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イソップ寓話『セミとアリ』☆タロットの象徴で見る

タロットの楽しさへようこそ。

タロットは神話や寓話などと共通して豊かな象徴が入った知恵の宝庫です。

マルセイユ・タロットを調べていると面白いことがいろいろ見つかります。

挿絵:『恋人』

この『恋人』のカードにも「あれにも見える。これにも見える」という感じで見つかるものがたくさんあります。

その中から、イソップ寓話の『セミとアリ』と共通する知恵の象徴に目を向けてみましょう。

ラ・フォンテーヌの『La cigale et la fourmi 』

この挿絵は17世紀フランスの詩人ラ・フォンテーヌによるアップデート版の『セミとアリ』のものです。

『セミとアリ』は日本においては、小学生くらいの頃に出会う童話のひとつ『アリとキリギリス』として伝えられています。

あらすじとしては「夏にあくせく働くアリをよそめに、キリギリスは歌を歌い音楽を演奏して過ごしていた。冬になって食料がなくなったキリギリスがアリに助けを求めると、アリは冬への備えの教訓を伝えつつ、食糧を分け与える。キリギリスは心を入れ替え、食糧のお礼に音楽を演奏する」というものです。

勤勉さや備えをよしとする形に書き換わったバージョンです。

童話として穏やかに伝えるために肝心の知恵が目減りしているように思えますね。

寓話にとって象徴性が大切であることを考えると、セミをキリギリスに変えたのはちょっと残念な気がします。

それによって欠落するものが大いにあると思うのです。

イソップ寓話としての『セミとアリ』のあらすじは後半がかなり異なります。

助けを求めたセミに対し、アリは「夏に歌っていたのなら、冬は踊ればいいじゃないか」と辛辣な言葉を返し、食糧も分け与えませんでした。セミは「歌うべき歌は歌った」と言い返して死んでしまいます。

セミとアリは、「陽の当たるところにいる上向きの生き物」と「地を這う下向きの生き物」としての対比があります。

セミを地面付近にいるキリギリスに替えてしまったことで、明確な対照性が失われています。

セミとアリに似た対比が描かれているのがマルセイユ・タロットの『恋人』です。

わたしはカモワン版マルセイユ・タロットを参考にしていますが、マルセイユ・タロットでは伝統を継承しますので、マルセイユ・タロット系であれば基本的に同じ象徴が描かれているはずです。

挿絵:『恋人』

簡単な象徴から始めると、左側の赤い袖の人は人差し指で下を指さしています。

地上的な方へと誘っています。

赤い袖の人の腰は黄色いベルトで縛られていて、まるでアリのようにくびれています。

そんな赤い袖の人の様子に対し、青い袖の人の人差し指は上を指さしています。

青い袖の人の服装は、なだらかに垂れた袖などによって体の線が隠されています。

その様子は長い翅が胴体を隠すセミと共通性があります。

青い袖の人の指先は弦楽器をつま弾いているかのように、真ん中の人の胸の琴線に触れていて、音楽を奏でるセミのようです。

こう並べていくとすっかりアリとセミの対比のようですね。

『恋人』のカードの中では、地上的な選択肢と天上的な選択肢を提示されているのは真ん中の人です。

『セミとアリ』の寓話によって、選択肢が提示されているのは読者であるわたしたちそれぞれです。

「あなたは地上的選択肢と天上的選択肢のどちらを選びますか?」

とわたしたちに問いかけています。

もうひとつ触れておいた方がよさそうなことがあります。

実はセミは羽化する前にすでに何年も地中に埋もれた時を過ごしているということです。

真ん中の人の脚も地面に埋もれて描かれています。

両手と片足はもうすでに青い袖の人の方を向いていて、これから天上的選択に切り替えようとしているところのようにも見えます。

そう考えた場合、問いはこのようになるのかもしれません。

「あなたは地上的選択をもっと続けますか?天上的選択肢をもうそろそろ選びませんか?」

神話や寓話は象徴を使って、わたしたちに豊かな知恵を伝え続けています。

それを解読できるタロットの象徴はとても面白いものです(^-^)

ソフィア

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