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【まとめ読み】騒音の神様 26〜29 合気道男、上野芝は盛山と戦いたい。

上野芝が次の日、仕事に行くと夜勤上がりの作業員達が顔を腫らしていた。会社の話題は昨夜現れた強い男と拡声器のお爺さんの話で持ちきりだ。上野芝も話に参加し、何があったのかを興味深く聞く。上野芝は喧嘩が大好きで、いつも合気道の技を試したくてウズウズしているから昨晩の話に興味津々だ。一人の顔を腫らした男が言う。「体がゴッツいんや。身体がなんか、全部強い。あとヒジ討ちやな。とにかくヒジ討ちをくらわしてくるんや。」上野芝が「よけられへんのか、パンチはくらわしたんか、まさか黙ってやられたわけやないなろな。」男が答える。「避けられへんねや、威圧感がすごうてな。気付いたら肘くらってる。スコップ持って突っ込んでもあかんねや。とにかくめちゃめちゃ強いんや。」そう言いながら男は仕事終わりの酒を飲む。上野芝や、今から万博工事に向かう作業員達も話を熱心に聞く。「わしにも酒くれ、」と言いながらこれから仕事に向かう作業員達の中にはすでに酒を飲み始める者もいる。現場仕事の資材や道具をおいてある場所で、酒と煙草の煙りが漂う。1960年代にはしばしばある風景だ。
 上野芝は元気に吠えた。「俺の出番やないか、まかせとかんかい。オッサンらには無理やろ。俺の合気道の出番やないかい。」と言うとすぐ「あれが合気道が、ほとんど殴り倒しとるやないか、」と作業員達からツッコミが入り笑いが起きた。何人かは、上野芝の喧嘩と合気道を見たことがある。昨晩、上野芝と一緒に飲んでいた男達が昨日のことを話し始めた。「昨日もコイツ、いざか居酒屋で喧嘩しましたよ。三人相手に、合気道と言うか殴りまくってましたよ。」と言うと「ほらみてみ、やっぱり殴ってばっかりやないか、」と明るい笑いが広がった。上野芝は、「いやいや、待って待って。合気道の技出したって。合気道はタイミングが大事なんや。そのタイミングで技出すんが俺やがな。」と威勢よく話す。夜勤上がりの仕事終わりの者達、これから仕事に向かう者達が賑やかに酒盛りのようにしばらく話をした。上野芝は、黙々とトラックに資材を積み込む社長に「社長、俺、夜勤に変えてや。俺が合気道でぶん投げるから。」と言うと社長は、「よっしゃ。頼むで上野芝。現場荒らされて黙ってられへんからな。」と力強く言う。それを聞いた上野芝も、他の男達もやる気が、戦う気がさらに湧いてくるようだった。上野芝は、「まかせといてくれ」と言いながら早くそのヒジ討ちの男、ヘルメットとゴーグルを装着した男と出会いたくて仕方がなかった。

万博造成現場へ行った後のある夜、盛山は河川敷に来ていた。地面の悪い場所を走る練習だ。前回の万博では真っ暗な森の中を走ったが、木に激突せず、また転倒もせずに走れた。ただそれは、初めての出来事での集中力と運が良かっただけだと盛山は思った。いわゆるビギナーズラックだ。「次、あの状態で無事に走れるかどうかわからん。バイクの腕を上げなあかん。」盛山はそう思い、河川敷にカブで走りに来たのだった。河川敷はすっかり暗く、夜の練習にはピッタリだ。地面は土で雑草も生えており、土手は坂になっている。木も生えていて盛山は「ええ場所や」と土手を斜めに降り出すと、いきなり滑りこけた。「あかん、いきなりやな。」盛山は、これからとばかりにまた走り出す。「ヘルメット貰って助かってるな、バイクはこける。あとこのゴーグルにも慣れとかんとな、」とぶつぶつ言いながら雑草の中を走る。でこぼこな地面を蹴りとばしながら進み、川岸までくるとタイヤを泥にとられる。カブ降りて、自分の足で押しながら進む。靴はドロドロだ。「暗いからさっぱり地面の具合がわからんな。でも、これも慣れとかんと。」と言いながらまた走り出した。
 神様は、土手の上から盛山の走る様子や景色を眺めていた。そして真っ暗な川を見つめながら「大和川は急に汚くなったなあ。へんな匂いもするようになったなあ。時代とはこんなにも汚いものを生み出すようになったのか、」とだいぶ悲しげな様子だ。「ここに大和川が付け替えられたときは、わしは驚いたはずだ。立派な川が人の手で作られるなんて、と。まさかその偉大な川がこんな汚い川になるとは予想もつかんかったなあ。覚えてないけど。」と、神様は自分がなんでも忘れてしまうことも悲しかった。夜の大和川の土手に聞こえてくるのは、水の流れる音、トラックが近くを走る音、盛山が走るカブの音、遠くで行われている工事の音、そしてどこからか赤ちゃんの泣き声。神様は、赤ちゃんの声が聞こえて幸せそうに「元気な泣き声やなあ。赤ちゃんの泣き声は昔から覚えてる。変わらんなあ、きっと未来の赤ちゃんの泣き声も元気やろなあ。」そう言いながら、盛山がバイクを走らせる間ずっと色んな音を聞き続けていた。

