見出し画像

ヤマトタケル往還④(ミュージカル脚本)

ミュージカル
    ヤマトタケル往還④ 草薙剣
       


  第五場 伊勢 ヤマトヒメ(タケルの叔母)の祀る宮

   奥に祭壇。刀が祀ってある。
   下手前方に、タケル一行が祭壇を向いて腰かけている。
   巫女たちが静かに舞う。
   ヤマトヒメが現れ、舞う。
   舞い終わり、ヤマトヒメと巫女たち、祭壇に一礼。
   ヤマトヒメ振り返り、巫女たちに去るように手で合図し、巫女たち、オトタチバナを残し去る。
   ヤマトヒメ、オトタチバナを従えて、タケルの方を向く。


ヤマトヒメ オウス。いえ、今はタケルと呼ぶのですね。すっかり大きくなって。よくこの叔母を訪ねてくれましたね。          
タケル  (立ち上がって)ヤマトヒメ様。叔母君。私は都に入ることも許されず、今度は東の蝦夷と戦えとのご命令。父上は私をお嫌いなのでしょうか?
ヤマトヒメ いいえ。周りの者があれこれ言い立てるので、本当のあなたが見えなくなっているのでしょう。この伊勢で神にお仕えする身の私にはどうしようもありませんが、せめて、あなたにこれを授けましょう。(祭壇を拝み剣を取り、タケルに差し出す)
タケル  (ひざまずいて受け取り)これは?
ヤマトヒメ 抜いてごらんなさい。
タケル  (鞘から抜く)おお、なんだ、この輝きは! (見つめた後、突く動き、振り下ろす動きをする。)
ヤマトヒメ 神代より伝わる特別な剣(つるぎ)。私がお祀りしている尊いものの一つです。あなたをきっと護ってくれることでしょう。こちらへ。(外の稲穂のある所へ誘う。)この稲を切ってごらんなさい。
タケル  稲を?

タケル、しばらく考えた後、刃を横に払う。稲の穂が切られて飛ぶ。

タケル  すごい切れ味だ。

ヤマトヒメ この剣の刃は、もちろん人を殺すことができますが、草を断つことも稲を断つこともできるのです。これこそ人を豊かにするための刃。
戦わずして人を驚かし、帝のご威光を示すことができましょう。いつもあなたの傍らに、肌身離さずお持ちなさい。それからこの袋ににあるものも、我らが知恵の証。危機の時、あなたを救ってくれるでしょう。どうか気をつけて。私はあなたの無事を祈り、あなたが戻って来るのを待っていますからね。
タケル  叔母君!
ヤマトヒメ そうそう、あなたに会わせる人がいました。オトタチバナヒメこちらへ。

   オトタチバナ、タケルの前へ歩み出る。
   見詰め合うタケルとオトタチバナ。

ヤマトヒメ 何も言う必要はなさそうね。あなたと一緒に行くといってきかないのですよ。あなたが良ければ連れて行きなさい。
タケル  つらい旅だ。待っていてくれればいい。
オトタチバナ いいえ。あなた様がお嫌でなければ、私はどうしてもご一緒したいのです。これでも野山は慣れているのですよ。どうかお連れください。

    歌「どこまでも あなたと」
オトタチバナの歌
    ♪どこまでも あなたと
     どこまでも ゆきたい
     すべてを 捨てても
     世界の 果てまで

タケルの歌
    ♪どこまでも あなたと  
     どこまでも 行こう
     何よりも あなたを
     護ると 誓おう
       
   タケル、オトタチバナの手を取る
   暗転

老婆   この方がオトタチバナヒメ。私はずっとこの方に憧れ、そして嫉妬して参りました。タケル様のお心が彼女から離れることはなかった。私を見つめている時でさえ、あの方はきっとオトタチバナヒメを見てらしたのだと思います。それほど、タケル様が愛してらした方。でも旅は本当に厳しいものでした。あるとき、歓迎の宴を、と言う土地の者の言葉に、ご一行は草原に誘い出されたのでございます。

