母の旅行 1度目

私が一人暮らしの間、母が様子を見に来るようなことはなかった。

実際、母が私のところに来るようになったのは私が結婚してから。

「一緒に旅行に行かない?娘さんが関西にいるのなら娘さんのところに行くついでにちょっと合流しましょうよ。」

お友達にそう言われたと電話が掛かってきた。

話を聞くと、お友達とは半日程合流するだけ。
後はこちらで2泊程のスケジュールを決めてくれと言う内容。
日程は母のお友達に合わせた指定。
温泉に行きたい。観光がしたい。美味しいものが食べたい。
お金は全部私が出すから、と。

母がお友達に会う半日を成立させるため私はスケジュールを考える。
楽しんでもらえるよう必死で。
夫には有休も取って貰った。
温泉旅館を選び、観光ルートを決め、食事の場所もセレクトした。

母に伝えると気に入らなさそうに言う。
「そんなに高いの?」
「旅館、『夫』君と一緒の部屋だなんて私、さすがに困るんだけど。」

希望を聞いても分からないの一点張り。
予算も条件も全て丸投げなのに不満ばかり言う。
旅館だって特別室ではなく通常の部屋を選んでいる。
3人で温泉旅館に行き別々の部屋を予約するのか。
ホテルのシングルにでも泊まっておけと言いたくなる。

兎に角母はお友達との再会を実行し、その後もお友達に誘われた時に私のところに来ると連絡が入るようになった。

「お友達から私達と会った後に娘さんのところにいけばいいじゃないって言われたんだけど。」と。

1度目は神戸を中心に連れて行った。

元町の街中で突然母の機嫌が悪くなる。
お昼を食べた後、異人館界隈を観光しようと移動している時だった。

全身から不機嫌オーラを出している母。

「どうしたの?」

「・・・なんでもない」

「なんでもなくないでしょ?その態度。どうしたの?」

「・・・・・。」

こんなやりとりを繰り返し、ようやく母が口を開く。

「さっきの店・・・」

お昼は神戸牛の鉄板焼きだった。
お肉の固まりを注文しシェフがサーブするカウンターの鉄板焼き。

「・・・あのシェフ、私にお肉の端っこを渡したのよ!!」
「誰がお金を出したと思ってるのよ!」
「年寄りだと思って馬鹿にして!!」

叫びながら怒りでわなわなと震えている。
元町の大きな交差点で。

正直拍子抜けした。
そんなことで・・・

「言ってくれたら交換してあげたのに。」
「今更言ってもどうしようもないでしょ。」
「たまたま端っこが当たっただけで意図なんかないと思うよ。」

必死に母の機嫌を戻そうとする。

目に涙を浮かべ口を結び、これ以上ない不快感を露わにし続ける母。

途方に暮れた私は言う。
いつもと同じように。

「・・・ごめんね。私がちゃんと気付いてその時交換してあげればよかったね。気付いてあげられなくてごめんね。気付かなかった私が悪かったね。」

それを聞いた母はキッと私を睨む。

ソウヨ!アンタガワルイノヨ!!

母のその視線を受け私の心は折れた。

「・・・もう帰ろう。
こんなんじゃ楽しくないし、もう止め。
帰ろう。」

それを聞いた母が急に態度を変える。

「いや、そんなこと言わないで。もう・・・私が悪かったから。それでいいでしょ。ね、機嫌直して。」

意味が分からない。
これは一体どういう状況なのだろう?

母は重ねて言う。

「もう、あんたはいっつもすぐ怒るんだから。いやーね。
こんなんだから私、なーんにも言えないわ。」

私は今までどれほどこのような役割を強いられてきただろう。

ほんとうに、ほんとうに小さな頃から。

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