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【まとめ読み】騒音の神様 128〜131 松原の現場復帰

万博造成現場では、松原はじめ竹之内工業の従業員達が仕事に取り組んでいる。松原は足を引きずりながら、指示を出したり自分にできる作業をしている。皆が二日休んだ分を取り戻そうと張り切っていたし、当たり前のように現場の熱気の一部になっていた。竹之内は、万博現場内をハーレーで巡回し、時折松原達の仕事の様子を見てはまた、万博内のどこかに出かけた。
 松原達は、顔も腕も真っ黒に日焼けしていた。午後二時半を過ぎた頃、松原はみんなに声をかけた。
「あと三十分したら、休憩しよ。」
「よっしゃ。あとちょっとや、しかしあっついなあ、」
と言う会話を交わす。その時、近くに車が止まり、見たことのある人物達が近づいてきた。みなその姿を見て緊張が走った。デカイ体の男、荒本を含めて男三人が松原達のほうに歩いて来た。松原も他の皆も、その三人をにらみつけながら手に武器になりそうな道具を握りしめた。松原はやる気だった。デカ男の荒本が乗り込んできて騒動になり、その後松原が一人で仕返しに行ったのはほんの数日前。松原は男たちを見た瞬間、怒りと悔しさと殺意が湧いて来た。松原は男達のほうに進んだ。殴りかかるために。
「くそっ、あいつらまた来やがった。許さんぞ、」
デカ男の前を歩いていた男は松原達の殺気に気付き、ささっと松原に近づいて話し始めた。
「いや、先日はすまんかった。いや、すんませんでした。失礼なことを致しました。」
と言い、二人の男が腰から曲げて頭を下げてまず謝って来た。
「ほんま先日は失礼なことをしてしまいまして。申し訳なかったです。」
「荒本、お前も頭さげんかい」
と二人の男が必死に荒本に頭を下げさせようとする。荒本はただなんとなく二人の男の後ろについて来ている雰囲気をかもしだし、謝ろうとはしなかった。松原は急に男二人の謝罪が始まって驚いたが、まだ警戒していたし、他の竹之内工業の男達も油断せずに三人の男を睨み続ける。

謝罪に来た男は、まだ喧嘩になる予感を感じながらも、喧嘩にならないように素早く動いた。
「ほんますんませんでした、竹之内工業の皆様、サイダーです。どうぞ皆さんで飲んで下さい、」と大声で言いながら手に持っていたバケツを地面に差し出すように置いた。
「さあ、どうぞどうぞ、暑いですよね。お疲れ様です。」
と言いながら二人で氷で冷やしたサイダーを取り出して、まず松原に手渡した。松原は受け取ってしまった。松原に手渡した男は内心
「やった、受け取った、このまま皆に早よ配ろ、」
と思い次々にサイダーを手渡していく。もう一人の男はすぐさま栓抜きで、サイダーのフタを開けていく。プシュっ、スワー、と言う良い音が響いた。あまりに良い音に、竹之内工業の男達は気分が良くなってしまう。そしてサイダーの瓶から泡があふれてこぼれそうになる。すぐに口でサイダーを迎えに行く。一口飲む。
「くわー、うまいわあ、」
と一人が飲み出すと、他の者達も後に続いた。みな、松原の様子を伺ってはいたがサイダーの勢いが上回ったようだった。松原はサイダーを飲もうか、突き返そうかと考えていた。
「これ、飲んでええもんやろか。飲んでしもたら、もう喧嘩でけへんのと違うか。」
松原は一瞬悩んだが、年配の職人が松原が迷っているのに気付き声をかけた。
「松原君、謝罪は受け入れるもんやと思う。受け入れたら、竹之内工業の勝ちになる。」
松原はそう言われて、
「そうか、竹之内工業の勝ちになるんか。それやったら飲むべきなんやな、」
と思いサイダーを飲む事にした。
「ほな、みな、いただこか。もらうでサイダー、」
と言うとサイダーのビンを口にあて、飲んだ。
「ふあー、うまいなあ。」
と松原が言うと皆、ほっとした表情であらためてサイダーを飲んだ。
「いただきまーす、」
と口々に言いながら従業員達がサイダーを飲む。松原は別の場所で作業している者達も呼んでくるように若い者に伝えると、若い者は走っていった。デカ男、荒本はどこを見るでもなく興味なさそうに突っ立っていたが、しっかりサイダーを入れた一斗缶を持って来ていた。皆にサイダーを配った男が声をだす。
「おい、荒本、サイダーお前も配らんかい、」
と言うと荒本も黙ってサイダーを配りだした。