  第六場 草原

タケル、タケイナタ、オトタチバナ、サイ、従者二人が歩く。

オトタチバナ 嫌な予感がします。私たちを歓迎するって本当でしょうか。
タケイナタ 何かあったって、俺たちがやっつけるだけさ。

従者1  歓迎の宴だってさ。うまいものあるかな?
従者2  向かうところ敵なしの我ら。誰もがひれふす。
従者1  俺たちだって命がけなんだから、もっといい目見たっていいよなあ。
従者2  何言ってる。知ってるぞ。お前、あちこちで、いろいろくすねてるだろ。
従者1  そういうお前こそ。
従者2  今度の館にも、何かいいものあるかな? 
従者1  タケル様にバレたらまずいぞ。
従者2  まあ、何かあったら、相手のせいにして、退治してもらうさ。

タケル  おい、何かにおわないか?
タケイナタ そう言えば、何か焦げるような。
従者1  迎えの者の姿が見えません!
従者2  火だ! 草原が燃えている!

   炎の踊り
   炎を表す赤い長い布をたなびかせながら、ダンサーが走り抜け、踊る。

タケイナタ 周り中火に囲まれたぞ!
タケル  もうだめか。
オトタチバナ タケル様、ヤマトヒメ様から何か受け取られたのでは?
タケル  そうだ! 叔母君からいただいた袋が…。これは…火打石? 火に追われている時に火打石とは…。
オトタチバナ タケル様! 周りの草を剣で薙ぎ払ってくださいませ!
タケル  え?
オトタチバナ 剣で、周りの草を薙ぎ払うのです!
タケル  わかった!
  
   タケル、剣を抜き、正面にかざして歌う

タケルの歌
    ♪剣よ その切っ先で
     草を薙ぎ、我らを救え
     剣よ ひらめき
     我らを救え!

   タケル、剣で周りの草をなぎ払う。タケイナタ、従者もこれにならうが、うまくいかない。

オトタチバナ 他の方は、刈った草を集めて外側へ運んでくださいませ!
タケイナタ・従者たち おう!(草を集め、外側へ運ぶ)
オトタチバナ この位で良いでしょう。外側の草に、火打石で火を着けてくださいませ! 
タケル  火を? 周り中もう火に囲まれているではないか。
オトタチバナ 内側の草は刈ったので、こちらから放った火は外に向かって燃え広がります。燃えるものが無ければ、外から来た火もそれ以上内側に入って来ないでしょう。
タケル  そうか! よし!

   タケル、火打石で火をつけ、皆で周りの草に移す。

タケルの歌
    ♪炎よ 我が火よ
    地をなめ 我らを救え
    炎よ 広がり
    我らを救え!

   タケル側の炎が現れ、それまでの炎と争う踊り       

タケイナタ おお、周りに燃え広がって行くぞ!

   外側からの火と内側からの火が激しく燃え上がり、やがて収まる。

タケイナタ 敵も逃げて行くぞ! 助かった!
タケル  皆無事か? オトタチバナ、 大丈夫か?

   タケル、オトタチバナの全身を見て無事を確かめる。
   足元に落ちていている櫛に気づき、拾って埃をはらう。

タケル  オトタチバナ、ほら、お前の櫛…、(オトタチバナの髪にさしてやる)これで良し。(オトタチバナの顔を見て微笑む)ん? どうした?

   固まって立ち尽くしていたオトタチバナ、目だけ動かしてタケルの顔を見、それから顔も体も崩れて

オトタチバナ 怖かった~。(脱力して崩れ落ち、泣きべそをかく。)
タケル  あー、よしよし。良くやった。(頭をなで、体をかがめて抱きしめる。)
タケイナタ (目を手で覆い、他所を向いて叫ぶ)わー、見てらんねー!
          
   面白がってタケルたちの周りを踊り冷やかすようにちょっかいを出すサイ。
   笑いながら応えるタケル。
   他の者も笑いながら肩を組んで座り込み、安堵の様子。

   暗転

老婆   このように草を薙ぎ払った剣を、この後クサナギノツルギ(草薙剣)と呼ぶようになったのでございます。つらい旅の中で、タケル様とオトタチバナ様は強い絆で結ばれたのでございましょう。でもそれは、つかの間の事でございました。

                            <つづく>