
「はぁ。ここまできたら、もう信じるしかないでしょ」
 もう、疑える要素があっても突っ込む気にはなれず、信じるしかないように思えた。
「よし、あなたが空の王なのはわかった。で、居候させてほしいんだっけ?」
「そう伝えたはずだが?」
「じゃあ、家賃払ってね」
 そう言うと、空の王は不気味に笑い出した。
 洗脳でもされるのか、という恐怖心が湧いてきた。
「家賃は無理だが、代わりにいいものをあげよう」
「え、怖いんだけど」
「まぁ、すぐ終わる。とりあえず目を瞑ってくれ」
 言われるがままに目を瞑る。
「さ、開けていいぞ」
「え、もういいの?」
「ああ、終わったからな」
 そう言われて薄目で周りを見てみる。
 特に何か変わったわけではなさそうだ。
「何が起こったか、わからない顔をしているな」
「そりゃな。何も変わってないんだもんな」
 そう言いながら目線を自分の方へ向けると、銀色に輝く太陽がぶら下がっていた。
「ペンダント?」
「ああ、そうだ。だが、少々サイズが大きかったようだな」
 何か見下されているような視線を向けられる。
「はいはい、そうですね。で? これが何かいいものなの?」
「ああ、勿論さ。お金に困れば売ればいいし、ピンチになったら祈ればいい」
「じゃあ売るね」
 そう冗談を口にした。
 冗談、だったのだが。
「売れば、後悔するぞ」
 かなり強めに警告された。
「ピンチになったら祈れって言うのは、私が召喚されるという意味だ。いわば防犯スカイさんというやつだ」
「な、なるほどねー」
 どうやら、変な冗談は言えるようだ。
「まぁ、なんだ。とりあえずいいものはもらえたわけだ」
 あはは、なんて笑ってみる。
 おもしろくもなんともないけれど。
「そういえば、なんでスカイ、はここに来たの?」
「ノーコメント」
 即答された。
 よほど言えないことがあるのだろう。
「ま、来るべき時にでも話すよ。それと、1つ個人的なことで言えば自立したかったことが理由だよ」
「自立って。それって、ずっと誰かの言いなりで過ごしてきたみたいな話?」
「そこも一緒に話すよ。今は話せない」
 秘密主義な男だ。
 これじゃ理解しようにもどうしようもない。
「んじゃ、これだけ確認ね。ソラの王って、空と宇宙、天の存在を王として具現化した、ただのフィクションって認識でいいのね?」
「昨晩の話をざっくりと解釈するならば、そうなる」
 スカイは頷いて答えた。
 そうして、私の話したいことが終わってしまったらあとは雑談だ。
 好物、嫌いなもの、趣味といった話題が続く。
 驚いたことは、嫌いなものはほとんどないという事だ。
 よっぽどやばいものであれば、嫌いなものに認定されるんだろうけど。
 長い食事が終わる。
 これからこのやばい男と共同生活をするというのだから、私の心は不安と緊張でいっぱいだった。

 朝、起きてみれば空気がいつもより澄んでいた。
 居間に行くまでに感じたことは、家がいつもよりも綺麗であったことだ。
 掃除は定期的にしているが、掃除の行き届かないところは汚いものである。
 綺麗な気持ちになったとき、美味しそうな香りが漂ってくる。
 居間に行くとその正体はすぐにわかった。
 焼いたトーストから漂うバターの香りだった。
「凛音、ごはんならもうできているぞ」
 どうやらスカイが用意したらしい。
「ほら、食べて支度するぞ」
「ああ、うん」
 とりあえず食卓について、トーストを食した。
 味は一般家庭で作れる味だったが、私からしたら他人が作ったごはんは久しぶりでとても新鮮だった。

 身支度を終えて、いよいよ出発するとき、スカイがついてきた。
「何? 他に用事あるの?」
「ただのお見送りだけど、お節介だったかな?」
「いや、そんなことない。むしろ嬉しいよ」
 両親が出張に行ってからは見送ってくれる相手なんていなかったから、こういったことは久しぶりだった。
 だから、すごく気分がよかった。
「それじゃ、いってきます」
「ああ、気をつけてな」
 ドアを開けて、空を見上げれば雲一つない快晴だった。

