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【まとめ読み】騒音の神様 33〜37 上野芝と盛山の激闘

上野芝は万博造成現場でヒジ討ち男を待ち侘びながらも、懸命に働いた。現場はどこも活気があり、トラックが頻繁に出入りしている。昼間は、弁当を売る車もやって来て大賑わいだ。上野芝は、弁当を買うときに周りにいる見知らぬ作業員達に声をかけた。「ヒジ討ち男って知ってるか、」「ヘルメットとゴーグルつけて、いきなりヒジ討ちくらわして来るんや。」「ヒジ討ち男が現れたら、俺呼びに来て欲しいねん。」「めちゃくちゃ強いらしいからな、勝てるのは俺くらいや。」等と話かけて自分の居場所を伝えた。上野芝の予想を下回って、ヒジ討ち男を知らない人が多かった。色んな業種の人達が大きな現場に集まる。大阪以外からも職人は来ていたし、日雇いの人もたくさんいる。上野芝は、これはチャンスだと思っていた。「俺がヒジ討ち男を倒すチャンスや。あんまり噂が広まると、ヒジ討ち男を倒したい奴が集まるやろ。あと、元請も警察呼ばなあかんようになるかもしれん。大騒ぎになる前に、俺がヒジ討ち男を倒すチャンスなんや。」そう同じ場所で働く男達の前で上野芝は熱く語る。ヒジ討ち男にじかにぶっ倒された者が何人もいたので、皆が上野芝の話を真剣に聞いた。その上で、皆ヒジ討ち男をどうにかしてやっつけたかった。
 明るい太陽の光の下、皆が懸命に汗をかきながら働いていた。上野芝は仕事中、トイレに行きたくて仕事場を離れた。「ちょっとトイレ行ってくる、」と言い小走りで用を足せる場所をしばらく探す。それから用を済ませて、落ち着いて上野芝は仕事場に歩いて戻る。上野芝は歩きながら、自分が戻る先を普通に見た。いつもと何か違う雰囲気だ。そしてすぐに気付いた。「しもた、あいつが来てる。」上野芝の視線の先に、ヘルメットを被った男が一人、ヒジ討ちで作業員をぶっ飛ばしていた。十人位の男達が、手に何か武器となる道具を手にしてヒジ討ち男を取り巻いている。何か大声らしき声が聞こえる。上野芝はダッシュした。「しもた、最悪のタイミングで離れてしもた、くそ。」上野芝は猛スピードでヒジ討ち男に向かって走り込み、取り囲む作業員達の間をすり抜けて「オーーラ」と大声をあげながらヒジ討ち男の顔面にパンチを繰り出した。バチンッ、上野芝のパンチが確実にヒジ討ち男こと盛山の顔にヒットした。作業員達から声があがる。「よっしゃ、上野芝いったれー、」「行けー、上野芝、倒せー」

上野芝は、連続でパンチを繰り出した。バチバチと盛山にパンチが当たる。上野芝は盛山より線が細く、本当に目にも止まらないような早さで動く。足は止まらず右にまわり、左にまわり、距離をとったり踏み込んだりと同じ場所にいる瞬間がない。盛山は上野芝のパンチをくらうが、効いてはいなかった。盛山は上野芝の動きが速くて照準が定まらないまま、ヒジ討ちを繰り出した。が、空振りした。上野芝はさらにパンチをバチバチと当てる。盛山は前にでながら、上野芝のシャツを掴み、すぐさまヒジ討ちを打つが上野芝はしゃがんでかわす。上野芝はチャンスだと思った、合気道の技を出すチャンスだと。「盛山がシャツを掴んだままや。この手を取ってひっくり返したる。」上野芝は盛山の手首に両手を添えて、技を出そうとした。「か、固い」盛山の手はびくともしない。「かたい、動かん」上野芝は力を込めて盛山の手を動かしてやろうと、手首を折り曲げてやろうとするが何も動かない。まるで手首が無いかのように太く頑丈だ。「くそっ」そう上野芝が思った時にはヒジ討ちが飛んできて上野芝の頭部に当たった。衝撃で後ろに立ったままふっ飛ばされた。上野芝は、体が倒れそうになるのを必死でこらえる。その瞬間、盛山の背中や肩、ヘルメットにドス、ガス、と何かがぶつかった。周りで見ていた者も、ただ黙って見ていた訳ではなかった。手に石やレンガを持ち、いつでも投げれる体制を整えていた。「今や、もっと投げろ」そう皆が口にした時には盛山は上野芝に向かって突進していた。「あかん、上野芝に当たる、やめろ」皆が石を投げるのをやめた。盛山は突進する勢いのままヒジ討ちを打つ。上野芝はなんとかヒジ討ちをかわし、必死でパンチの連打を打つ。「オラー、オラオラ、どないや、オラー」上野芝の反撃を見た者達は「よっしゃ、まだ行けるぞ。」「言ったれ上野芝」と声を荒げる。上野芝のパンチは、盛山の鼻、口元、アゴ、ゴーグル、肩、腕、脇腹、みぞおち、色んな場所に当たった。しかし盛山のダメージは、少し唇を切ったくらいだった。

