見出し画像

日記 #在校生代表、なんて出来ないけれど


 先日入学式があって、在校生の私はお休みだった。
 ついに高3。時の流れは速いですね。先を見ればいくらでも時間があるように思えるのに、後ろを見ればあっという間な気がする。そのうち印象深い日なんて数えるほどしかなくて。でもそんな日常を思い出したくて自分のnoteを読み返す。自分めんどくさ笑ってなってまた前を向ける。

 始業式。
 まだ学校に慣れていないであろう新入生が、まだよく知らないクラスメイトとの距離感を探りながら、式が始まるまで体育館で話をしていた。懐かしいな、と思いながら、もう気を使う必要もない友だちの声に耳を傾ける。


 傾けつつ、妄想に耽る。




 新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます。

 これから中学、高校と過ごしていくうちに、楽しいこと、悲しいこと、辛いこと、嬉しいこと、たくさんのことが起こると思います。私にも色々なことが起きて、当時を振り返ると泣きたくなるようなことも多々ありましたが、高校3年生となった今では、経験できてよかったと思えることでもあります。

 私から一つ、みなさんにお願いがあるとすればそれは、自分と向き合うことを諦めないでほしい、ということです。辛い気持ちになったら、どうして辛いのか、どうしたら治るのか、自分はどうありたいのか、頑張って考えてみてください。ひょっとしたら、明確な答えは出ないかもしれません。でもその考える軌跡にこそ、自分像というものが現れると、私は思っています。だから、今だからこそ、曖昧な自分と、たくさん話し合ってみてください。

 私にとっての中高の6年間は、「自分の感情を知る期間」でした。地元の徒歩圏内だけが行動範囲だった小学生のころと比べて、バスや電車に乗らないとたどり着けない学校へ通い、この場所を通じて、たくさんの出会いを果たしました。桁違いの驚きも嬉しみもしんどさも新しい感情にもたくさん出会いました。
 同じ景色を見ている隣の人が、同じ気持ちでいるかは分からないのと同じように。きっと、同じ名前の感情であっても、人それぞれその気持ちを説明したら、バラバラなのではないかと思います。私にとっての「楽しい」とは、他のことは考えられないほどに満たされるような気持ちです。そのとき、たいてい口角は下がってくれません。あなたにとってはどうですか。言葉でも、確固としたものでもなくていいから、自分なりの気持ちを感じ取れていたら、素敵ですね。その気持ちを大事にしてみてください。

 もちろん、この世の何処かには、自分には合わない場所というものも存在していると思います。これだけ人間がいたら、合わない人の方が多いということもあります。
 与えられた環境でがむしゃらに頑張って、それでもしんどさが続くのなら、そんなときは、その環境から逃げてしまうことも大事だったりします。離れる理由も、離れない理由も、考えたらきっとそこら中に散らばっています。逃げるのは甘えではないのか、頑張れない自分は根性なしなのかと思ってしまうこともあるかもしれません。
 実際、どの選択が正解なのかは、選んでみないとわからないことも、たくさんあります。そんなときは、周りの先生とか、先輩とか、大人に見える人に、頼ってみたらどうでしょうか。
 歳上の人というのは、自分よりも単に数年早く生まれたというだけではあるけれど、その数年さえも、今の10数年の人生にとっては大きかったりするものです。少なくともあなたよりかは、選択の数も経験の量も多いはずです。自分が心を開いていないだけで、周りにSOSを出したら、それに応えてくれる人もそれなりにいます。人の意見も、求めてみてください。

 最後になりましたが、新入生のみなさん。頑張っても、逃げても、立ち止まっても、走り切ってでも、何をしてでも、自分と向き合うことを諦めないでください。応援しています。
 高校生活というものは思ったよりも暇で、何もしないと本当に何も起こりません。毎日同じことを繰り返すからこそ、考えだけが深まって、この五年、私は常に急いていました。がむしゃらに頑張って、生き急いで、全力で楽しんでください。





 偉そうなこと言ってる。急に先輩ヅラかよ。祝辞としてへなちょこすぎる。

 綺麗事なことも分かっている。私が新入生の立場だったら、この話を聞きながら「この人思想激しいな、何言ってるかよくわからん」と、聞き流してしまうのだろう。

 それでも、何か綺麗な言葉を贈りたいと思ってしまう。これが成長したということだろうか。

 中学生のころ、高校生になったら何だって出来る、無敵になれると、本気で信じていた。
 時間はいくらでもあったけど、やりたいこともやるべきこともたくさんあって、いくらあっても足りなかった。それなのに何故か暇だった日々。
 精神は一向に安定しなくて、自分という存在に常に疑問を持ち続けている日々。


 まだ生きたことがないから確証はないけれど、これから先、今のような日は訪れないと思う。何に対しても敏感で、今以上に感受性が高くなることはないと思う。
 それくらい、今が特別な期間だと思っている。

 青春は、終わってから気がつくものだと言うけれど、確実に、今が絶頂の春。



うまぁ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?