 通学路の途中、珍しいものを見かけた。
「あれ?」
 そこには波風と思われる男子生徒が見知らぬ女子生徒と歩いていた。
「彼女とかいるもんだよなぁ」
 ふたりっきりで歩いているからといって恋愛関係にあると決めつけてしまう悪い癖が出てしまった。
 幼馴染かもしれないし、転校生に月ノ雫まで道案内してあげているのかもしれない。
 大きく深呼吸をして、2人の後をつけるように登校した。

 教室に入ると、教室がざわついていた。
「転校生来るらしいぜ」
「うちのクラスかな?」
「隣のクラスだってさ」
「あとで行ってみようぜ」
 どうやら、隣のクラスに転校生が来たらしい。
 そりゃ騒がしくもなるわけだ。
 その中の1人と化していた癒月が私の方へ駆け寄ってきた。
「転校生、どんな人かな~楽しみだな~」
「そんなソワソワしなくても、隣行けば会えるでしょ?」
「それはそうだけどさ~」
 友達になりたくてたまらない様子はこどもがはしゃいでいる様子と合致していた。
 ふと、登校時のことを思い出す。
「ああ、あれだったのかな」
 男子生徒は波風で、その隣を歩いていたのが転校生だという考えが少しだけ確信に変わってきていた。
「なになに? まさかもう見ちゃったとか?」
 癒月の目は眩しすぎるくらい輝いていた。
「ん、多分だけどね」
「どんな感じだった?」
「確か金髪。それで少し低身長のかわいらしい感じだったよ」
 わぁぁ、と更に楽しみゲージが上がっているように思えた。
「ねぇ、付き合うと思う?」
 まずい、癒月が恋バナをし始めると暴走してしまう。
「さ、さぁね。私は恋愛とか疎いし」
 私の反応が面白くなかったのか、ちぇー、と拗ねてしまった。
「それより、今日は隣の教室すごくなりそうだけどどうするの?」
「大丈夫大丈夫! 昼休みには空いてるって」
 初日で朝に見かけていないからこそ、一目見ようと昼休みに大勢の人が来そうなものですが。
「おーい、席につけよー」
 かなり盛り上がっていたところに担任がやってきた。
 朝の連絡の中には、”転校生に迷惑はかけるなよ”という事項があった。

 転校生のことを考えていたらいつの間にか午前の授業が終わり、昼休みを迎えていた。
 授業内容は当然頭に入っていない。
 おそらくクラスメイト全員が同じ状態だろう。
 もう既に何人かは隣の教室を覗いている。
 当然、癒月もそのうちの1人である。
 かくいう私もソワソワして仕方なかったため、教室を出ることにした。

 気持ちを落ち着かせるために校内を歩いていると、朝見かけた女子生徒が歩いてきた。
「あ、あの」
 かなり緊張した様子で話しかけられた。
「何?」
 優しく返事をしたはず、だ。
「ご、ゴミ箱ってこの辺にありますか?」
 人見知りなのか、ぎこちない様子だった。
「ああ、そこの角にでかいのがあるよ。もやせるゴミだけど」
「あ、もやせるゴミで大丈夫です」
 ぎこちない様子だったものが、少しずつ朗らかになっていった。
 一瞬だけではあったが、笑顔はかなりかわいい。
 そもそも、容姿端麗でかなり美人ではあった。
「ありがとう、ええと」
「久城凛音。凛音でいいよ」
「はい。リオ、ありがとう」
 その感謝の気持ちを伝える様子は、上品なお嬢様を想像させた。
「礼は必ずしますから」
 そう言って去っていく彼女を
「あ、そういえばさ」
 と呼び止めていた。
「どうかしたんですか?」
「名前、聞いてなかったから」
 そういえば、という表情をして彼女は自分の名前を口にした。
「月嶋瑠奈、と言います」
「へぇ、瑠奈。いい名前だね」
「そ、そうですかねぇ」
 へへへ、と頭をぽりぽりしながら笑った。
 その姿は先ほどの上品さを感じるものではなく、どこにでもいる少女を連想させるものだった。
「あ、そろそろ昼休み終わりますね」
「あ、そうだね。もどろっか」
 噂の転校生、月嶋瑠奈と教室に戻る。
 とりあえず、悪い人じゃなくてよかったなぁというのが正直な感想だった。

 教室に夕日が差し込む。
 午後の授業が終わって放課後になっていた。
「もう夕方かぁ」
 時間の流れは早いと改めて思う。
 予定も特にないため、とりあえず帰ることにした。