自称、合気道の男、上野芝は夜間工事に励んでいた。噂のゴーグルヒジ討ち男が現場に来ないかと、今か今かと待ち構えている。仕事中に少しでも手が空くと近くの作業員を捕まえては「ちょっとヒジ討ち打ってみて。技、試したいから。」と言って技を試す。時折「一教より二教のほうがええかな」とか「呼吸を合わせての腕ひしぎかな、」等と専門用語を口に出してみる。「それどう言う意味や。」と聞かれると上野芝は「合気道は言葉では説明でけへんねや、国語算数とは違うからな。」と言うのが上野芝のお気に入りの返答だった。
 夜間に車やバイクのライトが光ると「あいつが来たか、」と視線をおくる。その光が通り過ぎると「違うか、早よこいや。」とヒジ討ち男が来るのが楽しみで仕方なかった。上野芝だけでなく、ほかの作業員達もヒジ討ち男の襲来に向けて準備していた。「前の石投げ、ブロック投げは良かったで。喧嘩でけへん奴は、とにかく物投げよ。」「道具で戦うんやったら、突くのがええんちゃうかな。距離とりながら。道具持って振りかぶったら、もう近付かれてあかん。突くんがええで。」「素手は絶対無理や。」等と各々が作戦を口にし、休憩時間はヒジ討ち男対策で持ち切りだった。上野芝は何度も「俺が戦う時は手出さんといてくれよ。邪魔やからな。」と超強気だった。邪魔と言われても皆いやではなく、ヒジ討ち男対上野芝の対決を見たかった。上野芝は、「ヒジ討ち男は今日来んかったけど、絶対明日は来る。」と思い続け、言い続けてまた一日が過ぎていく。

盛山はいつもの様に朝早く出発して工事現場の仕事に向かう。いつものように出来るだけ体を動かし、重たい建築資材を率先して運んだ。盛山の体はますます逞しくなっていくようで、他の作業員からは「また体ごつなったん違うか。」「太ももも、パンパンやないか。ズボンやぶけへんか、」などと声をかけられる。盛山は「ちょいちょい破ける。今も破けてるし、」と話しながら自分がゴツくなっているのは嬉しかった。実際、股の辺りは裂けていた。時折、いちゃもんをつけては喧嘩を打ってくる者に対しては躊躇なく攻撃する。今日は、手押し車を盛山の足にぶつけておいて謝りもせずにからんでくる奴が現れた。「お前のせいで、砂利こぼれてしもたやないか。喧嘩売っとんのか、しばいたろか、かかってこんかい」と言う分かりやすい喧嘩の売り方だ。盛山は相手が喋っている最中に掌底をあごにぶち込む。ぐらついた相手の作業服の襟首をつかみ引き倒す。手のひらを相手の顔面に押し当てて「まだやるか」と落ち着いて言うと相手は、「やらん、やらん、」と言葉とぶんぶん手を振って必死でゼスチャーする。盛山は自分でヒジ討ちを出さなかったことに驚いたが、なんとなくヒジ討ちは神様との戦いにおいておこうと思っていた。「まあ、ええか。」そんな曖昧な言葉を口にしつつ、盛山はいつもの日常を済ませて夕方になった。トラックに皆を乗せて事務所に帰ると、「おい、盛山。あしたから夜勤行ってくれへんか。お前が行ってくれると助かるんや、」と仕事を割り振りする男が言う。盛山は「ええですよ。」と即答した。神様は常々「盛山君の仕事優先で。」と言ってくれているので盛山は躊躇なく返答した。盛山は、いつも同じことより何か変化があった方が良いと思っている。仕事を割り振りする男は盛山の素早い返事を聞いて喜びながら「ありがとう助かるわ。日当あがるさかいな、」と言った。盛山はそれを聞いて素直に嬉しかった。盛山はたくさん働き、しっかりお金を貯めている。収入が増えるのはやる気がでる。盛山は、夜働くのが楽しみになった。そしてそれは、万博への遠征が日中になることを意味している。「昼の万博工事は、賑やかやで。暴れがいがある。強い奴も絶対おる。」盛山の楽しみが膨らんだ。

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