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Short Episode 1 「ものの5分程やった」

「はじめまして!渡辺です。宜しくお願いします!」

やたら張り切ってる声が舞台袖から聞こえてきた。
「あー、石井くん安田くん。この子、今日からスタッフとしてここで働くことになったから宜しくね。異動でこっちに来たから仕事は慣れてるから…」
と、支配人に連れてこられた小さい子。
何やかんや説明してはったけど頭にはいってけえへんかった。

「宜しくお願いしますぅ。コマンダンテの安田ですぅ」と頭を下げてる安田くんの横で俺も「石井です」と言いながら頭を下げた。
舞台上でコーナーのリハーサルをし終わり楽屋に戻ると、さっき挨拶に来た小さい子がまた来た。

「あのぅー。食事されますか?お弁当とりましょうか?もし良かったらメニュー持ってきたので伺います。」と若干声が震えてるようにも聞こえた。

「ねぇー!さっきも来たよね!なんて名前だっけ?」
根建さんの声に少しビクッとしてるし。
「あっ!すいませんっ。わっわたっ渡辺っあっ秋です!」
「ちょっとー!ダメだよー!彼女震えてんじゃん!根建ぇ、怖がらせたらダメだよー!」
「そんなっ!こわっ怖くはないですよ!」

その会話を横で俺は見てた。
ただ、見てた。お弁当かぁ、何がええかなと考えながら。会話は入ってきてないが安田くんの「石井くん」の声に我に返ったぐらい聞いてへんかった。

「どれにされますか?」
この時はじめてその小さな子と目が合ったし、顔もちゃんと見た様な気がする。
俺はすぐに目線をお弁当のメニュー表に移し、どれがいいかを頼んだ。

その後しばらくして出来上がったお弁当をその小さな子が持ってきてくれた。
「ありがとう、秋ちゃん。ちゃんと自分の分も頼んできた?俺からの引越し祝いだよ。」
「あっはい!ありがとうございます。」

文田さん早くもちゃん付け。そして今日のお弁当は文田さんの奢りでしかも引越し祝い付き。
「なんだよぉ!文田ずりぃーなぁ!自分だけいい人だしてさぁ!しかも早くもちゃん付けだしっ」
根建さんのツッコミを大笑いし喜んでる。そのまま文田さんの横に招かれちょこんと座り一緒にお弁当食べ始めた。というか、俺の横でもある。
文田さん、小さい子、俺…。
どんな並びやねん。

「渡辺さん、一緒に食べててええの?」

安田くん話し掛けてる。

「あっはいっ!文田さんが買ってくださったんです、て言うたら折角やから話してきなさいって言ってくださいました。」

嬉しそうに喋る子やなぁ。
関西なんか?若いなぁ…。年下か?

その日の仕事が終わり、楽屋で帰り支度をしていたら小さい子がまた来た。
「お疲れ様です。御二方、明日また宜しくお願いします!」
「秋ちゃん、わざわざ挨拶に来てくれたの?可愛いなぁ!ありがとうね!お疲れ!」
文田さんは人と打ち解けるの早いなぁ。順応性高そうやもんなぁ。自分は人見知りなんに漫才師してるって不思議なことしてるなぁ、て思うわ。
「あのぅ、石井さん」
その声にドキッとした。話しかけられた。
「あっ!ごめんなさいっ。びっくりさせてしまって。」
「いや、こっちこそ、すいません。なんでしょうか?」
あれ?俺なんか緊張してる?
「あ、すいません。舞台にボタン落ちてて…もしかして石井さんの衣装のかなって思って…。」

ん??!ボタン?あれ??!そういえば、ベストのボタン1個無かったような…。
ハンガーに掛けてある衣装を確認すると確かに1個無かった。
「ホンマや、1つない」
「ええっ秋ちゃんすごくない?ボタンだけで石井くんのだってよく分かったね!」
どさくさに紛れて根建さんもちゃん付けで呼んでるし。
「舞台からはけてくる時に、たまたま無くなってるのが目に入って。終わってから見に行ったら、やっぱり落ちてたんで、もしかしたらって思って…。」

そう言いながらボタンを渡してきた。

「あー、ありがとうございます…」
「どしたの?石井くん?なんか顔が困ってるよ。」

うん、確かに困った…。どないしようかなぁ。

「俺、ボタン付けれんのですわ」

根建さんの「ええっ!俺、ボタンぐらいなら付けれんべ!」という声が響く中、小さい子が

「もしか良かったら。私、付けましょうか?」
と、小さな両手のひらを向け、俺の事を見上げるような目線を感じたその先を見ると小さな彼女が立っていた。

「えっ!秋ちゃんできんの?すごー!」
「ボタン付けぐらいなら出来ますよぉっ!」
文田さんの方を振り向いた横顔をジッと見つめてしまった。

「渡辺さん」

この時、俺は初めてのこの小さい手のひらの彼女の名前を呼んだ。

「じゃあ、もしか良かったらボタン付けてもらえますか?」

この時の彼女の笑顔を時々思い出す。
目を丸々と見開いて、口角をキューっと上げて、ほのかに頬が赤かったような気がする。
嬉しそうに

「喜んで!」
さっきの根建さんよりも大きな声で答えてくれた。











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