 帰り道、信号が赤になって立ち止まる。
 息抜きに空を見上げる。
「おぉ」
 日が沈みゆく中で綺麗に輝く星が見えた。
 他の星よりも輝いており、一等星と呼ぶに相応しかった。
 信号が青に変わり、特有の音が鳴る。
 渡ろうと思い、横断歩道に一歩踏み出した時、
「へ?」
 輝く星々に照らされた庭が見えた。
 地面は水で、花畑が広がっている。
 見惚れてもう一歩踏み出せば、その空間はもうなかった。
「な、なんだよ今の」
 綺麗だと思った反面、不気味だとも思った。

「ただいまー」
 少し気怠そうにしてドアを開ける。
 スカイの姿が見えなかったので、居間に行った。
 すると、エプロンなんかしちゃったスカイが夕飯を作っていた。
「おかえりなさい、リオ。もう少しでできるから手を洗って座って待っててくれ」
 何やら忙しそうだ。
 無理に手伝おうとすると迷惑になってしまいそうな雰囲気なので、大人しく待つことにした。

 10分程度経ったら、既に夕飯は並べられていた。
「さて、あとは私の分だな。あ、先に食べていてくれ」
「え、嫌だよ」
 私が拒否したことが意外だったのか、驚いている。
「冷めたらまずいだろ?食べたほうがいいと思うが」
「言わなきゃだめ?」
「何を?」
 この男、すごく鈍感だ。
「ごはんは、1人で食べるより2人で食べたほうがおいしいってことでしょうが」
「それ、感情論では?」
 いつかしばいてやると誓った。

「「いただきます」」
 結局のところ、2人で一緒に食べることになった。
 黙って1口目を吟味する。
 私はかなりおいしいと感じた。
「自分で作った料理の味はいかが?」
「む、むぅ。おいしい、と思う」
 顔を赤くしてそう言った。
 つい先日まで見知らぬ男だったとはいえ、誰かが作る料理はおいしいと実感する。
「もっと自分を褒めていいと思うよ」
「そ、そうかな」
 ついに箸が止まった。
 スカイはどうだったか知らないけれど、私はこの時間は楽しいものとなった。

 食事を終えると、スカイが率先して食器を洗ってくれた。
 さらに風呂の湯沸かしまでしてくれた。
 召使っていいなぁ、と悪い思考に入りそうな自分がいる。
「さて、湯が沸くまで時間があるしゆっくりしようか」
 ふぅ、と1つ溜息を吐いた後、私の隣に座った。
「そういえば、学校はどうなんだ?」
「学校? まぁ、それなりに楽しんでるよ」
 そうか、とスカイは安堵した様子を見せた。
「珍しく転校生も来たしね」
「ほう、興味があるぞ。聞かせろよ」
 急に男子高生のノリに変わった。
「その子、凄い美人さんなんだよ」
「まさか、それだけなのか?」
「え? 逆に何知りたいの?」
「名前とか性格とかあるだろ」
 恋人にでもしたいのかこの男は。
月嶋瑠奈つきしまるな、って名前だよ。性格はまだ初日だしわからないけど、人見知りなのはわかったかな」
 じっと黙って真剣に聞いている。
「へぇ、仲良くできそうか?」
「た、たぶんね」
 ははは、笑って流した。
「あ、そういえば少しだけ存在感が凄いときあったなぁ」
「存在感が凄い? 私よりもか?」
「少なくとも自分のことを王と言ってる割に存在感の”そ”の字も出せてないあんたよりは凄いね」
「そ、そうか」
 言い過ぎてしまったのか、少し落ち込んでいるように見える。
「……会わせろ」
 小声で何かを言った気がするが、よく聞こえなかった。
「なんて?」
「俺に、会わせろ。存在感というものを教えてやる」
「えぇ……」
 器の小さい男だ。
 自分より凄いと言われたら対抗心を燃やしてねじ伏せようとしているのだから。
「じゃあ、放課後どうしたらいい?」
「食事会と称して家に呼びましょうか」
 へっへっへ、と不気味な笑みを浮かべている。
 正直気持ち悪いなぁと思いながらその様子を見ていた。

 風呂から上がり、牛乳を飲んでゆっくりしている。
「さて、それでは私は先に寝るとしようかね」
 ほかほかになったスカイは欠伸をして自室に戻った。
「おやすみ、スカイ」
「ああ、おやすみリオ」
 そんな眠そうなスカイにおやすみと伝える。
 そんな私も眠い。
 幸いにも今日するべきことはもうないので、自室に戻ることにした。

