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ヤマトタケル往還②(ミュージカル脚本)

ミュージカル ヤマトタケル往還② 旅立ち
       


第一場 オウスノミコト(後のヤマトタケル)の屋敷の庭

  

    タケル、タケイナタ、試合を止め、座る。
    サイは周りを自由気ままに動き回っている。

(ヤマトタケル往還①より続き)

タケイナタ 相変わらず強いなオウス。剣でも素手でもまるで歯がたたん。弱点というものはないのか?
タケル  何を言う、タケイナタ。いつも互角にやってきたじゃないか。
タケイナタ お前が手心を加えているのを知らないとでも?
タケル  そんなことはない。
タケイナタ しかし気をつけろよ。お前の強さを警戒する輩がいるぞ。オオウス君にもしものことがあれば、次の帝はお前だからな。
タケル  兄君は次の帝にふさわしい賢明なお方だ。父上も兄君を信頼なさっている。私の出る幕などないさ。
タケイナタ その「賢明さ」が邪魔な奴らもいるんだよ。くれぐれも言動には気をつけろよ。
タケル  わかったよ。お前だけだな、気楽に付き合えるのは。
タケイナタ そんなに信用していいのか?
タケル  おいおい、逃げ腰になるなよ。
タケイナタ まあ、俺はどうせ気楽な奴だからな。
タケル  頼りにしているよ。

   サイがタケルにチョッカイを出す。

タケル  (笑いながら)わかったわかった、サイ。もちろんお前も頼りにしているさ。

   サイ、満足そうに離れて座る。
   使者、登場

使者   オウス様。帝からのご命令でございます。オオウス様をお連れするように、とのことで。
タケル  兄君はまだ父上のところに顔を出さないのか。
使者   はい。度重なる帝のお召しにも関わらず、全く。
タケル  仕方がない。私も兄君にはしばらく会っていないから、様子を見にいくか。
使者   お願いいたします。私共も、ほとほと困り果てておりまして…。
タケル  兄君は今どこだ?
使者   それが、狩りに行くとおっしゃって、お出かけになったまま…。
タケル  ではあそこだな。昔から兄君のお気に入りの場所がある。行ってみよう。


 第二場 崖の上

    オオウスノミコトが崖の先に座ってはるか彼方を見ている。
   傍らに矢を受けて死んでいるイノシシ。

         
オオウス   旅立ちの歌

    ♪どこまで続く
    果てしなく世界はある
    流れる時に
    現在(いま)があり 未来がある

    彼方に広がる世界
    煌めきあふれる命の気配
    流れる時の風受けて
    私の命も燃やしてみたい

     私は見たい その煌めきを
     感じたい 流れのままに
       

   タケル、登場。

タケル  兄君。
オオウス (振り向いて)オウスか。どうした? 父上の使い、といったところか?
タケル  まあ、まずは、久しぶりに兄君のお顔を、と。
オオウス オウス、見てみろ。世界は広い。ずっと向こうまで、行ってみたくはないか?
タケル  さあ、考えたこともありませんが…。
オオウス 俺は今の暮らしがつくづく嫌になった。醜い争い、足の引っ張り合い、でなきゃ他愛もない遊びごと。そんなことにばかり日々を費やす今の暮らしが。
タケル  でも、心ある者たちもおります。兄君も、きっと立派な帝になられることでしょう。私もきっとお力になれるよう、努力いたします。
オオウス そうだ、お前のように、信頼できるものもいる。俺も父上を助け、良いまつりごとができれば、と思っていた時期もあった。だがそういう者ほど、邪魔者として狙われる。俺だけならまだしも、周りの者まで巻き添えになってしまう。
タケル  私にはよくわかりません。兄君のお立場では、そういうものなのでしょうか。
オオウス オウス。俺は旅に出ようと思う。
タケル  兄君! それは…。
オオウス もう限界なのだ。世にはもっと他の暮らしがある。
タケル  しかし、お立場があります。父上はお許しにならないでしょう。
オオウス そこでだ。俺は死んだ、ということにしたいのだ。
タケル  え?
オオウス お前が来てくれて丁度良かった。このイノシシに襲われて、俺は崖から落ちて死んだ。下は川だから、死体がなくても不思議はない。ほら、俺の服に血をつけてちぎっておこう。お前はイノシシを倒したが、既に遅かった、この服の切れ端だけが残った、と言うのだ。
タケル  そんな…。
オオウス 頼んだぞ。これで俺は自由の身だ。
タケル  兄君。どうしてもですか? 本当に、そうなさりたいのですか?
オオウス ああ。ずっと考えてきたことだ。一時の気の迷いなどではない。決して後悔はしない。
タケル   兄君…。
オオウス それより気がかりなのは、お前のことだ。順当に行けば、お前が跡を継ぐはずだ。お前なら申し分ない。元々、どっちが跡継ぎでもおかしくないのだから。だが、それを快く思わない連中がいるだろう。気をつけろ、オウス。後は頼んだぞ。
タケル  兄君! 
オオウス (旅立ちの歌 続き)

    ♪行こう 今 旅立ちの時
     まだ見ぬ世界 求めて行こう
     


   旅立ちの歌の音楽が続く中、暗転


  幕前

   男女大勢、わらわらと現れる
          
男1  大変だ! オオウスノミコトが死んだ!
男2  弟のオウスノミコトが、血のついた服の切れ端を持ち帰ったそうだ。
男3  イノシシがやったと言っているが、もしかして…。
全員  もしかして…。
男2  ありそうな話。
全員  ありそうな話。
男3  オウスが殺した!
全員  オウスが殺した!
女1  シッ、ここだけの話。
全員  そう、ここだけの話。
女2  でも、もうみんな知っている。
全員  知っている。
一人  オウスが殺した。 
二人  オウスが殺した。
三人  オウスが殺した。
全員  オウスが殺した!


