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【小説】舟を編む1

NHK BSで野田洋次郎さん出演で『舟を編む』がドラマになるというのを知ったのはおそらく半年くらい前。ずいぶん早くに告知してくれるのだなと思っていたけれど、あっという間に時は過ぎて第一回目放送まで2週間に迫り、焦って原作を読み始めた。

主人公は馬締。音だけではその風貌のために「マジメ」というあだ名だと思われてしまう珍しい苗字の持ち主。言語系の院卒で大手出版社の営業部にいたが辞書編纂部に移動になるところから始まる。最初の章では馬締の目線で馬締の人となりを知ることができる。そして章を追うごとに目線が変わっていく。目線が変わりながら時も進んでいく。小説を読むのはとても久しぶりだったので、三章目に入って2ページほど読んだところでその目線の変化を明確に理解できずに頭が混乱した。あれ?これは誰が語っていたんだっけ?と思い、ページを繰り、一章と二章を2ページほど読んで、先ほどまでいた三章へ戻ってまた読んで、やっと理解した。このお話の世界を見る目線の持ち主が変わっているんだ。昔自分が読んでいた小説ではこういう手法は経験したことがなかった気がするが、これはよくあるものなのだろうか。慣れるかどうか少し不安だったが、目線が変わったせいで、一章二章で感じた同じ人への印象がガラッと変わっていったので、三章目にして番外編を読んでる気がしてとてもおもしろかった。どんなドラマでも漫画でも、本筋を見た後に他の登場人物にはその間にこういうドラマがあったんだという話を聞くのはとても好きだ。この目線を変える手法で、まだお話の本筋もよくよく進んでない状態でのスピンオフを見た感じがした。そして、一見すると○○な人、みんなには○○だと思われてしまう人が、実際には反対の性質でその人なりの矜持や誇りを持って仕事や人に向かっている様子がとても愛しく感じた。目線の変化のおかげで、ギャップを感じる度合いが強くなっていたと思う。ギャップの度合いが強いと、その人物に対してのおもしろさも興味も強くなるので、ページをめくる手も早くなっていった。

辞書を編む人たち。昔、この本が大変話題になった時だと思うが、NHKで実際に辞書編纂をしているフリーの編集者の特集を見たことがあった。それまで全く知らなかった世界で日々黙々と熱い情熱で静かに毎日を過ごしている辞書編纂者の様子は私には衝撃的だった。悪い意味での言葉狩りではなくて、街に溢れるぴちぴちの生きた言葉たちを狩ってきて、精査して、意味や用法などの情報を付加して、標本にする。いずれその言葉たちは辞書に載る必要があるかどうか判断されることになる。それまでにも意味や用法は変化するので、随時アップデートを重ねていかなくてはならない。辞書、というのは言葉の紹介だけでなく、エビデンスに使用されるものなので、間違いが許されない。日々変化する膨大な数の生きた対象物を間違いのないように収容するなんて、なんて途方もない挑戦なんだろう。『舟を編む』の中で、馬締をはじめとする数少ない登場人物たちがそれに挑んでいく。

私は野田洋次郎さんがとても好きだ。彼の声と姿がとても好きだ。15秒ほどの短いドラマの予告編を見ただけで馬締の人物像は私の脳内ですっかりあの姿に変換されてしまった。あの短い予告編だけで、馬締役が野田洋次郎さんにばっちりハマっていると思った。きっと洋次郎さんの演技力も素晴らしいのだろうが、あの体型と声が馬締以外にないくらいに思えた。洋次郎さんはギターを弾くからか、暇があれば作曲をするためにピアノか机に向かっているからかちょっと猫背な気がする。高い身長でちょっと丸まった背中で、細い体で、細く繊細な指で鉛筆を握りメモを取る様子は馬締以外にないと思った。そしてあの声。主役のエライザさんも言っていたけれど、「声が野田洋次郎なんですよ」。洋次郎さんの声はちょっとうわずったような揺らぎがあって透き通っている。透き通り方が薬師丸ひろ子さんや松たか子さんのような感じではなくて、美声と言っていいのかどうかわからない感じの「いい声」「魅力的な声」。つぶやくような声で、でも通る声で、「アガる、とはどういう意味ですか???」と聞く。辞書をいつも持ち歩いているのか?と聞かれて何の躊躇も濁りもなく真っ直ぐに返事をする「はい!」。15秒の予告編ですっかり心を持っていかれてしまった。そして原作を読み始めて、私の頭の中では目で入ってくる文章がすべて野田馬締に変換されて行った。私の頭の中に今話題の最新鋭AI動画再生装置があるかのように、馬締の一挙手一投足とセリフが全て野田馬締で再生され、生き生きとお話の世界を進んで行った。至福だった。

ここでは原作について書こうと思っていたけど、前段で野田洋次郎さんに触れたので、少しだけ今回のドラマのキャスティングについても言わせて欲しい。今回のキャスティング、今1話目を見た段階で完璧だと思った。本当にどこまでも私好みのキャスティングで、土下座をして感謝をしたいくらいだ。松本先生役が柴田恭兵さんなんて嬉しすぎて溶けてしまうかと思った。実際、1話目の松本先生のシーンで私は2度ほど涙がでた。どちらも違う感情で出た涙だった。これについてはドラマについて書く時に備忘録として書いておきたい。割烹月の裏の香具矢さんがミムラさんだというのもすごく嬉しい。ミムラさんは今はフルネームで活躍されていて、その名前を失念していて申し訳ない。昔、ミムラさんがオーディションで選ばれて出演されていた弁護士修習生のお話がとても好きだった。あの時からキリッと美しい。佐々木さん役の方も、小説ではいなかった学生アルバイトの方も、荒木さんも西岡さんも、エライザさんも、原作のイメージにピッタリだし、しかも原作から越えたお話になっている部分の余白部分にもピッタリ嵌まる完璧ぶりで感動した。今回のドラマ制作グループさん、神です。

とてもとても長くなってしまった。しかも後で別で書こうをと思っていたドラマの方のことも書いてしまって自分の休憩時間を大幅に超えて楽しすぎる時間を過ごしてしまった。流石にもう自分の本来の作業に戻らないといけないので、続きはまた次に続けて書こうと思う。久しぶりに文章を書いて脳が熱い。

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