見出し画像

【まとめ読み】騒音の神様 30〜32 合気道男、早く盛山花守と戦いたくて仕方がない。

上野芝は、夜勤で働き出してからも毎日元気一杯だった。朝に仕事が終わってからは、空き地で体を動かす。「パンチ、からの手首を持って、」「パンチの連打、からの相手の親指側を掴み、」等と動きを確認し、ていく。「手刀からの、いや、やっぱり手刀はしっくりこんな。パンチからの、」と山ほどパンチを繰り出す動作を繰り返し、合気道の技につなげる。「これで倒れん奴はおらんな。相手ひっくり返るで、どんなにデカくてもな。」上野芝は自信満々だった。夜勤に代わってからの朝の練習は気持ちが良かった。「いや、練習ちゃうな、稽古、稽古。鍛錬、鍛錬。」なにかと合気道っぽい言葉を使うことで上野芝は、益々強くなって行く気がしていた。
 夜勤で働き出して数日目、休憩中に上野芝はとんでもない言葉を聞いてしまった。「昼間、ヒジ討ちで何人もぶっ倒されたんやて。」万博内の別の現場で働いている男が、上野芝が作業する場所に用事で立ち寄ったのだ。上野芝は声を荒げ「うそー、ほんまか。あいつ夜出るんちゃうんか、ほんまにあのヒジ討ち男なんか、」と言い苛立ちと悔しさが爆発する。立ち寄った男は、「俺も聞いた話やけどな。西側の現場にゴーグルつけたままで、とにかくヒジ討ちで何人もぶっ倒したらしい。あと、爺さんが拡声器で静かにせえ言うて立ち去ったんやて。」それを聞いた上野芝の仕事仲間が言う。「間違いないな、あいつらや。上野芝、間違いないで。拡声器使う爺さんなんかおらんしな。」上野芝は、近くのドラム缶を蹴っ飛ばす。「くっそー、あいつと戦うためにわざわざ夜勤にしたのに。あいつは何考えとんねん。」と近くにある物をとにかく蹴飛ばす。前にヒジ討ち男のヒジ討ちをくらった男は、立ち寄った男に色々と質問した。「何人くらい倒した、」「西側のどのあたりや」などと聞いてみたが、「とにかく、ようさん倒したらしい。めちゃめちゃ強いらしい。」ぐらいで男も他に詳しいことは分からなかった。上野芝は、朝になったら襲われた奴を探して話を聞こうと思った。それから上野芝が腹が立ったのが、自分の会社の昼働いている奴らだった。「あいつら、交代の時なんにも言うてなかったぞ。どういうことや。」と上野芝が言うと別の男が、「この現場は広いからな。めちゃめちゃ広い。出入りしてる業者もどんどん増えて行ってる。なかなか噂も広まりにくいで。」と言った。上野芝はとにかく朝が待ち通しかった。「いや、朝まで待つことないわ。俺今から西側行ってくる。軽トラ乗ってくで。」そう言うと、ヒジ討ちを以前くらった男が「俺も行く、」と言って二人で軽トラに乗り真っ暗な道を走り出した。

真っ暗な道を軽トラが進む。昼の賑やかさとは違って静かで本当に暗い。夜間工事をやっている場所はまばらだ。西側に着いたと思ったが、真っ暗でどこも工事している様子がない。「おらんなあ、こっちは夜やってへんのかな、」「あんまりウロウロしてたら、タイヤが穴とか溝に落ちてまうで。地面があんまり見えへん。」「そやな、危なそうやし、また明日の朝にするか。しゃあないな」等と二人で話しながら仕事に戻った。朝が来て、上野芝は交代の者達にヒジ討ち男のことを聞きまくり、また話しまくった。誰も昨日、ヒジ討ち男が現れたのを知らない様だった。上野芝ともう一人の男はまた軽トラに乗り、西側に走り出す。夜とは違い、人が多くトラックが走り活気がある。未舗装の道をどんどん整備して行く工事が進む。森が日々切り開かれて、造成地が広がっていく。上野芝は軽トラを運転しながら「規模がでかいし早いなあ。完成したらどないなるんや。」と感心しながらつぶやいた。
 西側に入ると工事の準備をしている作業員達に声をかける。ヒジ討ち男を見た作業員達はすぐに見つかった。作業員は「ああ、強かったで。俺らは遠くから見てただけやけどな。バイクのヘルメットにゴーグルつけたままでな。」「ヒジ討ちでガンガン倒して行きよったで。」「二十人くらいぶっ倒したん違うかな。わしら誰も近づきたく無かったから見てたんや。」「最後は背の低い爺さんが拡声器で吠えとったわ。子供の音を街に響かすんやー、言うてな。この現場の近くには子供なんておらんねんけどな。」等と、皆が口々に昨日の事を話してくれた。その話を聞きながら上野芝は早く戦いたくて仕方がなかった。ヒジ討ち男にやられた上野芝の相棒は「うわ、二十人か。えげつないな、」とつぶやく。だが上野芝がやる気満々なので弱気な発言はしないように気をつけた。上野芝は、「その男、俺が倒すからな。まあ楽しみにしてて。」と言うと、「兄ちゃん大丈夫か、相手ごっついぞ。」「素手では無理やで。」と言われる。それでも上野芝は自信満々に「大丈夫や。俺の合気道でぶん投げたるから、」と言った。皆は「へー、合気道か。頑張れよ、頑張って戦ってくれ。兄ちゃん元気そうやから応援するわ。」「現場やられっぱなしはオモロないからな。倒してくれよ、」と言ってくれた。それから上野芝たちは軽トラで自分達の会社に戻ると社長に「おれ、また昼に戻るで。ヒジ討ち男が昼出よったからな。」と告げると早速近くの空き地でまた稽古を始めた。「早よこいよ、ヒジ討ち男。ぶっ倒したるからな。」上野芝は一人で全力でトレーニング、いや稽古に没頭した。

上野芝がヒジ討ち男を待ち侘びている間、ヒジ討ち男こと盛山は夜間工事で働いていた。夜は昼と全く違う雰囲気で、本当に暗くて静かな森だ。風の音と虫の音だけの場所に、工事の爆音を轟かせることになる。神様が静かにするんや、と言っている騒音をそのまま盛山が出しているのだった。また盛山自身も、自分がまさにやっている仕事の現場に乗り込みヒジ討ちをくらわし、真面目に働いている男達をぶっ倒しているのだった。そんなことをふと思うと、盛山は何か可笑しかった。そんな矛盾を分かりながらもあまり深く気にせずに、盛山は夜間工事を頑張る。
 1960年代、日本は急速に上水道、下水道、ガス工事、電気、道路を整え始めていた。人の生活はハイスピードで変わり始め、そのスピードは音となってあらわれた。夜の静けさに轟音が響く。地面に穴をあけて配管を埋め込む。盛山は、自分の仕事が楽しかったし、やり甲斐があった。工事の後には町が変わっていく。重い物を力ずくで運び、皆で力を合わせ時に声を荒げながら仕事を進める。人間が持てない重い物を運ぶ時に、大きな音がする。
 盛山が夜働いている間、神様は夜の町を散歩していた。轟音で町を震わせている、夜間工事に近づいて思った。「時代、時間の早さを縮めるときに、爆音が鳴るんやなあ。それが騒音なんやなあ、きっと。」神様は、自分で思いついて口にした言葉にすごく満足した。「わし、ええ言葉思いついたなあ。でもきっと、そうなんや。」


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?