松原はデカ男達を、また倒してやりたいと思っていた。しかし、先にデカ男の仲間達に謝られてしまいサイダーまで飲んでしまった。さっきまでの怒りをどこへ向けて良いか分からなかった。このまま、静かに何事もなかったように過ごすべきか。それとも怒りをぶつけるのか。
「謝罪受け入れたら、ほんまに俺らの勝ちになるんか、」
と心に少しひっかかりを持っていた。皆がサイダーを飲みながら休憩を取る。デカ男を引き連れて来た男が、松原のほうに近づいて来て話し始めた。
「ほんま、前日はすいませんでした。これからは仲良うしてください。竹之内社長にも、よろしゅう言うといて下さい。ほな、わしらこれで失礼しますんで。」
と言ってデカ男を引き連れて素早く立ち去った。松原は、色々言いたいことがあった。デカ男自体は、謝ってもない。
「くそう、先手取られた。何言うてええか分からんかった。竹之内社長にびびって謝りに来ただけやないか。俺、やられただけや。はあ、くそう。俺は何も出来へんかった。俺は役立たずか、ほんまに竹之内工業の勝ちになるんか。」
そんな気持ちがわかっていたのか、また年配の一人が松原に話しかけてきた。
「松原君、先に謝ってきよったな、あいつら。争い事って難しいなあ。腹立つこと多いよなあ。でも、竹之内工業が勝ったんは間違いないで。」
それを聞いて松原は
「ほんま、腹立ちますわ。先に謝って来やがって。難しいわ、どうしたら良かったんやろ。あいつら来た時、なんか言えたはずやのに、何も言われへんかった。デカ男は黙ったままやし、何か言えたはずやねんけど。分からんわ、腹立つけど俺もサイダー飲んでしもたし。でも、まあ、これが竹之内工業の勝ちになるんやったら、しゃあないかな。」
「そや、勝ちは間違いない。でも、ほんま色々、腹立つなあ。わしも、サイダー飲んでしもたし、」
と会話をしながら二人は少し笑った。
松原は考えていたことを口に出せて、気持ちが落ち着いた気がした。
「さあ、みんな、ここからまた頑張ろかい。」
松原は立ち上がり、皆に声をかけた。皆も元気良く立ち上がり作業に戻った。

松原が作業に戻り汗をかいていると、見慣れた男達が歩いて来た。松原は、一瞬目を背けた。まだ、会いたくなかった男達だ。松原が夜の公園でボクシングを教えた奴らだった。でも、目を背けてる場合ではなかった。何しろ、もう目が合ってしまったし、相手も松原に気付いて手を振り出した。松原は腫れた顔を見られたくはなかったし、ヒジ打ち男にやられた事、デカ男達に叩きのめされた事なども知られたくはなかった。どこまで知っているのかも気になった。松原は思った。
「どんな顔してしゃべろ。何話そ。何、言うてくるんやろ。あかん、どないしよ。」
松原が考えている間に、ボクシングを教えた一人が駆け寄ってきて話し出した。
「こんにちわ、松原さん。最近、おれら別の現場行っとんたんですわ。次の練習、いつします、」
と楽しそうに話し出した。別の男を見ると顔が腫れている。顔の腫れた男が話し出す。
「いやぁ、松原さん次、はよ練習しましょ。」
顔の腫れた男を指差して、最初に駆け寄ってきた男が笑いながら話す。
「こいつね、ボクシング試すんや、一撃でぶっ倒すんや言うて、昨日よその現場で喧嘩しよったんですわ。そしたらね、逆にカウンター食ろて一撃で倒れよったんですわ。」
「いや、ほんま、目から星がバチバチ飛びましたわ。ほんで気ついたら青空眺めてて。真昼間にいや言うほど星見ましたわ、」
と言いながら話す二人が大爆笑していた。倒された話を楽しそうに話す姿に、松原もつられて笑い出した。笑い出したら止まらなくなって、腹を抱えて笑い出した。
「松原さん、笑いすぎでしょ、はっはっはっは」 
と三人で笑いが止まらなかった。そして松原は、自分が誰よりも顔が腫れているのに、その事に触れない優しさがとても嬉しかった。

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