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ヘタレ市販 第8話「押忍!」

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ドドン!

爆発したような音をたてて、道場の扉がいきなり開いた。

開け放された扉の向こうに、金髪に赤い口紅のジオンを真ん中に、歌舞伎メイクのガンカク、ツーブロックマンバンのテッキが立っていた。

彼らは例のド派手な真っ赤な衣装に身を包み、三体の仁王像のように睨みつけていた。

ただこれまでの道場破りと違うのは、ガンカク以外顔をマスクで隠してはいなかった。
ガンカクはあいかわらずの歌舞伎メイクだった。

突撃された道場生たちは一応に息を飲んでジオンたちを見つめた。

これがジオンたちの最近の道場破りのやり方だ。

道場の扉を蹴破り、不気味な装束で威圧する。

そして相手がビビったり、固まったりしているうちに勝負を決めてしまうのだ。

突入するときは、その道場の試合方法やルールを完全に無視することにしていた。
寸止めにはフルコンタクト。顔面攻撃なし、なんてところはいいカモだった。
この作戦には、テッキとガンカクのリサーチが役に立った。
実力派の相手にはガンカクの出番だ。ヤツのプロレス仕込みのタックルや寝技に対抗できる相手はいなかった。
当然、相手は抗議する。すると三人はいつも。
「道場破りにルールなんてあるか!文句があるなら、俺たちに勝ってから言いな!」
 だから彼女たちの道場破りは百戦錬磨だった。
おもしろいことに、
ルール無視、反則だらけの道場破りに、抗議はあった。
しかし、ひとたびジオンたちが勝ってしまえば、文句を言う団体は一つもなかった。
 そんなことすれば、
自分たちの道場が道場破りに負けたことを宣伝するようなものだ。
とたんに入門者は来なくなる。
経営は成り立たない。
ジオンたちはそのことをよく知っていた。
だが‥‥
今回はそうはいかなかった。
なぜならこの古ぼけた道場の道場生達はドアを蹴破った三人に最初は驚いたものの、ほとんど全員が、
すぐににっこりと微笑んだのだ。
「え?」
ジオンたちは戸惑った。
と、一人の若い女が進み出てきた。ジオンと同じくらいの歳だろう。
大きなアサガオ柄の浴衣姿だ。
女好きのテッキが。
「オツ!」と息を呑むほど可愛い。
しかし、浴衣は空手道場にはあまりに不釣合いだ。
浴衣女はジオンたちの前に、いきなりすっと正座した。
ジオンたちはそれだけでも驚いたが。
彼女は床に三つ指ついて礼儀正しく頭を下げ。
「イラッシャイマセー!」
コリヤなまりだ。
ガンカクは戸惑い。
「何のまねだ?こいつら」
ジオンは思い出した。オープントーナメントの試合会場。
あのへタレ選手を励ましていた女だ。
しかし不思議な態度はコリア女だけではなかった。
「いらっしゃいませ!」「どうぞ、よろしく!」
他(ホカ)の道場生たちまでが、一斉に口をそろえた。
ジオンたちは、自分たちが何しに来たのか一瞬忘れそうになった。
ガンカク「何だ?ここは?」
テッキ「俺たち歓迎されてない・・・?」
今までどんな道場に押しかけたってこんな挨拶された事は無い。

挨拶といえば、空手や他の武道では挨拶に「押忍(オス)!」を指導する団体は多い。
そういう団体では、道場に入るときは「押忍」帰りぎわも「押忍」、稽古始めも終りも「押忍」。何でも「押忍」で通じるのだ。
もちろん、朝は「おはようございます」。練習時は「お願いします!」道場を出る時は「失礼します!」なんてところも多い。
しかし
 笑顔で「いらっしゃいませ!」と歓迎してくれる道場なんて‥‥。
「ふさけるな!」
ジオンは頭にきた。
「何がいらっしゃいませだ、こんにちはだ? ここは飲み屋か? キャバクラか? オレたちゃな、お客様じゃないんだ!」
ジオンが最後まで言わないうちに三つ指の娘がすかさず。
「ドジョウヤブリさんよね? お待ちしておりました。さぁどうぞ」
と中に招いた。
テッキは戸惑い気味に。
「仮にもここは空手道場だろ?浴衣姿って?お前一体何なんだよ?それに泥鰌ヤブリだあ?」
ガンカク「バカ、道場破りのことだ」
浴衣娘「あのネ、私ここの練習生、でも、受付もしてる。
韓国娘とてもキレイ。でしょ?だから受付する。
ワタシ、日本大好き、この季節浴衣着て受付してる。
浴衣、わたしキレイになる。若い娘の浴衣姿、みんな好き。でしょ?」
ガンカクとテッキは思わず顔を見合わせた。
ジオンは背中が寒くなった。
「(ここは今までの空手道場とは違う。もしかしたら、ここの連中はとんでもない奴らなのかも?)」
緊張しているジオンの背中から
「うわーっ!、道場破りですか? ご、ごめんなさい」
ジオンは驚いて飛び退いた。その男の声があまりにも大きかったし、男がすぐ後ろに立っていたのに、ジオンは気づかなかったのだ。
その男の顔はよくわからない。男は不自然にうつむいているのだ。
ジオンは。
「(この声どこかで聞いたことがある)」
しかし、男はいつもうつむき加減なので顔を確かめられない。
男はその姿勢のまま。
男「あーあ、とうとうここまで来ちゃったんだ? それは困ったな、困りますよー」 
ジオンは声に聞き覚えがあった。
思い出そうとしたが、そのとき。
道場から一斉に
「先生!」「師範、おはようございます」
テッキ「えっ、師範?」
ーーーーーーーーーーーーー本文終わりーーーーーーーーーーーー


第9話「ヘタレ師範」へつづく



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