 自室に戻り、少しだけ外を見る。
「綺麗だなぁ、ふぁぁ」
 星空を見るなり欠伸が出てしまった。
 もう眠気が限界突破しそうだ。
「寝よ」
 そうしてベッドにダイブしようかと思ったとき、
「――あ」
 白く輝く流れ星が見えた。
 どの星よりも輝いていて、人が願うに相応しい。
 自惚れてしまったか、私のために光っているのだと錯覚してしまった。
 見惚れているうちに星は隣町に消えてしまった。
「いい景色だったなぁ」
 この景色を忘れることは、ないのだろう。
 瞼の裏に景色が映ったまま眠りについた。

 目が覚めると、朝日が部屋に差し込んでいた。 
「あ、カーテン閉め忘れてたのか」
 星を見ることに夢中になっていたし、かなり眠かったからうっかりしていたのだろう。
 過ぎたことだ。
 新しい気持ちで朝を迎えることにしよう。

 居間に行くと、スカイが朝食を並べ終えていた。
 今日は白米に味噌汁、目玉焼きのようだ。
「さ、もう食べていいですぞ」
「……ですぞ?」 
 家で過ごし始めてから思ったけど、スカイのキャラがブレブレな気がする。
「まぁいいや。いただきます」 
 気にしていても仕方ない。
 とりあえず朝食を食べてしまおう。

 朝食を食べ終えて、身支度を済ませる。
「忘れ物は大丈夫か?」
「今日は大丈夫。それじゃ、いってきます」
 笑顔でスカイに見送られる。
 元気よく、とも言えないが、清々しい気分で家を出た。

 通学路を歩いていると、再び波風聡なみかぜさとしの姿が見えた。
 隣にはもちろん月嶋瑠奈も歩いている。
 瑠奈とはもう友達、なんだしちょっかいぐらい出しても怒られないはず。
 しかし私はそんな勇気を持っていなかった。
「波風と話したことないしなぁ」
 仕方ない、仕方ないと思いながら追い抜いた。
 すると、
「あ、リオだ」
 と瑠奈に呼び止められる。
「ふぇ!」
 しまった、変な声が出てしまった。
「久城、か」
「波風、聡」
 沈黙の時間が数分続いた。
 その間、瑠奈ではなく波風と目が合っていた。
「? 俺を見たって何も出てこないぞ」
「え、ああごめん」
 なぜか謝ってしまった。
 しかし波風を見てみれば、少し顔が赤いではないか。
「せっかくだし3人で行きませんか?」
 パアア、という擬音が似合うほど瑠奈は輝いている。
「俺は別にいいけど、久城はどうだ?」
 どうしよう。
 正直に1人で行きたいと言ったほうがいいのだろうか。
 私は、
「あ~、ごめんね瑠奈。普段1人で登校してるからさ」
 正直に言うことにした。
 このときの瑠奈は少し悲しそうな顔をしていた。
「そっか。気を付けてな」
 それに対して、波風は優しく見送ってくれた。
 少し、申し訳なく感じてしまった。

 教室に入るなり、瑠奈のことを考えてしまう。
 こちらから見れば少し悲しそう、で済むのかもしれないが本人からしたらショックかもしれないし。
「はぁ」
 だが、ふと思った。
 これを口実に家に誘えばいいのではないだろうか。
「お詫びも込めて誘ってみよう」
 昼休みに行動に移すと決意した。

 昼休みになる。
 瑠奈を誘おうと思うが、彼女はどこで昼食を摂っているのだろう。
 とりあえず、教室に行ってみることにした。

 教室を覗いてみると、それらしき人物が風呂敷を広げていた。
 よく見ると、弁当のサイズがおかしい。
 ただの2段弁当なら違和感はない。
 だが、あれはどう見ても重箱である。
 そうこうしている間に瑠奈が会釈をしてくれた。
 返事として手を振る。
 教室で昼食を一緒に食べることができれば好機となる。
 私は急いで弁当を取りに戻った。