上野芝は、自分のパンチが効いていない事がはっきりわかってしまった。打てばうつほど体力を消耗し、ヒジ討ち男の体はびくともしなかった。それでも上野芝は諦めていない。「次のヒジ討ちに合わせて投げ飛ばす。動きに合わせたら、あの男も宙を舞う。それが合気道や。」と殴りながら盛山がヒジ討ちを出すタイミングを見計らっていた。その瞬間はすぐに来た。盛山がヒジ討ちを繰り出す、上野芝は素早く大きくしゃがみながらそのヒジから先を狙った。盛山がヒジ討ちを空振りしたその時、上野芝は盛山の手首をしっかり握りしめた。「ふんっ」上野芝は両手に力を込めて盛山の手首をとろうとする。が、「かたい、動かん、くっそっ」上野芝がそう感じた時、盛山は捕まれた手首を力まかせにふりほどいた。上野芝は掴んだ腕に振り回され、自分でコントロールが全く出来なかった。それはまるで、合気道の技のように、華麗に上野芝が飛んだ。上野芝が宙を舞いそしてドスっ、地面に落下した。次の瞬間には、上野芝の仲間たちが工事用のスコップを手に盛山に突進していく。「こっちじゃヒジ討ち男、オラー」。盛山は周りを見渡しながら慌てずに、スコップを手で弾いていく。バシッ、弾かれたスコップが飛んでいく。手ぶらになり、ヒジ討ちをくらう者、手にした道具を弾き飛ばされると同時に腰が砕ける者、離れて石を投げる者、それぞれが上野芝を守りたい一心だった。初めてヒジ討ち男を見た男達も、ヘルメットを被り、バイクゴーグルを付けた男に突進して行った。

何人もの男達が、ヒジ討ち男にかかって行くが簡単にぶち倒され吹っ飛ばされた。男達が手にしていたスコップがカランと音を立てて地面に転がる。「スコップ持ってたら、相当強いはずなんやけどな。あいつ化け物やな。」やられた男達がへたりながらつぶやく。そんな中、上野芝が立ち上がった。「くっそー、簡単にみんな吹き飛ばしやがって。まだいくで。」上野芝は、もう走るような足の力は無かった。こんなに全身の力を使い切ったことは無かった。それも、戦っている時間はそんなに経っていないはずだったが体の疲労が凄まじかった。「なんやねんこの感じ、腹立つなあ。」上野芝は地面に転がったスコップを手にして盛山に襲いかかった。「うおりゃー」上野芝は声を上げながらスコップを振り上げ、盛山に殴りかかった。盛山はいとも簡単に踏み込んで、スコップの木の棒部分を手で抑えた。上野芝の握力はもう限界で、簡単にスコップが手を離れた。「くっそー、」上野芝は必死で手を前に出し、パンチを繰り出す。ペチン、ペチンと盛山の顔面に当たる。盛山がパンチを無視して、ヒジ討ちを放つ。上野芝はヒジ討ちに食らいつくようにしがみつき、盛山の前腕部をとらえた。「フンガー、」と上野芝が声を上げ、合気道の何かの技を出そうとする。見ている者たちは声を上げて応援する。「上野芝、投げたれ、合気道でぶん投げたれ」。しかし見ている者には、ハッキリと分かっていた。ヒジ討ち男は微動だにしておらず、上野芝の技はかからない。でも、声を出すくらいしか出来る事が無かった。「上野芝、もうちょいや、投げたれ」。上野芝が握力の無い両手を使い、足も動かしながら投げに入った。盛山はびくともしない。「くそ、くっそー、」上野芝は最後の力を振り絞った。盛山は、捕まれた腕を大きく動かし、体で反動をつけて思い切り上野芝を振りほどこうとした。盛山の腕にしがみついていた上野芝の体は縦に回転して、宙を舞った。上野芝が必死でかけたかった、合気道の技の様に上野芝自身が回転して投げられてしまった。盛山が捕まれた腕を引っこ抜くと、上野芝の体はおかしな体制のまま地面に激突した。ドスっ。誰が見ても明らかだった。ヒジ討ち男の完全勝利だと。一瞬、場が静かになったときに、「ピー、ヴゥー、」と拡声器の音が響き渡った。拡声器の音が続く。「静かにするんや。町に子供の音を響かせるんや、騒音は要らない。子供達の音を邪魔する騒音はいらんねや。」神様が、背の低いお爺さんが拡声器を手に、木箱の上に立っていた。

神様は、拡声器での演説を終えて盛山と二人堂々と現場を去った。盛山はカブを走らせながら、反省していた。「同じ奴らを襲ってしもた。あんな広い現場で、おんなじ奴らを。俺の目は節穴なんか。」神様は後部座席で、盛山の背中や腕まわりの傷をまさに目の前で見ている。戦いの最中、石やレンガやブロックが飛び交い、いくつかは盛山に直撃していたのを神様も見ていた。「よく立っていられたな、」と感心しながらも盛山の戦いに関しては心配しないようにしていた。神様は神様で、姿を見えないようにして音が鳴る機械の音を消していく自分の役割に徹していた。盛山に対してはその強さに絶対的な信頼感を持っていたし、過剰な褒め言葉などは要らないと思っていた。それでも目の前に敗れた服から分かる怪我や血を見ると神様は「ありがとう盛山君。よう戦ってくれた。」と心からのありがたさを口にした。盛山はバイクの音の中から神様の声を聞いて嬉しかったし、とても落ち着いた。
 盛山が神様とカブに乗って走っているころ、襲われた現場では上野芝が号泣していた。「くっそー、何にもでけへんかった。何も効かんかった。俺は弱い、くそ弱い、」そう言いながら涙をぼろぼろ流して泣きじゃくった。周りを取り囲む男達は、「上野芝、お前はよう頑張った。強かった。」「かっこよかった。お前が一番戦ってたんや、」「すまんな、わしらなんの戦力にもならんで。」などと言葉をかける。それを聞いた上野芝は、自分でもわからない位泣いた。「うわぁ、うわぁ、くそう、くそう、」涙が止まらなかった。上野芝が泣いている間に仕事は再開され、また轟音が空に鳴り響いた。上野芝は一人泣き続けた




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