  第三場 帝の御前

      お付きの者、護衛を従えた帝の前、オウスが膝をついてかしこまっている。
      高官たちが並び、ヒソヒソ話をしている。

帝    オウスよ。お前は兄のオオウスを殺したのか?
タケル  父上、とんでもありません! 私は殺してません。
帝    だがお前はオオウスが死んだと言う。なきがらはどこに?
タケル  それは…。川に流れて…。
帝    探したが見つからぬ。お前が証拠を残さぬよう処分したのだ、と言う者がいる。
タケル  決してそのような…。
帝    では身の証が立てられるか?
タケル  …。
高官1  陛下。もう既に皆が知っていることでございます。お身の証が立てられぬ以上、このまま御跡継ぎにとはまいりますまい。
帝    うむ…。オウスがオオウスを殺したなど、私には信じられぬが…。どうしたものか…。
高官2  こうしたらいかがでございましょう。オウス様には、クマソ退治に行っていただくのでございます。
帝    クマソ退治? クマソは、随分と遠くまで追いやったはずだが。
高官2  ですが、まだ奴らは機会をうかがっております。オウス様が行って退治してくだされば、このヤマトも安泰というものでございます。
高官3  それは、良いお考え。今この都にいらっしゃっては騒ぎは大きくなるばかり。しばらく都を離れてらっしゃれば、やがてほとぼりも冷めましょう。見事クマソを退治していらっしゃれば、それこそ晴れて、御跡継ぎとしてお迎えもできようと言うものでございます。
帝    クマソの住む地は遠い。今は兵も大してつけてはやれぬ。無事帰れるかどうかわからぬ旅に、オウスを行かせてよいものだろうか。
高官1  陛下。陛下はこの日の本を束ねるお方。情はお捨てください。それとも、ご自分のお子様だけは、危険な目に合わせたくないと? それでは兵となる下々の者に示しがつきませぬ。
帝    うむ…。
タケル  父上。私は参ります。このままここにいても、身の証が立てられぬ以上、ご迷惑をおかけするばかり。どうか私を信じて、行かせてください。
帝    行ってくれるか。
タケル  きっとお役に立って、立派になって戻ってまいります。
帝    頼もしいぞ、オウス。では、そのように。皆の者、準備は十分してやってくれ。
高官2  もちろんでございます。

   高官たちの部分のみ照明残し、暗転

高官2  やったぞ、オウスを追い出せた。
高官3  オオウスもオウスもいなくなれば、あとは俺たちの思いのまま。
高官4  しかし都合の良い事件が起こったものですな。
高官1  何を言っている。すべてこちらが仕組んだこと。
高官3  オオウス周辺を孤立させ…。
高官2  オウスが殺したと噂を流し…。
高官4  なんと!
高官1  オオウスは既に始末した。
高官3  これでオウスが旅先で死んでくれれば…。
高官2  帝一人では何もできぬ。
全員   あとは俺たちの思いのまま!

       高官の照明消え、タケルにスポットライト

タケル  なぜこのようなことになったのかわからぬ。だが、今私が無実を主張しても、兄君や父上を困ったお立場に追いやるだけだ。
       兄君は言っていた。世界は広いと。ならば、私も、旅立とう。広い世界へ…。

       タケイナタとサイ登場
       サイは相変わらず、周りを踊りながら、二人を見ている。

タケイナタ 聞いたぞ、オウス。ひどいことになったな。
タケル  俺は兄君を殺していない。
タケイナタ 当たり前だ。お前はそんなことはしない。だが、本当にクマソ退治に行く気か?
タケル  今はそうするしかないのだ。
タケイナタ わかった。俺も行くぞ。
タケル  いいのか? 無事に帰れないかもしれないぞ。
タケイナタ だから行くんだ。お前一人を行かせられるか。
タケル  タケイナタ!(手を握り合う二人)

       サイが、自分も、と言うように、チョッカイを出す。

タケル  サイ、お前も行ってくれるのか?

       頷き、うれしそうに周りを踊るサイ。
       それを見る二人は笑顔になる。

タケル  よし。行くぞ。まだ見ぬ地へ!
タケイナタ おう!

旅立ちの歌

    ♪行こう 今 旅立ちの時
     まだ見ぬ世界 求めて行こう
     再び還る その日まで
     命を燃やして 歩いて行こう
    
   暗転              <つづく>