 瑠奈と相席することができた。
 そして同じように風呂敷を広げた。
「リオの弁当はシンプルでいいですね」
「そうかな? それより」
 ちらりと瑠奈の弁当箱を見る。
「それ、1人で食べるの?」
「? そうですけど、やっぱり不自然ですかね?」
「ううん。いっぱい食べるなぁって」
「食べ物は、おいしいですからね」
 どや顔で返された。
 それだけ食に関する思いが強いのだろう。
 瑠奈が食に集中する前に本題に入ろう。
「あのさ、朝のお詫びと言えばそうなんだけど、家で一緒にごはん食べない?」
 ごはん、という言葉に惹かれたのかすぐに箸を止めて話に耳を向けた。
「リオがごはん作るのですか?」
「えっと、私じゃなくて居候の人が作るんだよね」
「えぇ? 大丈夫ですかそれ?」
 あからさまに引いている。
 居候という立ち位置であるからして、私以外知らないのだ。
 引いてしまうのも無理はない。
「腕だけは保証する。絶対」
「うーん、美味しいなら行く価値はありそうですね」
 なんとか了承してくれた。
「放課後は一緒に帰宅、ということでいいですか?」
「も、もちろん」
 さらに放課後は一緒に帰宅できる。
 親睦も深められそうな気がする。
 そんな淡い期待を胸に午後を過ごすことになった。

 さて、淡い期待を抱いた私だが。
「俺も一緒でいいのか?」
 波風が一緒であることを忘れていた。
「? サトシとも仲良くなって欲しかったのですがダメでしたか?」
「ダメというか、空気がなぁ」
 波風はかなり申し訳なさそうにしている。
「私は別に嫌じゃないよ?」
「そ、そうか」
 なら仕方ない、という様子で波風も同行することになった。
「こういうのは初めてですから、楽しみです」
「そうか。楽しい時間になるといいな」
「ど、どうかな~」
「? なんか緊張気味だな」
 こんな感じで他愛ない会話を継続できている。
 ちなみに癒月は部活のためほとんど一緒に帰ることはない。
 なら、登校時はどうなのかと言われれば私は早起きできないのでいつも一緒にはならない。
 今日は私の都合で一言も話していない訳だが。
「それで、まっすぐ久城の家に行くんだっけか?」
「そうですよ。美味しいごはんが待っているのですから」
 作るという過程を忘れているのではないだろうか。
 まぁ、いつも通りなら出来上がる頃に到着するからベストではある。
「……すみません。少しいいですかね?」
 白髪の青年に声を掛けられる。
「いいですよ。それで、どのような?」
 波風が対応してくれた。
 感謝しかない。
「あ、今解決したんで大丈夫ですよ」
「――は?」
 波風が驚いていると、青年は槍で攻撃してきた。
「ごふっ!」
 避けきれず、腹を刺されてしまう。
「サトシ!」
「波風!」
 咄嗟に崩れ落ちる波風を支える。
「さぁ、帰ろうか。ギャラクシー」
「ギャラクシー?」
 何を言っているのだこの青年は。
 ただ、この時がピンチであることは変わらない。
 できることは、
「っ!」
 ペンダントに祈ることだけだった。
「あぁ、スカイのか。回収ついでに殺しておこう」
 槍の先が私に向けられる。
「何もなかった。それでいいだろう」
 私も殺される。
 そう思って目を瞑ったとき、
「――持っていてよかったな。リオ」
 癪に障る声と共に槍を弾く音が聞こえた。
 ゆっくりと目を開けると、スカイが立っていた。
「あとは任せろ。少年少女を連れて逃げろ」
 このときのスカイはかっこよく見えた。
「まさか、俺がおまえに負けるとでも?」
「何?」
 青年はスカイを挑発する。
「人間が想像に敵うと思うな!」
 挑発に乗ったスカイは青年に剣で斬りかかる。
「待って!」
 そんな私の声は届かなかった。
 そしてスカイは腕を刺された。
「チッ。掠ったか」
 青年は槍を構えなおす。
「まぁ、そっちはもう死んだろうな」
「! 波風!」
 こうしている間にも波風の命は薄れていく。
 私が見た波風は、瑠奈に介抱されていた。
「私は、あなたを倒さないといけないようだ」
「瑠奈?」
 瑠奈の雰囲気が一気に変わる。
「サトシの傷は私が治した。目が覚めたら退却する」
 瑠奈はそう言って立ち上がると、白銀に輝く槍を持った。
「もう、手遅れなのか」
 瑠奈は小声で呟く。
 その直後、
「ハァッ!!」
 青年に向かって槍を振るった。
 槍を振るった瑠奈は、とても可憐な少女とは言い難く、ただ1人の騎士に見えた。
 その姿に、私は目を奪われてしまった。


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